4話 「ライブ」
最初の週の残りの日々は、最初の数日間の怒涛のような日々とはうってかわって、割と平穏無事に過ぎていった。
部活はほぼ毎日あったが、実際に調理室を使って料理をするのは週に1-2度程度。その他の日は調理室でお茶会をしたり外に皆で食べに行ったりするだけで、あまり出欠にうるさくもないので、美奈子には気が楽だった。
正式に料理研究会に入部を決めた後、新入部員達に部長のミソ先輩が言っていた。
「食べ物もさ、皆好みがあるじゃない? だから、その時の食べ物が苦手だったら、別に来なくてもいいわけ。こっちだって、強要したくないからね? その代わり、部活に出られない時は必ず私かアンに連絡してね?」
なるほど、と美奈子は思った。
(確かに、キライな物を無理矢理食べたりしたら、部活が楽しくなくなっちゃうもんね)
部費は月々500円。残りは生徒会から支給される経費と、時折行なうベークセールなどで賄うんだそうだ。
「ベークセールって、何ですか?」
1年生のネギちゃんの問に、副部長のアン先輩が答えた。
「ベークセールって言うのは、うちの部で焼いたクッキーやスポンジケーキを、校内のどこかにテーブルを用意して、そこで売りさばくことを言います。6月の頭に一度、やるからね? で、その売上で、夏休み中に合宿行くから」
「え? 料理研究会なのに、合宿があるんですか?」
美奈子の問に、上級生が全員、当然という顔をして頷き、ミソ先輩が補足してくれた。
「行き先も、やることも、毎年違うの。我が部の伝統で、毎年春に2年生がその年の合宿に良さそうなプランをいくつか立てるんだよね。で、ベークセールの前にプランをいくつか絞って、ベークセールの目標額を決める。場所によっては、沢山売らないと行けないからね」
「ちなみに、私達が1年の時は、皆で一流ホテルのデザートビュッフェに行ったの。去年は新しく出来たフレンチレストランでランチしたわよね?」
アン先輩の言葉に、サト先輩が苦笑しながら頷いた。
「そうそう。ベークセールの売上が足りなくて、ディナーからランチに格下げになっちゃったんだよね。今年のプランは、大丈夫?」
サト先輩の問に、2年生がニヤリと笑いながら「まだヒミツです」と答えた。
「ま、合宿も参加は自由だからさ」
ミソ先輩の言葉に、1年のクリちゃんは「絶対に参加したいですよぉ~」と本気で言っていた。
その後、歴代の料理研究会の合宿の記録が残っているということで見せてもらったが、パティシエ専門学校に一日体験入学とか、誰かの親戚が経営する軽井沢のペンションに2週間泊り込みでレストランの手伝いをしたり、中華街で飲茶豪遊とか、寿司食べ放題まであった。
「…すごいね、歴代の先輩方」
「うん、そうだね。来年は、私達が考えていいんだよね?」
「今から色々考えておいた方がいいかもね。それにしても、楽しみ!」
3人の1年生達は合宿記録を眺めつつ、様々な合宿妄想にふけった。
「へー。楽しそうな部活でよかったね、ミナちゃん」
入学から2週目。美奈子がヒカルと祥子と3人で学校のカフェテリアで昼食をとるのが定番になりつつあった。
「うん。先輩方も皆、楽しい人たちで、毎日楽しいよ? テニス部とバスケ部はどんな感じ?」
美奈子の問に、ヒカルは「うん、まぁ、こんなもんかなって感じ」と答え、祥子は「私も」と言いながらジュースを飲んだ。
「私も料理部みたいに、外に食べに行く部活が良かったかも~」
ヒカルがボヤきながらテーブルの上に突っ伏すと、美奈子が苦笑した。
「いやいや、ヒカルちゃん。別に毎日食べ歩いてるわけじゃないから、私達」
それでも、ヒカルの落ち込みは収まらない。理由は2つ。1つはバスケ部の練習が中等部のものよりも厳しいからで、もう1つは先週、美奈子が体験入部で作ったクッキーの残りを白沢にあげたことがバレたからだ。
美奈子が「困ったな」という顔で祥子を見ると、祥子は「ドンマイ」と言う感じで美奈子の肩をポンポンと叩いた。
「ヒカル、な~に沈没してんだよ?」
明るい声が聴こえて振り向くと、そこにはクラスメートの赤井健太と緑山剛が立っていた。
「その声は、アホ健太…? 乙女心のわかんないアンタに、何も言われたくないわ…」
突っ伏したまま答えたヒカルの言葉に、健太が眉間に皺を寄せながらアメリカ人のように両手を上に向けて肩をすくめている。
「はあ?」
困り顔の美奈子と祥子、そして突っ伏したままのヒカルを交互に見て、健太は「おまえら、ケンカでもしたのか?」と身振り手振りで言ってきたが、美奈子と祥子は同時に首を横に振った。
「ふーむ。謎だな」
「ああ。じゃ、健闘を祈る」
まるで、逃げた者勝ちとでも言うように、健太と剛がそそくさとカフェテリアを後にした。
「あれ? 美奈子ちゃんのお友達、体調でも悪いの?」
もはや聴き慣れた声の持主は、誰あろう事の元凶の一人である白沢学だった。その隣には、白沢の友人の黒田武士もいる。
「あ、白沢先輩に黒田先輩。こんにちは~」
美奈子が白沢の名前を出した途端、ヒカルがガバっと起き上がって髪の毛を直して白沢に向かって笑顔を向けた。
「し、白沢先輩、こんにちは!」
(黒田先輩は無視かい!)
