欲しがりの義妹に転生したようですが、ざまぁが怖いのでお義姉さまのものは何も欲しがりません!
「ようこそ、リーシャ。今日からここが君の家だよ」
いやこれ絶対家じゃないだろ。お城だろ。
――と、内心ツッコミを入れた瞬間、気がついた。
やだ、私ってば異世界転生してるっぽい!
だって、周りの風景は、明らかに現代日本じゃないし。
前世の日本の知識の他に、こっちで生きてた記憶もあるし。
え、ここってどんな異世界だろう。私は何に転生したの?
情報を整理するために、これまでの記憶を探ってみる。
私の前で両腕を広げ、歓迎ムードを醸し出している派手な身なりのオジサマは、この地方の領主で伯爵様。
母はもともと彼の妻――伯爵夫人のメイドをしていたが、このたび後妻に入ることになり、平民育ちの私は何と伯爵家のお嬢様になった。
オジサマの背中に隠れるように、五歳の私より一つ二つ年上に見える、喪服姿の美少女がおり、強張った顔でこちらを見つめている。
(こ、この状況はもしや)
継子いじめのお約束では!?
◆◆◆
「いやあ、もうほんと、君が来てくれて助かったよ。妻を亡くしたばかりで、娘はまだ小さいし、私一人でどうしようかと」
オジサマ改め義父の名前はウィークリング伯爵。
といっても入婿で、本来は亡くなった奥様が伯爵家の跡取りだったそう。
つまり義父は、奥様との間に生まれたひとり娘のイングリッドが成人するまでの中継ぎだ。
お城と見紛う屋敷の客間で、一人掛けのソファに座った義父と、二人掛けのソファに並んで座る母と私。
(ふうん。あの喪服の女の子、イングリッドっていうんだ)
そのイングリッドの姿はここにない。まあ、実母が亡くなった直後に乗り込んできた後妻と連れ子の娘なんて、普通は見るのも嫌だよね。
「……とにかく、この状況をどうにかするのが先ですね」
見るからに高級そうな家具に、素人目にも趣味の良さげな書画骨董。大ぶりの花器に美しく生けられた季節の花々をぐるりと見渡して母が言った。
「プロポーズの時のお約束通り、お嬢様が成人するまで、この家の采配は全て私に任せていただくということでよろしいですか?」
母、いきなり強気で来た――!
ていうか、プロポーズの時にそんな条件出されて、義父は「うん」と言ったわけ? え、何なのこの人。ドMなの?
「とりあえず、前の奥様とお嬢様のアクセサリーやドレス類は全て預からせていただきます。後でお部屋も点検させていただきますので、お嬢様にもその旨お伝えください」
母、早速継母ムーブを発動! 待ってママ。死んだパパと三人、つましく暮らしていた頃は、そんな鬼畜なタイプじゃなかったよね?
案の定、壁際に立つ大勢のメイドさんたちが物凄い目でこっちを睨みつけてくる。
さすがにまずいと思った私は、そっと母の袖を引っ張った。
「マ……お、おかあさま。おねえさまがかわいそうです」
途端に、義父が感極まった声を上げる。
「ああ、リーシャは優しい、いい子だなあ!」
「いいえ、ふつうです」
その間も母はバッグから出した帳面に何事かつらつらと書きつけていたが、やがてひとつ息をついて顔を上げた。
「ロックス!」
「はい、奥様」
打てば響くような返事と共に近づいてきたのは、この屋敷の執事さんだ。
「この後、帳簿を見せていただきます。準備しておいてくれるかしら?」
「承知しました。後ほど執務室にお持ちします」
「結構。では旦那様。また夕食の時にお会いいたしましょう。リーシャ、それまでおとなしくしているのですよ」
「ああ、待って、カトリーヌ。僕も一緒に行くよ!」
母のあまりの変貌&専横ぶりに、声も出ないほど驚いている私を残して、母と義父はさっさとどこかに行ってしまった。
◆◆◆
これはまずい。
一人、応接間に取り残された私は頭を抱えた。
何がまずいって、私の髪色はピンクなのだ。
昨今、ピンクの髪といえばヒロイン、いや偽ヒロインのトレードマーク。
もしここがフィクションの世界なら、正主人公はまず間違いなくイングリッド。物語の前半でぼこぼこに虐げられるドアマットヒロインだ。
私の役どころはさしづめ「欲しがりの義妹」。
義姉のドレスやアクセサリー、しまいには婚約者まで横取りした挙句、義姉を溺愛するイケメンの辺境伯あたりにざまぁされ、追放されておちぶれて読者の皆様にスカッとされる役回り。
いやいやいやいや。
私、別に義姉の物なんて欲しくないから!
