お仕事開始
福島和美。高校一年。夢にうなされるようになったのは、高一になったばかりの春から。
淑とミウミがE駅で下車すると、彼女の母親が迎えに来ていた。
「随分、苦しんでおられるんですか?」ミウミが心配そうな顔をして、母親を見つめる。
「えぇ、きっと驚かれるわ・・酷い顔をしてるから」
彼女の母親は、不安そうな声で言った。
着いた家は、まだ真新しさが残る赤い屋根の家。
「どっかから、引っ越してこられたんですか?」淑が聞く。
「高校が決まった春に・・」
仕事に関して淑はいつも冷静沈着だ。大きな猫目で周りを観察して、場面場面を記憶していく。
「どうぞ・・」
通された部屋のドアには、カズミROOMと書かれた可愛らしい札がかかっていた。
母親は、そのドアを慎重に叩く。
「和美、入るわよ」
ドアをゆっくりと開けると、ベッドの上に座っている女の子が目に映った。
痩せこけて、青白くなった顔。目の下にできた隈は、彼女の苦しみを物語っている。その姿には、生きる気力というものが全く感じられなかった。
「体、大丈夫?夢解の方がいらしてくださったわ」
和美の虚ろな目が、二人を捕らえた。
「彼女と、話してもいいですか?」
「えぇ、どうぞ」
淑は不安そうな母親をよそに、ずかずかと彼女の側に寄る。仕事に関して、淑に遠慮は一切ないのだ。
「氷壁淑と申します。こっちは助手のミウミ」
「夢解って、なん、なんですか?」
和美は、片言を懸命に出す。
「あなたのように夢に苦しむ人を救おうと結成された組織です」
淑の言葉に、和美の目の色が変わった。
「助けて・・くれるの?」
「はい。必ず」
キリッとした表情をする淑には、すがりたくなるような強さがある。
あたしは、闇の中にいるの。どこだか分からない場所に・・とてつもない不安を感じているの・・。走って、走って、やっと見えてきた景色はどこかの池。辺りは静まり返っていて、霧に包まれているわ。恐いの。最初はそうでもないんだけど、なぜか徐々に恐怖に襲われてくる。
そして、あたしの名前を呼ぶ声がする。その声は、段々近づいてきて、突然、水面にあたしじゃない人が映る。その人が、あたしを呼ぶの。その人をあたしは知らない。名前も、顔も見たことないわ・・。でも、その人はあたしを池に引きずり込もうとするのよ。腕を掴まれた瞬間、恐怖で叫ぶの・・。
そして、夢から覚めるわ。
この夢に、あたしはずっとうなされてる。あたしは、あたしは・・・
きっと、夢に殺されるわ。
「和美ちゃんの話し、どう受け止めたんですか?」
「お前はどう受け止めた?」
「私は、絶対危険だって思いましたよ!このままだったら、和美ちゃんがあの世に行っちゃうのも時間の問題です!早急に手を打つべきです!」
ミウミが自信満々に答える。
「・・無害だと思うがな・・俺は」
「へ?」
淑の以外な返答に、思わず目が点になった。
「な、何言ってるんですか!あんなに苦しんでいるのに!」
「もし、誰かが意図的に彼女を死に至らしめようとしているのなら、もうとっくに殺しているさ。でも、一ヶ月経っても彼女は死んでいない。ここがポイントだ。苦しんではいるが、死んではいない」
どういうこと?ミウミの表情はそう訴えていた。
「多分、引きずり込もうとしてきたっていうのは、あの子が勝手に抱いた過剰な妄想だな・・人は恐怖に陥ると、勝手な想像が働くんだよ」
ミウミはまだ納得がいかないのか、腕を組んだまま難しい顔をして歩く。
「まだ夜には時間があるからな・・ちょっと行くぞ」
「え、どこへ?!」
この展開が予想外だったミウミ、淑のテンポについていけていなかった。
春だというのに、淑が嫌いな冷たい風が吹く。
二人が向かったのは、和美が住んでいた前の住所。