美奈子はあまりにもハッキリした態度のヒカルに苦笑した。それは隣にいた祥子も同様らしい。
「うわ…。ビックリした。何だ、大丈夫そうだね」
白沢はそう言いながら美奈子を見て微笑むと、「じゃ、またね」と言ってすぐに黒田と共にカフェテリアを去って行った。
「あ、行っちゃった…」
ヒカルはあからさまにガッカリした様子で、またテーブルに突っ伏してしまった。
「せっかく、今度会ったら自己紹介しようと思ってたのにぃ~」
「それならそうと、先に言ってくれればよかったのに…」
突っ伏したままのヒカルの背を軽く撫でながら、美奈子が言った。
美奈子の言葉に、ヒカルはむっくりと身体を起こすと、膨れっ面で言った。
「中学で3年間言えなかったから、もう慣れたよ」
「じゃ、高校では言えるようにしようね?」
祥子が励ますのに合わせて美奈子も頷くと、ヒカルは気持ちを少し浮上させて小さく微笑んだ。
「うん。次は頑張る」
白沢の姿が見えなくなっても、ずっとカフェテリアの出口の方を見つめるヒカルを見て、美奈子はちょっと複雑な心境だった。
先週、体験入部で焼いたクッキーの残りを持って白沢に会った時に、美奈子は白沢にあまり自分に校内で話しかけないでもらえないかと頼んだ。理由は簡単だ。これ以上、白沢効果で校内で目立ちたくなかった。
美奈子の提案を聞いた後、少し黙ったまま何かを考えていた白沢が、美奈子を真っ直ぐに見つめて言った。
「なら、電話とメールはOK?」
「え? あ、はい」
「じゃあ、しばらくの間はそれで行くか。別に急ぐ必要も無いし」
屈託の無い笑顔で笑う白沢に、美奈子は尋ねた。
「せ、先輩は…」
「うん?」
「先輩は、どうして私に、その、何て言うか…」
(やだ。私、何を聞こうとしてるのかしら。この子はきっと、私をからかって遊んでるだけなのに)
美奈子は首を横に振ると、「やっぱり、何でもないです。じゃ、私、教室に行きますね?」と言ってその場を去ろうとした。
「美奈子ちゃん」
「はい?」
呼びかけられて立ち止まって振り返ると、クッキーの入った缶を片手に持った白沢がすぐ近くに追いついていた。
「ライブは、来るよね?」
「もちろんです。楽しみにしていますよ?」
美奈子の答えを聞いた白沢は、安心したように微笑んだ。
「なら、いいや」
「?」
美奈子が首を傾げると、白沢が笑いながら美奈子の頭を子犬をあやすように撫でた。
「よしよし」
「ちょっ。止めてくださいよ、先輩。犬ですか、私は…」
白沢は「ああ」と言いながら手を止めた。
「そうか。ペット…。うん。なるほど」
「ぺ、ペットぉぉ~?」
驚きながら髪を直している美奈子を見てクスっと笑いながら、白沢は「じゃあね」と手を振りながら去って行った。
「な、何なのよ、ペットって…。失礼しちゃう。ペットはクッキー焼かないわよっ」
口調は怒っていても、美奈子は何故か笑っていた。
と、その時。
「みぃ~なぁ~ちゃぁぁ~ん?」
(ぎょ)
美奈子が恐る恐る後ろを振り向くと、そこには凄まじい形相をしたヒカルが立ち、その後ろには全身で「ごめ~ん」と言っている祥子が立っていた。
「あ、えーっと、お、おはよう! ヒカルちゃん!」
「見ぃ~たぁ~わぁ~よぉぉぉ~?」
「な、何を?」
「白沢先輩がミナちゃんの頭をこう、くしゃって…。青春してるじゃないのよ。ず・る・い! 私も先輩にくしゃってしてもらいた~い!」
ぶうーと膨れっ面をしているヒカルに、美奈子は違う違うと手をひらひらと振った。
「余ったクッキーを全部持って来いって言われたから、渡しただけ。そうでもしないと、後が怖いのよ、あの暴君は」
「ぼう、くん…?」
首を傾げるヒカルに、後ろから苦笑しながら祥子が言った。
「怖い人ってことよ」
「へ? 怖いの? 白沢先輩が?」
驚き顔のヒカルに向かって、美奈子は力強く頷いた。
「だって、超ワガママなんだもん。あの人」
これで納得かと思いきや、ヒカルは違った。
「ワガママ、言われたの? いいなぁ~」
「え! そこっ?」
「私も先輩にワガママ言われてみたぁ~い」
美奈子と祥子はお互いの顔を見合わせて苦笑した。お互いの顔が「だめだこりゃ」と言っていた。
それ以来、白沢は美奈子との約束を守って、学校内ではあまり話し掛けては来なくなった。その代わり、毎晩メールと電話は掛かってくるけれども。
「はーい、じゃ、お休みなさい」
ほぼ日課と化してしまった白沢との電話を切りながら、美奈子はリビングからベランダに出た。昼は暖かくなってきたとは言え、夜の空気はまだ肌に少しひんやりと冷たい。
毎日が、慌しく過ぎていく。
自分が高校生の時も、こんな風に一日が短く感じられたのだろうか…?