もっと言うと、こんな広いお屋敷も金持ち暮らしも要らないから!
それより「ざまぁ」されない平和な未来プリーズ!
――という思考経路を経た私は、五歳にして固く決意した。
義姉のものは義姉のもの。絶対、何ひとつ、彼女のものは欲しがらないし奪わないぞ! と。
その後。
わずかひと月足らずで、母は伯爵家のほぼ全権を掌握した。
前伯爵夫人のドレスや宝石はもちろん、家具調度まで売り払い、反抗的なメイドや使用人たちはすべて解雇。
ちなみに前伯爵夫人のドレスを処分する際、ちらりと覗いた衣装部屋は、幾重にも重ねたフリルやリボン、淡いピンクやパステルイエロー、アイボリーにラベンダーと、これでもかというくらい甘々なドレスやアクセサリー、小物類で埋めつくされていた。
正直、私が着たら似合いそうな色ばかりだったし、執事のロックスさんも、
「よろしければ仕立て直してアリシアお嬢様にいかがですか」
なんて言ってたけれど、とんでもない!
義姉の気持ちを考えたら、そんな真似は到底できないし、何より母が、
「このお屋敷の家政は、旦那様から私に一任されているはずです!」
とすごい剣幕で一喝したおかげで、それ以降はロックスさんも何も口出ししなくなった。
お城のような本館も「広いばかりで維持費が嵩むから」と閉じてしまい、私達一家は同じ敷地内にある別邸に移り住むことになった。
まあ「別邸」とはいえ、前世は庶民、今世も平民生まれの私にとっては十分「お屋敷」なんだけど。
母はさらに、七歳になったばかりの義姉のために何人も家庭教師を雇い入れた。
おかげで義姉は朝から晩まで部屋にこもりきり、入れ替わり立ち代わりやってくるおっかなそうな先生方に、躾だ勉強だとしごきまくられているらしい。
一方、私には平民時代よりはるかに上等なドレスが与えられ、一日三度の食事はもちろん、お茶の時間にはスイーツまで出てくる贅沢仕様だ。
そして、初対面のあの日以来、義姉は食堂に一度も姿を見せなかった。
「いやあ、あの子はどうも人見知りで」
だなんて、義父となった伯爵様はのほほんと言っているけれど、これはあれだ。義姉は陰で使用人のようにこき使われ、与えられる食事もかびたパンとか水みたいなスープとか、そういうやつに違いない。
そう思った私は、即行で義父の膝によじのぼった。
「おとうさま。リーシャ、おねえさまともいっしょにおしょくじしたいです」
ピンクの瞳をこれでもか! とうるうるさせて上目遣いで見上げれば、義父は感激した様子で私を抱き上げる。
「ああ、リーシャは何て優しい子なんだ!」
いやいや、私を可愛がる暇があったらイングリッドに構ってやれよ。
内心ツッコミを入れつつも、
「しょくじは、いつもかぞくでいっしょにとりましょう?」
と要求するのは忘れない。
その甲斐あって、その日夕食の時間になると、義姉は食堂に姿を現した。
――初めて会った日に着ていた喪服のままで。
(うわっ)
こ……これはあれだ。母がドレスを全部売ってしまったせいで、まともなドレスがこれ一着しかないやつだ!
「すまないね。この子は未だに前の母親のことが忘れられなくて」
なんて、義父はのんきに言っているけれど。
「承知しております。イングリッド様にとっては血を分けた実のお母様ですもの。どうぞお気の済むようになさってください」
という母の言葉は、一見義姉を思いやるようでいて、その実「ふふん。あんたなんかずっとその喪服を着ているがいいわ」って意味ですよね!?
