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俺を処刑した銀髪の冷徹令嬢、過去に戻ったらただの「寂しがり屋な照れ屋さん」でした。〜無双魔法で嫁を守り抜く、過保護な公爵令爵のやり直し学園生活〜

作者: 佐新
掲載日:2026/04/05

第1章:断頭台の露と、教室の陽光


首筋に触れる冷たい感触。それが、俺——レナード・ヴィンセント公爵が最後に感じた感覚だった。


「レナード・ヴィンセント! お前を国家反逆罪、および聖女暗殺の罪で死刑に処す!」


民衆の罵声。冷ややかな視線を送るかつての友人たち。そして、誰よりも氷のように冷たい瞳で俺を見下ろしていたのは、俺の妻であったエミリアだった。

政略結婚だった。愛はなかった。それでも、俺は彼女を守ろうと奔走したはずだった。しかし、結果はこのザマだ。


(もし、やり直せるなら……次はもっと、うまく……)


鈍い衝撃。意識はそこで途絶えた。


……はずだった。


「——ちょっと、レナード。いつまで寝ているの? 授業が始まるわよ」


聞き覚えのある、しかし少しだけ「若い」声。

俺は跳ねるように顔を上げた。


「……は?」


視界に飛び込んできたのは、血に染まった処刑場ではない。

ステンドグラスから差し込む柔らかな陽光。磨き上げられた木製の机。そして、魔法学園の制服。

隣を見ると、そこには銀色の髪を揺らし、不機嫌そうに俺を覗き込む美少女がいた。


「エ……エミリア……?」


「何よ、寝ぼけて私の名前を呼び捨てにするなんて。一応、これでも他人の前では婚約者らしく振る舞ってって言ったのは貴方でしょう?」


心臓が早鐘を打つ。

間違いない。彼女はエミリアだ。だが、俺を処刑台へ送った時のあの冷酷な二十五歳の「公爵夫人」ではない。まだ幼さの残る、十七歳の学園生としてのエミリアだ。

俺は震える手で自分の顔を触った。髭はない。肌は張りがあり、魔力回路も全盛期の瑞々しさを保っている。

机の端にある魔導手帳に目を落とすと、日付は「聖教暦892年」。

(戻った……。処刑される八年前。学園を卒業する直前の、あの最悪な分岐点に!)

この時期、俺はエミリアとの関係が最悪だった。彼女を冷遇し、別の女(後の偽聖女)に現を抜かし、結果として家を没落させた。エミリアが俺を裏切り、処刑台へ送るきっかけを自ら作っていたのだ。


「レナード? 顔色が悪いわよ。保健室にでも行く?」


エミリアが怪訝そうに眉をひそめる。

その瞳の奥には、まだ憎悪はない。ただ、少しの諦めと、寂しさが混ざっているように見えた。

(そうだ。俺はこの瞳をずっと無視してきたんだ)

今世では、絶対に繰り返さない。

俺を殺した女。俺が愛せなかった妻。

二度目の人生は、彼女に救われるのではなく、俺が彼女を幸せにして、破滅の運命をねじ伏せてやる。


「……いや、大丈夫だ。エミリア」


俺は椅子を鳴らして立ち上がり、驚く彼女の手をそっと握った。


「な、なによ!? 急に……」


「いや、なんというか……。君がそこにいてくれるだけで、十分だ」


「はぁ!? 貴方、本当に頭を打ったの?」


顔を真っ赤にして手を振り払うエミリア。ああ、そうだ。彼女はこういう、素直になれない性格だった。

かつての俺はそれを「可愛げがない」と切り捨てたが、今ならわかる。これは単なる照れ隠しだ。

教室の扉が開き、教授が入ってくる。

俺の二度目の学園生活、そして「元嫁」とのやり直しが今、始まった。

今度は絶対に、お前を処刑台で泣かせたりしない。


※ ※ ※


第2章:偽聖女の誘惑と、無自覚な独占欲


「……ねえ、レナード。本当に大丈夫なの?」


学園の廊下。魔法実技の教室へ向かう途中、エミリアが隣で何度もこちらの顔を伺ってくる。

先ほど教室で彼女の手を握ってからというもの、彼女の態度はどこか落ち着かない。


「ああ、すこぶる調子がいいよ。今まで霧がかかっていた頭が、急に晴れたような気分だ」


嘘ではない。

前世の俺は、家の重圧や周囲の期待に押しつぶされ、常に苛立っていた。その捌け口をエミリアへの冷遇に変えていたのだから、本当に救いようがないクズだった。


「ふん、そう。ならいいけれど……。変な魔法の実験でも失敗して、頭がおかしくなったのかと思ったわ」


ぷいっと横を向くエミリア。

だが、その耳たぶが少しだけ赤くなっているのを、俺は見逃さなかった。

(……可愛いな。昔の俺は、どうしてこの変化に気づかなかったんだ?)