夢かと思っていたこの世界も、さすがに暮らし始めてから1週間が過ぎた辺りで考えを変えた。夢ならば、こんなに長く続くはずが無い。やっぱりここは、「ドキめも」の世界なのだ。
それでも、美奈子には自分の役割がよくわからなかった。
(そもそも、私に役割なんてものがあるのかしら…? 私はヒロインじゃないって、小波先生はそう言ってた。でも、私の周りには「ドキめも3」の攻略対象になっている男の子達が沢山いる。なら、私は…?)
ふと、そんなことを疑問に思うこともあるが、主婦生活と違って高校生活はかなり慌しく時間が過ぎてく。そんな時間を楽しいと感じ始めてから、美奈子の中から、この世界に対する疑問が徐々に失われ始めていた。
「なーんか、馴染んじゃってるわねぇ…」
ある日の夕方、おしゃべりを楽しみながら廊下を歩く美奈子達の後姿を見ながら、小波が言った。
「ああ。全くだ。誰が最初からこの世界にいたのか、あれでは全くわからないな。」
小波の側にいた男が呆れ半分にそう言った。
「ま、誰と誰がくっつこうが、私には関係ないんだけど」
小波がそう言いながら保健室へ戻ろうとした時、男が小波の腕を掴んだ。
「おいおい。随分と放任主義だな。ルートの確保もお前の仕事だろう?」
「放してよ」
小波が腕を振って男の手から逃れると、男は「全く…」と溜息混じりに呟きながら前髪をかき上げた。
「勘弁してくれよ。攻略対象がヒロイン以外の女に強い興味を示し始めてる。普通、この状態はまずいだろ?」
男の言葉に、小波は眉間に皺を寄せながら男を上目遣いに睨み付けた。
「なら、ヒロインのパラメーターに色でも付けたらどうです? 攻略対象男子だって、ここではただの男の子なんです。ヒロインよりも魅力的な女の子が現れたら、そっちに興味を持って当然のことでしょう?」
「走り出した後のパラメーターの変更は不可能だ。お前だって、それはわかっているだろう?」
当然だとでも言うような男の口調に眉をしかめながら、小波は上目遣いに男を睨み付けた。
「なら、妨害でもするのね。でも、気をつけたほうが良いわ。若い子って、障害がある方が燃えちゃったりするから。ロミオとジュリエットの気分になっちゃったりしたら、厄介よ?」
男は小波の台詞を聞きながら、頭を抱えた。
「全く。今年は、全てが想定外だ」
小波はそれを聴いて、クスッと笑った。
「想定外、ね。想定外なのは、攻略対象の行動? 急に生き生きとし始めちゃった美奈子ちゃん? それとも、そんな彼女の『本来の姿』をすっかり忘れていた貴方? どうなのかしらね? 金平先生」
金平恭平は少し怒ったような顔をしながら、小波の側から足早に去って行った。
あっと言う間に角を曲がって見えなくなった金平を見送りながら、小波は軽い溜息を1つ吐いた。
「まーったく、素直じゃないんだから。あれじゃ、美奈子ちゃんを他の男の子に取られちゃうわよ」
ふと、その状況を頭の中で妄想して、小波はニヤリと微笑んだ。
「あら。それも面白いわね。生徒同士の恋愛に嫉妬する教師って、アリかも…。ふふふっ」
小波は足取りも軽く、保健室へと戻っていった。
白沢のバンドのライブの日がやってきた。
今は金曜日の夕方。美奈子は自宅のリビングを慌てて歩き回りながら、バックの中身を確認していた。
「財布、よし。あ、財布の中身! えーっと、現金はこれくらいあれば足りるかしら? チケット、よし! えーっと、それから…。あ! 携帯!」
リビングの隅でチャージャーに繋がれていた携帯を引っこ抜く。
「携帯、よし! 身だしなみ…。多分、これで大丈夫、よね?」
玄関口の姿見の前に立ち、最後の確認。
(ライブなんて、何年ぶりかしら…。最後に行ったのって、えーっと、短大の時? うわあ…! 10年以上前じゃない!)