このまま母が義姉をいびり続ければ、待っているのは私同様「ざまぁ」の挙句、路頭に迷う未来しかない。
こんな母でも私にとっては実の母。伯爵家に嫁ぐまではしっかり者で優しい人だったのだ。
ここは私がもう一度何とかするしかない!
そう思った私は、今度は義父と義姉を等分に見比べながら切り出した。
「あのう。リーシャ、おねえさまとおそろいのドレスがほしいです」
「まあ、何を言うの、リーシャ! あれは喪服です。お母様を亡くされたイングリッド様はともかく、あなたには着る理由がないでしょう!」
「だったら、もふくじゃないおそろいのドレスがほしいです……」
言いながら、こそっとイングリッドの様子をうかがうと、義姉は何ともいえない複雑な顔で私をじっと見つめていた。やがて、その唇から小さな、けれどはっきりした声が聞こえてくる。
「アリシア様とわたくしとでは、合う色も形も違うでしょう」
「……あ」
言われてみればそのとおり。
ピンク髪にピンク目の私は、リボンやフリルが似合うあざと系。
対する義姉は、月光のごとき銀髪に夜空の瞳の麗人系だ。
これでうっかり私に似合う愛らしいドレスなんか仕立てられた日には、
「あーら、お義姉さまったらみっともない。ちっともお似合いになりませんのねえ。ほーほほほ!」
なんて、めっちゃあるあるな嫌がらせになってしまう!
あうあう……とパニクりつつも、私は必死に考えた。
「な……なら、おねえさまといっしょにドレスをかいにいきたいです! それで、おねえさまににあうドレスを、リーシャがえらんであげたいです!」
母は渋い顔で、今月の服飾費の上限が、とか、子ども服はわざわざ仕立てても、どうせすぐに着られなくなるのに、とかごねていたが、例によって私に甘い義父が、
「いいじゃないか。せっかくリーシャがそう言っているんだ。明日にでも二人で街に行ってきなさい」
と言ってくれたおかげで、この件は決着することになった。
よおし! 明日は義姉と初めてのお出かけだ!
ドアマットヒロインだなんて誰にも言わせないくらい、めいっぱい素敵なドレスを選ぶぞう!
◆◆◆
――と、意気込んで出てはきたものの。
「…………」
「…………」
街に向かう馬車の中は、現在、絶賛気まずい沈黙で満ちていた。
私の正面に座る義姉は、相変わらずの喪服姿だ。
なまじ素材がいいものだから、黙って座っているだけでもビスクドールのように美しい。
そしてビスクドールのような無表情で、窓の外を流れる景色を眺めている。
「あのう、おねえさま」
思い切って声をかけると、義姉はようやくこちらを向いた。
「何でしょう、アリシア様」
(うっ。アリシア「様」かあ……)
よそよそしい。露骨に距離をおかれている。無理もないけど。
「おねえさまは、どんないろがおすきですか」
ドレス選びの参考にしようと訊ねてみれば。
「……好きな色はありません」
「そ、そうなんですね」
「…………」
「…………」
うわあん。話が続かないよう!