そんなことを思っていると、前方から鼻をつくような甘い香水の香りが漂ってきた。


「レナード様ぁ! ごきげんよう!」


高い声と共に駆け寄ってきたのは、ピンク色のふわふわした髪を揺らした少女——リリアーヌだ。

後の「偽聖女」。

前世の俺は、彼女の「治癒魔法(のふりをした依存魔術)」に惑わされ、エミリアを追い出し、最後には国家反逆の濡れ衣を着せられた。


「……リリアーヌか」


俺の声が自然と低くなる。

彼女は俺の腕に抱きつこうと距離を詰めてきた。前世の俺なら、鼻の下を伸ばして受け入れていたところだろう。


「レナード様、昨日お願いしていた魔導書の件、どうなりました? 私、どうしてもわからなくて……お部屋で教えていただけませんか?」


上目遣いで袖を引くリリアーヌ。

その背後で、エミリアの魔力がわずかに冷たく凍りつくのを感じた。

彼女は何も言わない。ただ、拳をぎゅっと握りしめ、視線を地面に落としている。


「……私は、先に行っているわね」


エミリアが寂しげな声でそう言い残し、背を向けようとしたその時——。


俺はリリアーヌの手を冷酷に振り払い、エミリアの肩を抱き寄せた。


「悪いが、リリアーヌ。俺はこれからエミリアと魔法実技の予習をする予定なんだ。それと、今後は安易に俺に触れないでくれ。婚約者が不快な思いをする」


「……え?」


リリアーヌがポカンと口を開ける。

そして、一番驚いているのは、抱き寄せられたエミリアだった。


「な、ななな……何を言っているのよ、貴方!? この泥棒猫……じゃなくて、リリアーヌさんが困っているじゃない!」


「困っているのは俺の心だよ。エミリア、君以外の女に触れられるのは、もう御免なんだ」


俺が真剣な目で見つめると、エミリアの思考が停止したのがわかった。

彼女の大きな瞳がパチパチと瞬きを繰り返し、やがて顔面がリンゴのように真っ赤に染まっていく。


「~~~~っ!!」


エミリアは声にならない声を上げると、俺の胸元を両手でポカポカと叩いた。


「バカ! 変態! 急に何を……! 誰が不快だって言ったのよ! 私は別に、貴方が誰とどこで何をしようが……っ!」


「本当にいいのか? じゃあ、放して別の場所へ……」


「ダメに決まってるでしょ!!」


食い気味に叫んだあと、彼女は自分で自分の言葉に驚いたように口を押さえた。

リリアーヌは「作戦が違う」と言わんばかりの顔で立ち尽くしているが、今の俺にはエミリアの反応以外はどうでもよかった。


「行こう、エミリア」


「……っ、もう知らないんだから! あとでたっぷり説明してもらうわよ!」


エミリアは俺の腕を振り解こうとせず、むしろ制服の袖をぎゅっと掴んだまま、早足で歩き出した。

歩幅を合わせる俺の隣で、彼女は俯きながら「信じられない……」「心臓に悪いわ……」と小さくブツブツ呟いている。

前世では一度も見られなかった、彼女の『独占欲』。

それがこんなにも愛おしいものだとは、露ほども知らなかった。


※ ※ ※


第3章:二度目の実技、そして不穏な挑戦状


学園の広大な演習場。

ここでは今、魔法実技の授業が行われていた。前世の俺は、ここで「凡才」の烙印を押されていた。魔力量は多いが制御が下手で、いつも魔法を暴発させては周囲に笑われていたのだ。

だが、今の俺は違う。

処刑される直前、俺は戦場と化した領地で死に物狂いで魔法を操り、究極の精密制御を身に着けていた。


「次はレナード・ヴィンセント。標的に向かって火球ファイアボールを放ちなさい」


教授の冷ややかな声が響く。周囲からは「また爆発させるぞ」「エミリア様が可哀想だ」というヒソヒソ話が聞こえてくる。

俺は一歩前へ出た。隣で順番を待つエミリアが、不安そうに俺の袖を引く。


「……無理しなくていいわよ。貴方、火の属性は苦手なんだから」


その言葉には、蔑みではなく純粋な心配がこもっていた。

俺は彼女にだけ見えるように、不敵な笑みを浮かべた。

「見ていろ、エミリア。これがお前にふさわしい男の力だ」


「なっ……!?」


俺は指先を標的に向けた。

詠唱は必要ない。脳内で魔力の回路を瞬時に組み替え、熱量を一点に凝縮する。

放たれたのは、巨大な火球ではない。

針のように細く、そして太陽のように白く輝く、超高密度の火炎のレーザーだった。


——ドォォォォン!!