昨夜、電話で白沢と話した時にどんな服で来るのかと訊かれ「普通にTシャツとジーパンで」と答えたら、見事に却下された。
『あのさぁ。もうちょっと、僕らがステージから見てこう、頑張っちゃおうかなって気持ちになるような服とか、着れないわけ?』
「え? 例えば?」
『可愛いキャミソールトップにミニスカートとか』
「…どうしてキャミソールトップなのかは理解できますけど、ステージの上からじゃ、ミニスカートまでは見えないんじゃありませんか? 先輩」
冷ややかな美奈子の返答に、白沢が一瞬言葉を詰まらせた。
『あー。えっと…。うん。見える! 見えるから大丈夫。着て来い。これは命令だ』
「命令って…。何で私の着る服まで、先輩に命令されなくちゃいけないんですか…」
『そんなの、僕の癒しのために決まってるだろ? そういうことで。じゃあね。オヤスミ』
「はあ。おやすみなさい…」
美奈子は電話を切ると、自分の部屋のクローゼットを開けた。キャミソールトップはあったような気がしたが、ミニスカートはなかったかも知れない。
「うーん。明日、放課後に買いに行こうかな…。時間とお金、あったかな…」
そう思っていた時に、美奈子の携帯が再び鳴った。白沢からだ。
「はい、桜木です」
『美奈子ちゃん? ごめん。さっきの話だけど、やっぱり、ミニスカートは却下』
「あ、よかった~。私、ミニスカートって持って無くって、買いに行かないといけないのかなって思ってたんですよ。でも、本当にいいんですか?」
『うん。ミニスカートは、僕と二人だけの時にして。ライブだと、他のお客さんたちと密着することになるからさ。僕らのライブは女の子のお客さんが多いけど、万が一ってこともあるから』
「万が一…?」
『フフ。こっちの話。じゃあね。今度こそ本当にオヤスミ。あ、ライブの後、勝手に帰っちゃダメだよ? じゃ』
「はあ…」
電話が切れた。
(ま、ジーンズでいいなら、買い物に行かなくてもいいわ。その分、明日の夜は祥子と何か美味しい物でも食べちゃおっと)
そんな訳で、美奈子は今、祥子と待ち合わせた駅前に移動中だ。会場のライブハウスはここから電車で3駅。二人は駅前に6時に集合して、軽く何かを食べてから行くことにした。
美奈子が駅前に到着するよりも早く、祥子は駅前に到着していた。待ち合わせ時間より、5分早い。
「桃川さん、早いね」
「あ、桜木さん。私、何か緊張しちゃって、気が付いたらすごく早く到着しちゃって…」
そう言う祥子は、シンプルなTシャツにジーンズと言った格好に、薄手のジャケットを羽織っていた。
「前から思ってたけど、桃川さんって、私服の時、イメージが結構違うよね」
「そう?」
「うん。制服の時は女の子っぽいけど、私服だと、何だかカッコいい」
美奈子の言葉に、祥子が照れくさそうに俯いた。
「ありがとう。本当はスカートよりジーンズの方が好きなの」
「そうなんだ」
「そう言う桜木さんも、ジーンズ似合ってるよ?」
「あはは。ありがとう。これは先輩命令でね。ジーンズ履いて来いって」
美奈子の言葉に、祥子がキョトンとしながら首を傾げた。
「何で?」
「さあ?」
二人はお互いに首を傾げながら見つめ合い、笑い始めた。
「じゃ、行こうか」
「うん!」
電車に乗るのは初めてじゃないのに、何だか冒険に出掛ける様な気分がした。
二人は目的地の駅前で軽く食事を済ませると、ライブハウスへと向かった。開場1時間前だと言うのに、ライブハウスの前には既に列が出来始めていた。
「うわぁ。もう人がいる!」
「本当。すごいね」
「とにかく、並ぼう!」
「うん」
2人は列の最後尾を見つけ、そこに並んだ。並んでいるのは、圧倒的に女の子が多い。
「私、バンドのライブって、もっと男の子が多いのかと思ってた。それに、みんな、すごく派手な格好してるのね」
近くのコンビニから飲み物を買って帰って来た祥子が列を見ながらヒソヒソとそう言うと、美奈子が頷いた。
「服とかお化粧とか、すごいよね」
「ひょっとして、私達の方が、ここでは浮いてたりとか…?」
祥子と美奈子は、二人で顔を見合わせながら笑った。
やがて列が動き始めた。入口近くの看板には今日の出演バンドのリストがあって、白沢のいる「アーク」は3番目にリストアップされていた。
(うわぁ、何か、懐かしいな、この雰囲気)
中は、広いはずなのに照明や機材のせいで狭く感じる薄暗いスペースや、どこからともなく漂うタバコやアルコールの匂いがした。
「もうちょっと、前の方に行こうよ!」
美奈子が祥子に声を掛けると、少し雰囲気に圧倒されていた祥子が慌てて頷いた。