それきり、義父があらかじめ予約しておいてくれた仕立て屋に着くまで、私たちは無言で馬車に揺られていた。
◆◆◆
「これはこれは、イングリッドお嬢様! ようこそおいでくださいました」
前伯爵夫人の行きつけだったという仕立て屋は、以前見た衣裳部屋にそっくりだった。
淡いピンクやパステルイエロー、アイボリーや亜麻色のワンピースやドレスは繊細なレースに縁取られ、これでもか! というくらいフリルやリボンがついている。
うん。イングリッドに似合う服はここにはないな。
一目でそう判断した私は、隣に立つ義姉の手をそっと引く。
「おねえさま。べつのおみせもみてみましょう?」
「……ここには、あなたに似合うドレスがたくさんあると思うけど」
「でも、リーシャはおねえさまのドレスをさきにみたいです」
その途端、店員がおっかない目で私を睨んできたけれど、おあいにくさま、こちとらいくら我儘を言っても、まだまだ許される五歳児だ。
「いきましょう、おねえさま」
と強引に手を引いて外に出てしまった。
ふふん。実はこの店に来る道すがら、イングリッドに似合いそうなドレスをショーウィンドーに飾ったお店を見つけておいたんだよね。
さいわい、そこは五歳児の足でもそんなに遠くない。
「みてください、おねえさま! あのドレス、とってもきれいです!」
すとんと落ちる濃紺のサテンに、銀のビーズを散らした星空のようなワンピース。義姉の銀髪と夜空の瞳に、さぞ映えるに違いない。
そう思った私は、自信満々で義姉の方を振り向いた。
――のだが。
義姉は困ったように微笑むばかりで、決して店に近づこうとはしなかった。
「おねえさま。ああいうドレスはおきらいですか」
「……いいえ。とても素敵だと思うわ」
「だったら」
「でも、わたくしには分不相応だから」
私はひゅっと息を呑んだ。
「そんな……。おねえさまは、はくしゃくれいじょうなのに」
一体誰がそんなことを言ったのだろう。母とは思いたくない。思いたくないが……。
ふいに、イングリッドが私の前にしゃがみこんだ。
「アリシア様。どうして泣いているのですか」
「だっ……だって、おねえさまは、いじめられたり、ふこうになったりしちゃだめなんです」
そんなことになったら、未来で義姉が出会うはずのイケメン男性に、私がざまぁされてぼこされてしまうのだ。
「おねっ、おねえさまはっ!」
前世ではとうに成人済みだったはずなのに、五歳児の身体は情緒まで幼児化するらしい。私は舗道の真ん中でしゃくりあげた。
「ぜったい、ぜったい、しあわせにならなきゃだめなんですうぅぅぅぅっ!」
――結局。
その日、私たちはどちらもドレスを買わずに帰宅した。
往来のど真ん中でギャン泣きした私は、慌てふためいた御者の手で早々に馬車に回収され、泣き疲れてそのまま寝入ってしまったのだ。
けれど、翌朝目覚めた私の枕元には、綺麗な包装紙に包まれた小さな箱が置かれていた。
中から出てきたのは、銀細工の小鳥のブローチで。
添えられた小さなカードには、きれいな文字で、
――わたくしとおそろいです。
というメッセージと、義姉の名前が書かれていた。
◆◆◆
義父と結婚してからというもの、母は忙しく飛び回っていた。
社交シーズンは義父と王都に出かけ、やっと領地に帰ってきても、領内の村を回ったり、近隣の領主を訪ねたりで、別邸に戻ってくるのは、月に十日もあればいいほうだ。
その十日間も、ロックスさんとほとんど執務室にこもりきりで、義父とはちゃんと仲良くできているのか、少々心配になるほどだった。
義姉は相変わらず勉強漬けではあったものの、それでもずっと屋敷にいる分、私達が互いに「リーシャ」「おねえさま」と呼び合うようになるまでに、さほど時間はかからなかった。
そうして、母と義父との再婚から八年後。
十五歳になった義姉は、王立学院の入学試験に首席で合格し、この春から王都で暮らすことになった。
「タウンハウスは売ってしまいましたから、アパルトマンを間借りするか、学院の寮に入るかですが――」
難しい顔で切り出す母に、「寮に入ります」と即答した義姉は、さすがに喪服はやめたものの、相変わらず黒っぽい地味な装いだ。
まぁ素材がとんでもなくいいから、それがめっちゃ綺麗に映えるんだけどね!
