夢職 氷壁淑
N区にある『夢解 事務所』
商店街に入り、スーパーに負けそうな八百屋と、今にも崩れそうな時計屋の間に挟まれた鉄筋コンクリートのビルの二階に、それはある。
錆付いた螺旋階段を上がると、これまた錆付いたドアが現れる。表札も何もないため、素通りしてしまう可能性もあるのだが、面倒くさがりのここの主人は未だに何もしていない。
「先生!このままじゃ、ファックス壊れますよ!!」
止めどなくファックスから溢れ出てくる紙、紙、紙。まるで、悪いものでも食べて吐き出しているようだ。
「うわぁ!本部からの連絡事項もあるじゃないですか!」
大量の紙の山の中には、期限が過ぎた重要書類もあるようだ。
紙の山を掻き分け出てきた三つ編みの女の子は、この事務所の雑用係であるミウミ。いつも黒のワンピースを着て、この事務所の主人と戦っている。
「先生?せんせぇ!どこぉ!!」
ワンルームの部屋に、ミウミの声が響く。
「ダァァア!!」紙の山から出てきたのは、赤いショートヘアーの猫目の男だ。
「先生!生きてましたか!」
ミウミは目を丸くする。
「ミウミィ・・腹が減ったよぉ・・」
目に涙を浮かべて出てきた男は、この事務所の主人、氷壁淑だ。いつも右側だけが跳ねている髪型が特徴的。
「もぉ先生!いい加減、このファックスから溢れ出る書類、ちゃんと取ってくださいよ!」
「腹が減ったんだぁ」聞いちゃいない。
「・・ご飯の前に、大掃除です!!!」
ミウミの怒鳴り声は、外まで響き渡っていた。
「野辺の野郎、またメンドイ依頼を送りつけてきやがった」
ざっと百枚はある紙は、全てこの事務所にきた依頼だ。
「けど、野辺教授がうちのことを宣伝してくれるお陰で、依頼が来るんじゃないですか!有り難いですよ」
ミウミの掃除のお陰で姿を現したガラスのテーブルに、温かいココアが置かれる。
「迷惑極まりない、クソ教授め!人の事務所をペラペラと喋りやがって」
淑は、依頼書を放り投げた。
「うちは、野辺教授の依頼のお陰で成り立ってるんですよ!そんなこと言ったら、罰が当たります」
淑の返事はなかった。
夢解とは、夢に苦しむ一般人を救おうと、アメリカで結成された組織である。今のところ、アメリカ本部と、中国支部、日本支部、イギリス支部が存在する。
夢から一般人を救えるのは、他人の夢に入る力を持った「夢職」と呼ばれる人たちだけ。この「夢職」になるには、長い修行を必要とする。そのせいか、ごくわずかしか存在しないのだ。特にこの日本に存在する夢解の事務所は、淑のところを含め三つしかない。
依頼は、毎日数十件くる有様だ。
「この依頼なんて、至急って書いてあるじゃないですか!」
くしゃくしゃになった依頼書を伸ばし、ミウミは淑を見つめた。
十三歳という若さで夢職の地位に着いた淑を、ミウミも尊敬はしているが、彼のこの面倒くさがりの性格だけは受け入れられない。不満を抱きながらも、二人が組んでから三年が経つ。
「それに先生、いい加減、依頼受けないと今月の家賃払えませんよ!」
淑の顔色が真っ青になった。
「家賃なんかに負けてたまるかぁ!!!」淑は勢いよくソファーの上に立ち上がった。
「先生!もう三ヶ月分たまってます!確実に負けてます!!完敗ですよ!」
こうしてしぶしぶ、淑は依頼を受けるのだった・・。