「う、うん…」
まだ一組目のバンドが始まる前で、スタンディングのエリアの人はまばらだ。
「この辺でいいかな? トイレとか、今のうちに行っておいた方がいいかな? それと、はぐれたら、えーっと、あの、非常口のサインの下で待ち合わせればいいかな? ―って、桃川さん、聞いてる?」
美奈子が祥子にそう言うと、少し周りをキョロキョロと見渡していた祥子がハッとしながら美奈子を見た。
「あ、ごめん。何?」
「えーっと、今のうちにトイレ済ませた方がいいかなってことと、万が一はぐれたら、あの非常口のサインの下で待つこと」
「あ、うん」
「…大丈夫?」
「うん…。何か、未だかつて経験したことの無い雰囲気だから…。桜木さんは、こういうところに来たことがあるの?」
「私は―」
学生時代に何度か、と言おうとして、美奈子は慌てて言葉を飲み込んだ。今の美奈子にとって、「学生時代」は「未来」に起こることだ。
「に、2回、くらい…?」
ドギマギと誤魔化してはみたが、祥子はあまり気にしていないようだった。
「へー。そうなんだ。前にいた街で?」
「う、うん」
「すごいね。私は今日、初めて」
キラキラした瞳で興味深く機材や照明を見ている祥子は、雰囲気に少し馴染んだのか、何だか楽しそうだ。
やがて、一組目のバンドがステージに現れた。ギターや音響の調整が終わると、1曲目の演奏が始まった。お世辞にも上手とは言えない演奏に、美奈子と祥子は苦笑した。
一組目が終わり、二組目のバンドがセッティングを始めると、美奈子と祥子の周りに、人が少し増えた。
「こっちのバンドの方が、上手だね」
美奈子の耳元で、祥子が囁いた。
「そうだね。歌もこっちの方が好きかも」
「うん。そうだね」
二組目が終わる頃には、ライブハウスのスタンディング・エリアには人がいっぱいになった。
「うわ。混んできたね」
「しかも、押されてるぅ~?」
「きゃあ!」
これが本当の「人波」だなとか考えつつ、美奈子と祥子はお互いの身体にしがみつきながら、何とか場所をキープした。
「次、先輩達のバンドでしょ? 人気あるんだね」
「みたいね」
やがて照明が落ちて、3組目のバンド「アーク」のメンバーがステージに入ってきた。と、同時に女の子達の歓声が耳を裂いた。
「キャーーー!!」
「ガク~~!」
「ハルー!」
全身黒で固めた衣装でステージに上がった白沢の姿が見えた。白沢がニコヤカに客席に向かって手を振ると、歓声が一際強く響き渡った。
「あれ? あれって…」
白沢とステージの反対側にいる、これまた全身黒尽くめのギタリストを見て、美奈子は目を丸くした。
「ねぇ、桃川さん…」
「桜木さん、あの人…」
美奈子と祥子はほぼ同時に顔を見合わせた。
「青木君、だよね?」
同時に口から出た言葉に、二人は一瞬唖然としながら、笑い始めた。
「あはは。同時だったね」
「うん。でも、あの人…」
「私も、青木君だと思う」
「だよね?」
前髪を少し変えているから、顔の印象が違うけれど、ギタリストはどう見ても二人のクラスメートの青木遥だ。
(青木君もいるなら、そう言ってくれればいいのに)
美奈子がそう思いながら白沢の方を見ると、ちょうどベースのセッティングを終えて客席に向き直った白沢と偶然に目が合った。白沢が、いつものような不敵な笑みをしてみせたので、美奈子は顔の横で小さく手を振った。
「アーク」の演奏は、彼らの前に演奏した2バンドとは比べ物にならないくらい完成されていた。少し攻撃的な音楽だったけれど、それがハスキーなボーカルの声によく合っていたし、どのパートも上手いだけじゃなく、人を惹きつける魅力がある。
特に、ギターの青木は学校ではまるで空気のような不思議ちゃんだけれど、ステージの上では全身で自分の存在をアピールしていた。
(すごい…)
美奈子が昔見たバンドでも、これほど興奮する演奏をしたバンドはいなかったと思う。美奈子は、いつのまにか両手を上げながら彼らに声援を送っていた。それは、美奈子の隣にいた祥子も同じだった。
あっと言う間にアークの演奏が終わり、最後のバンドの演奏が始まった。最後のバンドはトリらしく、素晴らしい演奏ではあったけれど、美奈子はアークの時ほどはその演奏に興奮することは無かったので、美奈子と祥子は最後のバンドの演奏の途中で、スタンディング・エリアから脱出した。
「ふう。なんか、汗掻いちゃった」
「私も。ちょっと、水貰ってくるね?」
「うん。ありがとう」
祥子がバーのセクションに水を取りに行っている間、美奈子は自分の携帯の受信ランプが光っているのに気付いた。
(あれ?)