「幸い奨学生の資格が取れましたので、寮費も食費も無料になりますし」
「しかし、それでは平民と同じだろう」
と難色を示したのは義父のほうだった。
「伯爵家としては、それなりの体面というものが……」
「旦那様」
母がじろりと義父を睨んだ。
「イングリッド様が、そうしたいとおっしゃっているんです。お望み通りにしてさしあげてはいかがですか?」
明日は義姉が王都に発つという日の晩。
私は枕を抱えて義姉の部屋のドアをノックした。
「おねえさま。今夜は一緒に寝てもいいですか」
「まあ、リーシャ。十三歳にもなって甘えん坊さんね」
そう言って柔らかく微笑む義姉からは、最初の頃のよそよそしさも距離感ももはや感じられない。
もともと家具の少なかった義姉の部屋は綺麗に片づいて、床には荷造りの済んだトランクだけが置かれていた。
「おねえさま。あのブローチはちゃんと持ちましたか」
「もちろんよ。わたくしの宝物だもの」
「手紙を書きます。時々でいいので、学院での様子を知らせてくれますか」
「時々だなんて。ちゃんと毎回返事を出すわ」
「おねえさま。あのう……」
幅の狭いベッドの中で、私はもぞもぞと義姉のほうに向き直った。
「母のことですが。そのう……本当に申し訳ありませんでした」
「えっ」
「前の奥様が亡くなってすぐに後妻におさまって、奥様の物も、お屋敷の物も、おねえさまの物まで売り払って……!」
もっと早く言うべきだった。たぶん、ここに来てすぐに。
けれど言えずにいるうちに、こんなに時間が経ってしまった。
しばらくの間、義姉は驚いたように黙っていたが、やがてふわりと微笑んだ。
「いやだわ、リーシャったら。そんなふうに思っていたの? わたくし、お義母様には……カトリーヌ様には、本当に感謝しているのよ」
「どうして……」
どうしてそんなふうに言えるのだろう。母は義姉にひどいことばかりしてきたのに。
(ああ、そうか)
義姉はヒロインだから。
これこそがヒロインの特質なのだ。
どんなに虐げられても心根は優しいまま、凛として生きていく。
だとしたら、私に言えることはひとつしかない。
「おねえさま。どうか幸せになってください。絶対、誰にも負けないくらい」
「ええ。リーシャ、あなたもね」
そう言って、義姉は私の頬を優しく撫でてくれたのだった。
◆◆◆
それから二年。
私は十五歳になり、義姉と同じく王立学院に通うことになった。
もっとも、義姉ほど優秀ではなかった私は首席にもならず、奨学生資格も取らず、ただし寮暮らしだけは姉とお揃いで入学式の日を迎える。
二学年上の義姉は今年から生徒会の副会長となり、入学式では司会進行係だった。
その美貌と立ち居振る舞いのあまりの見事さに、新入生はもちろん、在校生の間からもどよめきが上がる。
「うわ。誰だよ、あの美人」
「イングリッド嬢だろ、ウィークリング伯爵家の」
「なるほど。あれが、ラドフォード殿下が熱心に口説いてるっていう……」
む? と私は耳をそばだてる。
そんな話、義姉からの手紙には一言も書いてなかったぞ。
「ではこれより、生徒会長のラドフォード第三王子殿下より、新入生の皆様に歓迎のお言葉をいただきます」
よく透る義姉の声に続き、檀上に一人の若者が立った。
金髪碧眼。白馬の王子様をそのまま具現化したようなイケメンだ。
(あー。なるほど。あれが当て馬王子かあ……)
私は妙に納得した。
ドアマットヒロイン&欲しがり義妹のテンプレ展開。
まず不遇のヒロインに婚約者ができる。
それを妬んだ義妹があの手この手で婚約者を籠絡した上で略奪する。
義妹と不義を働いた挙句、
『お前との婚約を破棄する!』
と公衆の面前で婚約破棄を叩きつける色ボケ王子と義妹の前に、さっそうと本命のヒーロー――ワイルド系の辺境伯とか、平民の留学生に化けた隣国の王子とか――が現れ、ヒロインをかっさらっていくのだ。
