ドラゴン
あの一件以来、淑は何も語らない。
テレビに映るメイも、何もなかったかのように笑顔を振りまいている。記憶を消されたんだから当たり前だが、ミウミの中に違和感は残っている。
田崎はどうなのだろう・・。メイと同じく、何もなかったかのようにまた過剰なファンをやっているのだろうか。凄い出来事だったはずなのに、当事者たちは平然としている。メイも、田崎も、淑も。ミウミただ一人、納得できない日々が続いていた。
「先生、何か言うことないんですか?」
漫画に没頭する淑に話し掛けても、よく分からない返答しか返ってこない。
触れてほしくないのだろう。曖昧さから、それが伝わってくる。
「先生ってば!私に何か言うことないんですか?!」
「ない。何か言ってほしいのか?」
「・・な、何って・・烏とかいう人のこととか・・」
知ってどうすんだ?淑の目はそう言っている。
「私だって、先生のパートナーやってるんですよ!教えてくれたっていいじゃないですか!」
「・・お前には全く関係のないことだ。むしろ、入ってこられても困る」
カチンッときた。けれど、すぐに虚しさに襲われた。無力だと、一刀両断された気分になったから。
「・・どーせ使えないパートナーですよ!」
「そんなこと言ってないだろ?」
「言ってますよ!っていうか、顔見てたら伝わってきます!」
ミウミの勝手な解釈に、淑は呆れた顔だった。
顔見てたら伝わってくる?憶測でものを言われても、どうしたらいいのか分からない。
「勝手にしろ・・疲れる」
淑は漫画に目を戻した。
「すいませんね・・疲れるパートナーで!!」
ミウミは怒りで事務所のドアを閉め、出て行ってしまった。
「短気な女・・苦手」
静まり返った事務所に、淑の行き場のない呟きがのこされた。
先生にとって、私の存在は何なのだろう。ただの事務所掃除か?ファックスの整理屋?お茶くみ?!
夢職のパートナーとして、認めてくれはしないのだろうか・・頼りたいとは、役に立っているとは、思ってくれないのだろうか。
「くれるわけないかぁ・・」
独り言を口にして、寂しさを隠すために小石を蹴った。あの石は、使えない自分だ・・。
夢に入る力を持ってはいるが、自分には、淑にあるような力と強さはない。誰かを夢から解放できる力量は、まだ備わっていない。だから、淑の元に行った。腕利きと言われた淑の側で、少しでも強くなりたいと思ったから。
けれども現実は毎回、淑の強さを目の当たりにして、それに圧倒されているだけだ。何もできず、ただ見ているだけ。木偶の坊と変わらない。
使えない。無力。役立たず。・・・冷たい言葉が、頭の中でこだました。
「バーカッ!」
バカ?!
思わず、勢いよく振り返った。
自分のことかと思ったんだ・・。
「バカじゃないもん!」
けど違った。その言葉は、ミウミに向けられたものではなかった。
「バカだよ!毎晩ドラゴンと戦ってるなんて、お前、頭いかれてんじゃねーの!」
見れば、川原の方で小学生達がもめている。
「本当に戦ってんだよ!嘘じゃない!」
四人に囲まれながらも、一人の少年は必死で言い返していた。
「ウソツキ空知!」
「違う!」
否定している少年が、自分と被った。
「もぉ行こうぜ。こんな奴、ほっとこ」
一人取り残され、やり場のない思いを抱えた少年が、痛々しかった。そして、同じような境遇にいる自分が、哀れだった。
「大丈夫?」
ミウミの声に驚いたのか、少年は肩をすくめた。
「うん・・」慌てて涙を拭う少年。
「さっきの・・友達?」
「・・クラスの奴。オレんこと、バカにすんだ」
ふーん。と、何て言ったらいいのか分からないミウミは、曖昧に何度か頷いた。
「お姉ちゃん、さっきの聞いてた?」
「うん・・ドラゴンがどうとかって・・」
「オレ、いかれてるって思う?」
少年の真っ青な瞳に、ミウミが映る。
「ううん!思わないよ!」
ミウミは、大袈裟なくらい首を振った。
「だって、私だって小さい頃ペガサスに会ったもん!」
少年の目が、ミウミを軽蔑する。
「それは、嘘でしょ?」
「わぁ!ホラ!ウソツキ呼ばわりするぅ!本当に本当なんだから」
顔を真っ赤にさせたミウミを見て、少年が初めて笑った。
「変な奴・・けど、笑ってごめん」
「別にいいわよ。散々笑われたから・・」
「・・オレも・・」
二人の空気が、シュンとしぼんだ。
「あ、私、ミウミって言うの。君は?」
「オレ、村雨空知」
空気が、少しだけ明るさを取り戻した。
「ねぇ、空知くん。よかったら、そのドラゴンの話し・・聞かせてくれない?」