白沢から、メールが入っていた。
『俺達、そろそろここから脱出するから。そこのライブハウス出たら、電話して? 学』
時間は数分前。
美奈子は慌てて戻ってきた祥子を捕まえて水を一気飲みすると、ライブハウスの外へ出て電話を掛けた。
「もしもし!」
『あれ? 最後まで聴かなかったんだ? さすがだね~』
「どういう意味ですか?」
『後で教えるよ。それより、僕らは今、打ち上げに向かってるから、君もお友達連れておいで? えーっと、場所は…。場所、どこだっけ、ユウ?』
遠くで『うち~』と言う声が聴こえた。
『OK。んじゃ、美奈子ちゃん。そのライブハウスの前の道を、西に向かってちょっと行くと、コンビニあるからさ。そこの角を左に曲がってしばらく真っ直ぐ歩くと、右側に半地下になってる店があるから。そこ。名前は炙本舗』
「了解しました。すぐに行きます!」
『うん。じゃ、あとでね』
美奈子は携帯を切ると祥子に行き先を告げ、二人で歩き始めた。
「らっしゃい!」
(やっぱり、飲み屋じゃないの? ここ…)
名前から察しても、「炙本舗」は立派な焼き鳥屋さんだった。
「お二人様ですか?」
若い女の店員さんに尋ねられて、美奈子はドギマギと答えた。
「えっと、あの、先輩に呼ばれまして…。バンドの、アークっていう…」
何と説明したらいいのかよくわからずに慌てていると、店員さんの後ろから聴きなれた声がした。
「あ、早かったね」
厨房口のようなところに、白沢が立っていた。
「今、迎えに行こうと思ってたところ。ナイスタイミングだね。こっちだよ」
「はあ…」
美奈子と祥子は応対をしてくれていた店員さんに軽く会釈をすると、白沢の後を付いて行った。
白沢は慣れた足取りで、厨房にズンズン入って行く。
「って、先輩。ここ、厨房…」
週末の忙しい時間と見えて、厨房の中では5、6人の人達が忙しく動き回っている。
「うん。そうだよ。でも、この先に楽園があるんだな、これが」
「は? 楽園?」
3人は厨房を横切ると、裏庭のようなスペースに出た。そこには、アークの他のメンバーがピクニックシートの上に座っていた。
「あ、いらっしゃーい」
短い金髪をハリネズミのようにツンツンさせている人が、笑顔でこちらに手を振った。あの人は確か、ドラムの人だったと思う。
「お、お邪魔します」
「遠慮なくどーぞ。ここ、俺のうちだから」
「え? あ、そうなんですか?」
「うん。ここの上に家族と住んでるんだ。でも、今日は結構暖かいし、ここだとちょっとくらい騒いでも怒られねーし」
「そんなわけで、えーっと、この子が美奈子ちゃん。で、この子が…。ごめん。君、何ちゃんだっけ?」
困ったような顔をした白沢の問を受けて、祥子がすっと少し前に出て全員に挨拶をした。
「桃川祥子です。初めまして」
「美奈子ちゃんに祥子ちゃんね。よろしく~。俺はユウ。アークのドラムね。他のメンバーは知ってるの?」
「俺は初めましてだよね?」
少し長めの茶髪をチョンマゲのようなポニーテールにしているボーカルが手を挙げた。
「俺、ヒロキ。よろしく~。で、美奈子ちゃんがガクの彼女だろ?」
「あ、そうなんだ?」
端っこの方で一人でウーロン茶を飲んでいた青木が顔を上げた。
「え? いえ、違いますよ。ね、先輩?」
美奈子が白沢に同意を求めると、白沢がニヤっと笑った。
「まだ、ね」
意味ありげにニヤリと笑う白沢を見て、青木以外のメンバーが「了解」と言うような顔をして頷いた。
「先輩! 変なこと、言わないでくださいよ」
「だって、本当のことじゃない。今はまだ、恋人同士じゃないからね」
「だから―」
美奈子が言いかけると、ユウがパン、と手を打って注目を促した。
「はいはい、それはどっちでもいいから、皆その辺に適当に座ってよ。親父がうるさいからアルコールは出ないけど、とりあえず、全員ウーロン茶でいいか?」
はい、と返事をする美奈子達の傍らで、ヒロキが不満気に言った。
「なぁー。泡の出る麦茶はねーのかよ、ユウ」
「だーかーらー、親父が従業員全員にキッツク言い渡してるからな。アルコールの入った飲み物は、例え麦茶でも出ねーよっ」
「んだよー。こっちはライブでいい仕事した後なのになー」
「あと2年の辛抱だ、ヒロキ」
