解放
夢解の奴は、僕が夢で死ぬと言っていた。どういうことだ?あんな若僧に、何が分かるんだ?僕は、夢を見ているだけだ。
幸せな夢を・・
医者なのに、僕は紗江を救えなかった。自分の不甲斐なさに、生きることを辞めてしまいたいと思った。紗江のいない生活なんて意味がない。
紗江に会いたい。会って話をしたい、あの笑顔を見たい、手を握りたい、抱きしめたい。夢の中なら、彼女に会えるんだ。紗江に。
紗江・・・
「動くなっ」
誰だ?!
「お医者様、あんたを救いに参りましたよ」
振り返ったそこに立っていたのは、あの夢解の連中だった。
「死んだ人が夢に現れるってのは、よくあることなんですか?」
「ああ。それ以外にも、大切な人や憧れている人が出てくることはよくある」
勉強家のミウミは、鍵つきのメモ帳に書き込む。
「普通は、夢の続きってのは見られない。極まれにあるが、今回の医者のように毎回見るのは問題だ」
「私は、少し羨ましいですけど・・」
「あの医者の姿を見ただろ?多分、三度の飯より眠ることを優先しちまってる。あのままいけば、栄養失調になりかねないし・・それに」
淑がどんよりとした空を見上げた。
「夢と現実の境目が分からなくなるのも、時間の問題だ」
その身を滅ぼしても、会いたい。その気持ちが淑には理解できなかった。
「ま、救われたくないって思っている奴に手を出すのは困難だがな」
ミウミは、確かに、と呟き腕を組んだ。
「けど私は、無理にでも救った方がいいと思います」
「・・当然だ」
二人は目を合わせ、幸せそうな笑みを浮かべながら眠る章吾の夢へと入って行った。
「こ、ここで何してる!」
章吾の目が、動揺している。
「何って、助けにきたんだよ」
冷静な淑の姿が、章吾の怒りに触れた。
「邪魔しないでくれよ!!何なんだよあんたらっ!僕のことは放っておいてくれ!」
「そうしたいのはこっちも一緒だ。けど、家賃がかかってんだ!手ぶらで帰るわけにはいかねぇんだよ!」
なんか、理由がカッコ悪い・・・。
「とにかくだ、お前をこの夢から解放する」
「やめてくれ!紗江に会えなくなる!!」
淑の顔つきが明らかに変わった。
「あんたの婚約者は死んだ。医者のくせに、そんなことも分からないのか?」
「先生、言いすぎですよ!」
ミウミが淑の腕を掴んだ。
「言いすぎ?事実を述べて何が悪い」
「死んだよ・・確かに死んだ。でも、夢でなら紗江に会えるんだ!だから・・」
淑が吹き出した。
「夢でなら会える?バカか?あの女は、あんたが抱いた妄想によって生まれた、紗江に似ている女だ」
「何を証拠に・・」
言葉につまる章吾。彼の目には、笑顔で立つ紗江の姿しか見えていない。
「本当の紗江なら、弱っていくあんたを見て何も言わないわけないだろ?哀しみに浸って、夢にすがりつくあんたに、紗江ならなんて言うか・・あんた分からないのか?」
・・紗江なら・・
しっかりしてよ、章吾!
「紗江は・・」
「こんな夢に、いつまでいるつもりだ?死ぬまでか?それより医者なら、やるべきことが山ほどあるんじゃないのか?」
章吾は、力が抜けたようにその場にしゃがみこんだ。
そうだ、紗江がいつも言っていた・・。
『章吾には、人を命を救う力がある。あなたは、私が一番尊敬する人よ』
紗江・・紗江・・・
章吾は、声を上げて泣いた。
「・・さ、目を覚ますぞ」
淑の声に、ミウミも頷いた。
淑の手から光が生まれる。
「依頼人を解放せよ」
その光は、優しく三人を包んだ。
「夢解・・」