手錠
メイがデザインしたサングラスが、今日発売される。メイはイベントとして、そのサングラスが置かれたお店の、一日店員をすることになっていた。
「うわぁ!長蛇の列!」
ミウミが目を丸くする。
「先生、サングラス欲しかったんですね?似合いますよ、きっと」
「んなわけねぇだろ。バカ」
淑は目を尖らせ、にこやかに笑うメイを見つめる。
「じゃやっぱり、メイさん目当てなんですかぁ?」
「アホッ。お前、事務所帰るか?」
淑がここにいる意図が、ミウミには全く分からなかった。
「凄い人気だなぁ・・メイさんって」
男女問わず人気があるメイ。彼女の柔らかい笑顔と優しい声が、人を引きつけるのだろう。
「・・鳴った」
「へ?」点になったミウミの目に、走り出す淑が映る。
「ちょ、先生?!」
人混みを掻き分け、後を追う。風のように速い淑を見逃すまいと、ミウミは必死だった。
「先生?」
やっと立ち止まったとき、二人の視線の先にいたのは太った男だ。
「夢に出てきた男が現れたら、ワン切りしてもらうよう依頼人に頼んであったんだ」
「なるほどぉ・・で、あの人に会うんですか?」
「今行っても逃げられるか、逆上するかどっちかだろう・・しばらく様子を見る」
メイの存在に浮かれて、仕事なんてそっちのけだと思いきや、ちゃんと淑は動いている。
やっぱり、彼は凄い。
「あの人、何なんでしょう?」
「過剰なファン。見てりゃ分かる・・他のファンと違って、あの目つきはかなりヤバい」
虚ろな目で、メイを食い入るように見る男。確かに、尋常ではなさそうだ。
「先生、何で分かるんですか?」
「似ているような目をした奴に、会ったことがある」
・・あの目は、貪欲さに満ちた目だ。
自らの欲望のためだけに動いている証拠。
「分かってないと思うから言っとくが、今回は奴の夢に入るから」
「え?」そんな展開、考えていなかったと言わんばかりに、ミウミは目をギョッとさせた。
「分かりませんよ!何であの人の?メイさんじゃないんですか?」
「依頼人は、あの男の夢に縛られてるんだ」
その一言は、ミウミの頭に「?」マークを増やした。
「前に、二つの夢が交差していた依頼があったろ?」
「和美ちゃん!」
淑が頷く。
「強い思いによって、ああいうことが起きた。今回もそれと似ている。男の過剰な思いが、メイの夢と男の夢を交差させてんだ。けど、違うところが一つ」
サングラスが入った袋を大事そうに抱えながら、男は漫画喫茶へと入って行った。
「違うところって?」
「夢ん中で、依頼人を縛ってやがる。しかも、意識があってやってる」
「・・よく分かりません・・」口をへの字にしたミウミが言う。
「夢の中で自分の意識があることは、よくある。コレは夢なんだと、奴は自覚してんだ」
「じゃ、分かっててメイさんを縛ってるんですか?」
あぁ。と淑は小さく頷いた。
「多分、手錠で依頼人をつないでるんだろうな・・」
・・手錠?
「手錠って、何で分かるんですか?」
「・・ちょっとな・・」
気になる返答だった。
「あぁ・・芸能人ってのにつられて依頼を受けたが、大失敗だなぁ」
淑はため息混じりにそう言った。
「先生?」
ミウミにはそれが、理解できなかった・・。
「覚悟しとけミウミ。厄介なことになりそうだ・・」
冷たい風が、二人の間を吹きぬけていった。