「2年っていうと、ヒロキさんは18歳なんですか?」
祥子がヒロキに尋ねると、ヒロキは手渡されたウーロン茶を飲みながら言った。
「ああ。俺とユウは、瑛星出たばっかなんだ」
「ってことは、OBなんですか?」
「ってことは、君たちも瑛星?」
「はい。私たち、青木君と同じクラスなんです」
祥子の言葉に、ユウとヒロキが少し離れた所でぼーっと空を見上げている青木を見た。今の青木からは、先ほどのステージの上での姿が全く想像できない。
「ねぇねぇ」
ユウとヒロキが祥子と美奈子を手招きした。二人が近付くと、ユウが小声で囁いた。
「あのさ。ハルって、学校でもあんな感じ?」
「ハル…?」
美奈子が首を傾げると、ヒロキが笑った。
「『青木君』のこと。あいつ、名前が遥だから、バンドじゃ『ハル』で通ってんの」
「あ、ちなみに僕は学問の学と書いて『まなぶ』だけど、バンドじゃ『ガク』で通してるから」
白沢が4人の間にシレっと割り込んできた。
「で、4人で固まって、何の話? 僕に断りも無く、美奈子ちゃんの至近距離に近付いたらダメって言っておいたでしょう?」
フッと穏やかに微笑みながらそう言う白沢の瞳が微笑んでいないのに、美奈子は気付いた。
(先輩、相変わらず黒いです…!)
だが、ヒロキとユウはそれに慣れているのか、特に気にも留めずに言った。
「ああ。ハルは学校でもああしてポヤ~っとしてんのかなって訊いてたとこ」
「そうそう。あいつ、ギター持ってない時は、電池切れてっからな」
5人は揃って青木を見た。疲れているのか、青木は上を向いたまま、顔が虚ろだ。
「今日は抜け殻になるの、早ぇーな」
「2曲目のソロでかーなーり、ぶっ飛ばしてたからな」
「そうだねぇー」
5人がヒソヒソ話をしていると、厨房から裏庭に続く扉が開いて、中から白い割烹着を着た小柄なおばさんが料理の乗った大皿を抱えて出てきた。
「なあーに、頭くっつけて話してんの、あんた達? 悪巧みなら他所でやってちょうだいねー。ほら、沢山食べなさい」
「おお、サンキュー、母さん」
「いいって。あら、可愛らしいお嬢さんたち。こんばんは」
ユウの母はそう言って美奈子と祥子に軽く会釈をした。
「あ、お邪魔してます。桜木美奈子です。よろしくお願いします」
「私は桃川祥子です。初めまして。お邪魔しています」
「ハイハイ。ゆっくりしていってね? それにしても、女の子が来るなんて珍しいわねぇ~。どちらが裕次郎の彼女さん?」
ユウのお母さんの台詞に、ユウが顔を真っ赤にしながら立ち上がった。
「悪かったな! どっちでもねーよ! ほら、さっさと仕事に戻れ!」
「あらぁ、残念~。お母さん、この子達みたいな可愛らしいお嫁さんだったら大歓迎よ、裕次郎?」
「いーいから、もー。ほら、行けよ!」
「あらぁ~。冷たいわねぇ~」
ユウのお母さんは「じゃ、ごゆっくり~」と言って軽く会釈をすると、厨房へと戻っていった。
「ごめんね、裕次郎さん。二人とも僕が連れてきたゲストで」
クスッと笑いながらそう言う白沢に「うっせ! 『裕次郎』言うな!」と言いながら、ユウが座り直した。
「ユウさん、御自分の名前が嫌いなんですか?」
祥子が尋ねると、ユウが少しふて腐れながら言った。
「嫌いって言うか…、何と言うか…。何か、俺に合わねーっていうか…」
「カッコいいじゃないですか、裕次郎って」
「でもよー」
ユウは少し下を向きながら頭を掻き、ポツリと呟くように言った。
「この名前、親父が石原裕次郎のファンだからって付いた名前なんだよなぁ~」
「石原…」
「裕次郎…」
美奈子の脳裏に、昔テレビで放送された古い石原裕次郎の映画が甦った。トレンチコートを着た男と女。波止場と海。その白黒のイメージと、今、美奈子の目の前にいる金髪に耳と鼻にピアスを付け、腕にタトゥーの入った少しマッチョな男性は、とてもじゃないけれど結びつかない。
「か、固まんなよ、二人とも!」
「そーだよ、二人とも。裕次郎さんに悪いよ?」
ちょっと真面目な口調でそう言う白沢に、ヒロキが笑いながら尋ねる。
「どっちの裕次郎に悪いんだよ、ガク」
「そりゃぁもちろん、石原さんの方?」
「っだぁー! お前ら~!」
「あはははは」
きっと、こんな遣り取りがいつも交わされるような仲間なのかな、と、彼らの姿を見ながら美奈子は思った。