てことは、現時点で義姉を口説いているというあの王子は当て馬で、本命は別にいるに違いない。
私が「ざまぁ」されないためには、当て馬にも本命にも近づかないのが吉だろう。
――と。
思っていた。
のに。
「君がイングリッド嬢ご自慢の妹?」
なにゆえ私は入学早々、金髪イケメン王子に壁ドンされているのでしょうか……。
「おっ、王国の輝ける星たる……」
「あー、そういう堅苦しいのはいらないから。学院内にいるうちは、僕も君も一生徒。入学式でも言ったでしょ」
「おっしゃるとおり、イングリッド・ウィークリングは私の義姉です。でも自慢しているのは私です。ご覧になればわかると思いますが、彼女は美しい上に聡明で優しく、いくら自慢しても自慢したりないくらい素敵な女性ですっ!」
一息でそれだけ言うが早いか。私はさっと身体を屈めて王子の腕をかいくぐり、全速力で逃げ出した。
背後でぼそっと王子がこぼした「へえ。確かに面白いや」という呟きは空耳だったと思いたい……。
◆◆◆
「恋仲? ラドフォード殿下とわたくしが? まあ、なぜそう思うのかしら?」
数日後、王立学院のカフェテリアにて。
義姉はころころと笑いながら私に訊き返した。
「それはその……殿下は生徒会長で、おねえさまは副会長で、一緒に行動する時間が長いですし、そういう噂もよく聞きますし……テンプレとはちょっとズレますけれど、そこは誤差の範囲かと」
「まあ」
私の言葉に、義姉は困ったように眉を顰めたが、そんな姿も美しい。
「困ったものね。確かに、一緒に仕事をする分には殿下は頼もしい方だけど。あんな腹黒と恋だなんて、わたくしには到底無理な話だわ」
「え。え、はらぐ……?」
今、何だか義姉が聞き捨てならない言葉を口にしたような気がしたけれど。
「腹黒は君も同じだろう」
声と同時に、どこからともなく金髪イケメン王子が現れた。
現れたばかりか、すいっと私の隣に腰かける。
途端に、義姉の夜空の瞳が氷点下に冷えた。
「殿下。わたくしは今、久しぶりに会えた最愛の妹とお茶を楽しんでいるのですが?」
「僕は今、その妹君と親交を深めようとしているのだが?」
「その必要はありませんわ」
「いや、あるね。僕は妹君に、ぜひとも聞いてみたいことがある」
そう言うと、王子は私に身体ごと向き直った。
「アリシア嬢――と呼ばせてもらってもいいかな。君は自分の母君を、ずいぶん前から怖い人だと思っていたそうだね」
「え」
なんでこの人がそんなことを知っているのだ。
「殿下」
義姉の声が低くなる。
けれど王子は意に介したふうもなく、飄々とした口調で話し続けた。
「知ってのとおり、僕は王子とはいえ三男だ。ゆくゆくはどこかの貴族家に婿として入ることになる。そんな僕の婚約者候補の筆頭がイングリッド・ウィークリング伯爵令嬢だった」
「婚約者!」
ほらやっぱりテンプレ来た――!
「そうなれば当然、伯爵家には調査が入るよね。で、結論から言うと、イングリッド嬢は候補から外れたんだけど」
「あ……」
私は思わず息を呑んだ。
母のせいだ。
平民のメイドの分際で伯爵家の後妻におさまったばかりか、家財を売り払ったり、前妻の娘を虐待したり。
そんな家に、畏れ多くも王子殿下が婿入りなんてとんでもない、ということになったに違いない。
確かに殿下は当て馬だけど、それにしたって、婚約破棄以前に、その婚約すら成立しないなんて!
「うわあ。これは本当にものすごい誤解があるようだね。アリシア嬢? おーい。アリシア嬢? 話を聞いてくれるかい?」
「リーシャ。リーシャ、気をしっかり持って!」
義姉と王子に両側から声をかけられて、私はどうにか顔を上げた。
「おねえさま、本当にごめんなさい! 母の……私たちのせいでっ」
「いや、だからそれ誤解だから!」
「そうよ。お義母様は……カトリーヌ様は、ずっと昔からわたくしの恩人なんだから!」
「え」
恩人? あの母が?
