緒方奈々
緒方奈々。あだ名はゴミ。鈍臭くて、ダサくて暗い私は、どこへ行ってもイジメの的だった。成長するにつれてエスカレートしていったイジメは、中学三年の時がピークだった。
「本当、見るとイジメたくなんだよねぇ!」
「ゴミなんだからさ、生きてる価値ねぇっつーの!」
日々浴びせられる罵声。心が張り裂けそうに痛くなるけど、こんなものには耐えられた。けど、体育倉庫に閉じ込められたり、泥水の中に顔を沈められたりするのは、毎回恐怖でたまらなかった。いつくるんだろう、今日はどんな目に遭うのだろう、苦しみは私から生きる気力を奪っていった。
あだ名の通り、ゴミのように扱われ、存在を否定される。生きる意味を失った私に、残された道は死。
死ねば、楽になる。
毎日その考えしか浮かばなかった。
「上手だね・・」
だから、そんな私にある日突然、声を掛けてくれたあなたが救世主のように思えたんだ。
今も鮮明に覚えている。体育をズル休みして、教室で好きな漫画を描いていた時だった。ショートカットの髪型がよく似合う、見るからに明るい女の子。
「その絵、上手だね」
あなたは、私の描いた絵を見てそう言った。
笑っていた。優しい笑顔で、私を見てくれた。
「は、恥ずかしいから見ないで・・」
物凄く小さい私の声にも、あなたは丁寧な言葉を返してくれた。
「あたし、絵の才能ないから詳しいことは分からないけど、なんか・・あったかい絵だね」
あったかい?
「この子の笑顔とか、見てるとあったかくなるよ」
あなたが指した女の子は、私が描いている中でも一番お気に入りの女の子だ。
「あ、ありがとう・・」顔が真っ赤になった。初めて言われる言葉の数々に、あたしは恥ずかしくて嬉しかった。
そう、嬉しかったんだ・・。声にならないくらい、涙が溢れるくらい、嬉しかった。
あったかい絵。そう私に言ってくれたのは、隣のクラスの福島和美。
私は、この名を一生忘れまいと思った。
私は、あまりのイジメで学校を休んでいる間も、漫画だけは描き続けた。希望なんてなかった私の人生に、唯一光をくれたあなたの為に。あなたに見てもらいたくて。
そして、初めて完成した作品を抱えて、私はあなたに会いに行った。イジメていた連中の存在なんか忘れて、私は夢中で走った。
できたよ、読んで!そう元気に言って渡そう。心に決めていた。
それなのに・・
「あれ?ゴミじゃん!」
残酷な運命は、どこまでも私を苦しめる。
イジメていた連中に捕まった私は、学校の側にある静まり返った池に連れていかれた。誰も来ない、その恐怖に足が震えた。
でも、どんなことされても耐えてみせる。コレをあなたに持っていけるのなら。
「大事そうに、何持ってんのよ!?」
連中が、私から封筒を取り上げる。
ダメッ!その封筒は!!!
そう思っても、声が上手く出ない。
「ヘッタクソな漫画ぁ・・あんた描いたの?」
「さ、さわらない・・で・・」震えながら、やっとの思いで声を出した。
「大事なんだ?」
ねちっこい笑が、私の目に映る。
連中の一人が、ソレを池の方に向けた。
「やめてぇ!お願い!!!」
「じゃ、取りに来なさいよ」
あなたのことを描いたの。独りぼっちの主人公に、初めて友達ができる。あなたが私に向けてくれた笑顔を描いたの。だから、絶対にあなたに一番に見てもらいたい。読んでもらいたい!
どんなことされても・・
「返して!」
私は、夢中で走り出した。
「どうぞ・・」
笑いながら、連中はその原稿を池にばらまいてしまった。私の原稿。大切なモノ・・
だから、池に飛び込むことなんて恐くなかったよ。私には目的があったから。卒業する前に、絶対にあなたに見せてこう言うの「ありがとう」って。私に生きる力をくれて、ありがとうって・・そう心に決めていた。
でも、ダメだった。あなたにコレを見せることは、できなくなってしまった。
「っつ!!!」和美が、我に返る。
「い、今のは・・何?」
「こいつの記憶を、あんたに見せたんだよ」
淑が淡々と答える。
「二度夢ってヤツ。夢の中で、夢を見たんだ」
和美は、目の前の女を凝視する。
「・・緒方、奈々ちゃん」
和美がそう呼ぶと、女は笑った。
「そう、こいつは緒方奈々。あんたと一緒の中学。こいつは、ずっと夢の中であんたを探していたんだよ。言いたいことがあったから」
ミウミは、目に涙を浮かべる和美を見て、自分もつられて涙を流した。
「こいつが見ている夢と、あんたの夢が交差したんだ。その交差した場所が、この池だ。何か思い出したか?」
和美は、思い出した。中学生の時、この池で誰かが溺れた。それが同級生立ったとは知っていたが、誰かまでは知らなかった。
「ごめんなさい・・あたし、あなたに酷いこと言って」
和美は、もう震えていない。
「さ、そろそろ夜が明ける。夢から覚めるんだ」
淑はそう言って、手の中から光の玉を生み出す。
「待って!もう、会えないの?」和美が声を上げる。
「会えるさ。あんたが中学時代住んでいたとこにある、病院に行けばな」
「どういうこと?」
「こいつは、事故のショックからまだ目覚めていない。緒方奈々は、まだこの夢の中にいるんだ。病院に入院してる」
和美が涙を流した。
「待ってて・・・必ず会いに行くから」
それを聞いて、淑は生み出した光の玉を掲げた。
「依頼人カズミを、この夢から解放する!」
言葉と共に、光が周りを包み込んだ。
「夢解!」
淑の言葉で、辺りは真っ白になった・・。