「いいね」
ふと、祥子が美奈子の隣でそう呟いた。祥子も同じことを考えていたのかなと思うと、少し嬉しい。
「うん。そうだね」
学校とはまた違った、別のエネルギーを感じるのは楽しい。
「おーっし、乾杯だー!」
ユウがそう言いながら、ウーロン茶の入ったグラスを片手に立ち上がった。
「えっ? 今さら?」
青木の言葉に、ユウが胸を張りながら答える。
「うるせー。忘れてたんだよ!」
「仕方ねーなぁ、うちのリーダーは。ハル! こっちに来い!」
面倒臭そうに立ち上がるヒロキに声を掛けられ、それまで空気のように隅っこに佇んでいた青木が反応した。
「あ、うん…」
「えー、ではぁ~。本日のライブの成功を祝して。乾杯!」
「乾杯!」
少しぬるくなったウーロン茶を飲み干すと、全員座り直して食事を再開した。厨房で空のウーロン茶のボトルを新しいものに取り替えてもらい、裏庭に戻ってくると、白沢が美奈子を待ち構えていた。
「御苦労様。で、どうだった? 俺達の演奏」
「良かったですよ?」
短い感想を言って席に戻ろうとする美奈子を、白沢が引き止めた。
「…それだけ?」
「えーっと、格好、良かったです」
「誰が?」
「全員…?」
「何でそこ、疑問系?」
「あはは…」
少し後ずさった美奈子の背中に、壁が当たった。
(あ、あら?)
白沢の顔が近付いてくる。
(ちょ、ちょっと…!)
「先輩…!」
「『ガク』って呼んで? ほら…」
「先輩、あの、か、顔、近…!」
「『ガク』って呼んでくれないと、このまま近付く一方だよ?」
白沢の息が額に掛かる。
(え、え、え、ええええ~? こ、このシチュエーションは、まさかっ?)
「が、が、が、ガク先輩!」
「ざーんねん。ここでは『先輩』は余計かな」
ふわっと白沢の右手が美奈子の左頬を包み込んだ。
「で、でもっ」
慌てる美奈子を少し斜め上から覗き込むように見詰めながら、白沢はクスっと笑いながら囁いた。
「はい、やり直し」
(落ち着け、私! ガンバレ、私…!)
美奈子は小さく深呼吸をすると、白沢の底光りしているような瞳を上目遣いで見詰めながら言った。
「が、ガク…?」
「ん?」
少し満足気に微笑んでいる白沢は、一向に身体を離す気が無いみたいだ。
「ん?じゃなくて、あの、顔、近いです」
「当然でしょ?」
(何が当然?)
狭い空間の中であたふたしていると、急に耳元で別の声がした。
「…ウーロン茶、まだ…?」
「ひっ!!」
「うわっ!」
白沢と美奈子が慌てて飛びのくと、そこには青木が立っていた。
「さっきから待ってるのに、君が抱えてるせいで飲めないんだよね…」
それ、と言いながら青木は美奈子がギュッと胸元で抱えているウーロン茶のボトルを指差した。
「あ…。ごめんね? はい、これ」
美奈子がボトルを差し出すと、青木はそれを受け取って、すーっと自分の座っていた場所に戻っていった。
「あー、ビックリした。でも、助かっちゃった」
ほっと胸を撫で下ろす美奈子の手首が、白沢の手に強く掴まれた。
「ほお。『助かった』…?」
(うわ、まずい!!)
「さっきの続きと行きますか…?」
白沢は不敵な笑みを浮かべながら美奈子を壁の方へと再び押しやろうとしている。
(うわーん。細い割に、力強いわ、この人~!)
「ほら。何が助かったって…? ん…?」
(ドS!)
「え、えーっと、あ、そうだ! ウーロン茶を持って行ってもらって、助かったなって…」
美奈子が上手いぞ私!と心の中で自画自賛していると、クスクスと白沢が笑い始めた。
「な、何かおかしい事、言いました…?」
困惑しながら美奈子がそう言うと、白沢は「いや」と言いながら首を横に振った。
「あはは。ごめん、ごめん。美奈子ちゃんのドヤ顔が、あんまり可愛かったものだから、つい…」
白沢はそう言うと、美奈子の手を取って歩き始めた。
「戻ろう。まだお腹空いてるでしょ?」
「あ、はい」
「お前ら、何手ぇ繋いでんだよっ! 俺に対する当て付けか?」
席に戻ると、ユウがそう言いながらわざとふて腐れて見せ、それを見たヒロキが笑った。その二人の横で祥子が楽しそうに笑い、青木は相変わらず一人で別世界にいるかのように、隅の方でボーっとしながら空を眺めていた。