「ええ、そう。まだ母が生きていた頃、カトリーヌ様だけが、わたくしを母から守ってくれた」
そう言うと、義姉はぽつぽつと話しだした。
「わたくしはね、母の母――つまり祖母に生き写しなのですって。母は厳しい祖母が大嫌いだったの」
ウィークリング伯爵家は代々女系家族で、女伯爵だった祖母は、次代を継ぐ娘を厳しく躾けようとしたらしい。
けれど、その厳しさが仇となり、祖母の死後、義姉の母は領地のことなどそっちのけで遊び歩くようになった。
「それでも伯爵家が没落せずに済んだのは、早いうちに父と結婚していたおかげよ」
けれど、義姉の母にとっては大嫌いな母親に押しつけられた夫である。その夫が寄子の男爵家の次男に過ぎなかったことも、彼女の自尊心を傷つけた。
さらにその夫との間に生まれた娘が母親に生き写しとあって、彼女はその鬱憤のすべてを幼い娘にぶつけていた。
「生みの母が亡くなるまで、わたくしは屋根裏で寝起きしていたわ。ドレスなんて一着も作られず、食事はかびたパンと水っぽいスープだけ。それでも死なずに済んだのは、メイドをしていたカトリーヌ様とロックスが、こっそりいろいろなものを差し入れてくれていたからよ」
なんと。
それではまるで、継子いじめのテンプレじゃないか。
虐待していたのが継母ではなく、実の母親だっただけで……。
「で……でも、お義父様は」
まがりなりにも自分の娘がどう扱われているか、全然気づかなかったのだろうか。
「わたくしが生まれてから、父はずっと別邸で暮らしていたの。それに母の浪費癖のせいで、領地のことに忙殺されていたから。……でもね」
――母が亡くなってからは天国だったわ。
そう言った時の義姉の顔は、本当に幸せそうで。
「初めて喪服を着た時は嬉しかったわ。生まれて初めて、わたくしのためだけに仕立てられたドレスだったのですもの。嬉しくて嬉しくて、毎日そればかり着ていたのを覚えてる」
私は痛ましさに目を閉じた。
「メイドとして雇われていたカトリーヌ夫人は、もともと会計に明るくてね。伯爵夫人の生前から、領地の経営を補佐していたそうだよ。伯爵夫人が亡くなってから、領地の財政を持ち直すまでという期間限定で契約結婚に応じたそうだ」
「契約、結婚……?」
王子の言葉に、私は耳を疑った。
知らない。そんなの母から聞いてない。
「カトリーヌ様は、母が買い込んだドレスや家財道具を売り払ったお金で、それまでろくに教育を受けていなかったわたくしのために、家庭教師を何人もつけてくださったわ。屋根裏から出たばかりで、人と目を合わせることもできなかったわたくしが、今ここでこうしていられるのも、すべてカトリーヌ様のおかげなの」
「……て、ことは……」
まるでオセロの駒のように。
記憶の中で、私が見ていた景色の意味が反転する。
母が売り払った大量のドレスや家財。閉鎖された広大な本館。
喪服ばかり着ていた姉。
大勢の家庭教師。
あれらが全て、母の善意から出たものだとしたら。
「それじゃ、私がしたことって……」
――リーシャ、おねえさまともいっしょにおしょくじしたいです。
環境が激変したばかりの七歳の少女を、無理に食堂に引っ張り出して。
――リーシャ、おねえさまとおそろいのドレスがほしいです。
わざわざ仕立てたところで、すぐに着られなくなる子ども服をねだって。
――おねえさまは、どんないろがおすきですか。
それまで自分の服を選んだこともない女の子に、答えようのない質問をして。
「やっぱり私、悪役義妹だったんだ……!」
「いや何だよ、悪役義妹って」
「いいえ」
すかさず王子が混ぜ返すそばから、義姉がふわりと私を抱きしめる。
「あの日、往来でわたくしに、不幸になってはいけないと、絶対に幸せにならなければいけないと泣いてくれたあなたは、わたくしの世界一大切な、最愛の妹だわ」
「だからって、婚約話まで断るか、普通? これでも俺、一応王子なんだけど」
「当然ですわ。こんなに強欲で腹黒な殿下を、大事な妹に近づけるわけにいきませんもの」
「いやいや。いくら何でも、婚約者の妹に手を出すほど俺は不実な男じゃないし」
ずびずびとべそをかきながら、頭越しに交わされる二人の会話を聞きながら、私は王子の一人称がいつの間にか「僕」から「俺」に変わっていることに気がついた。
婚約話を断った姉のことを、まだ「婚約者」と言っていることにも。
案外、この王子様は当て馬じゃなく、本命に昇格するかもしれない。
母が意地悪な継母ではなかったように。
私が欲しがりの義妹ではなく、ただの愚かな子どもだったように。
「おねっ、おねえさま」
まだずびずびと鼻を啜りながら私は言った。
「どうぞ、安心、してください。私の好みは、うんと年上のイケオジです」
〈Fin〉