轟音と共に、防壁魔法が施されているはずの標的が跡形もなく消滅し、背後の土壁までが大きく抉れた。

演習場が静まり返る。


「……無詠唱、かつ極点への収束!? 基礎魔法をここまで……」


教授が震える声で呟く。

俺は何食わぬ顔でエミリアの元へ戻った。彼女は口をあんぐりと開けて固まっている。


「……ど、どうだった?」


「どうだったじゃないわよ! 貴方、いつの間にあんな……あんなデタラメな魔法を!」


「君に見直してほしくて、こっそり特訓したんだ。惚れ直したか?」


冗談めかして顔を近づけると、エミリアは「ひゃいっ!?」という変な声を上げて飛び退いた。


「う、うぬぼれないで! 魔法が少し上手くなったくらいで、私が惚れるわけ……っ。……でも、まぁ、その……。さっきの、少しだけ……かっこよかった……かも」


最後の方は蚊の鳴くような声だったが、強化された俺の耳にはバッチリ届いていた。

彼女は顔を伏せ、長い銀髪で必死に赤くなった頬を隠している。指先で自分の髪をくるくると弄るクセ——彼女が猛烈に照れている時の合図だ。

(破壊力が高すぎる。前世の俺、マジでこのお宝を手放したのか?)

そんな甘酸っぱい空気の中、ドスドスと足音を立てて近づいてくる影があった。


「いい気になっているようだな、ヴィンセント家の出来損ないが」


現れたのは、金髪を華美に整えた少年——この国の第二王子、カイルだった。

前世では、彼はエミリアを「救い出す」という名目で俺から奪い、結果として俺を破滅へ追い込んだ主犯の一人だ。


「カイル殿下。授業中ですが、何か御用でしょうか」


「フン、小細工で標的を壊した程度で調子に乗るなと言いに来たのだ。エミリアのように清らかな花が、お前のような陰気な男の隣にいるのは耐え難い」


カイルはエミリアの方を向き、芝居がかった動作で手を差し出した。


「エミリア、こんな男とは今すぐ婚約を破棄すべきだ。僕なら君をより高みへ連れていける。……どうかな、今週末の夜会、僕のエスコートで来ないか?」


あからさまな引き抜き。周囲の生徒たちが「さすが殿下だ」「エミリア様もその方が幸せだろう」と騒ぎ出す。

だが、エミリアの反応は俺の予想を上回るものだった。

彼女はカイルの手を無視するどころか、スッと俺の背後に隠れ、俺の制服の背中をギュッと掴んだのだ。


「……お断りいたします、殿下」


凛とした、だがどこか震える声。


「私はレナードの婚約者です。彼が……彼がどんなに『出来損ない』と言われようと、私は彼の隣にいると決めています。ですから、二度と彼を侮辱しないでください!」


「なっ……エミリア!?」


カイルの顔が驚愕と屈辱で歪む。

俺は背中に感じる彼女の体温と、震える手の感触に、胸が熱くなるのを感じた。

前世の彼女は、俺に絶望してカイルの誘いに乗った。だが今世では、彼女は俺の背中を選んでくれた。

(決めた。この王子、徹底的に叩き潰す)

俺はエミリアの肩を抱き寄せ、カイルを冷たく見据えた。


「殿下、彼女の言葉がすべてです。それでも納得がいかないというのなら……剣でも魔法でも、お相手しましょうか?」


「……貴様ぁ! 後悔させてやるぞ、レナード・ヴィンセント!」


カイルは捨て台詞を残して去っていった。

嵐が去った後、俺は肩に回していた手に力を込める。


「エミリア、守ってくれてありがとう」


「……べ、別に守ってなんてないわよ! 貴方が情けないから、婚約者として義務を果たしただけ! それより……いつまで肩を抱いているのよ、このバカ!」


そう言いながらも、彼女は俺の手を振り払おうとはしなかった。

ただ、その顔はこれまでに見たことがないほど、耳の先まで真っ赤に染まっていた。


※ ※ ※


第4章:完膚なきまでの圧勝と、甘すぎる報酬


カイル王子との決闘は、学園中を巻き込んだ大騒動へと発展していた。

場所は、魔法障壁で囲まれた第一闘技場。観客席は生徒や教師、さらには噂を聞きつけた貴族たちで埋め尽くされている。


「……レナード」


控室で、エミリアが不安げな表情で俺を見上げていた。

彼女の手には、俺の家紋である「蒼き鷹」が刺繍されたハンカチが握られている。


「殿下は……カイル殿下は、卑劣な人よ。貴方が魔法で優勢だと分かれば、きっとなりふり構わない手段を使ってくる」


「知っているよ。あいつはそういう奴だ」


前世で、俺はカイルに嵌められ、騎士団に囲まれた。彼の「正義」は、常に自分に都合の良い嘘で塗り固められている。


「なら、どうして……!」


「エミリア。君が俺を信じてくれるなら、俺は負けない」


俺は彼女の銀髪にそっと触れ、その真っ直ぐな瞳を見つめた。


「俺は、二度とお前を誰にも渡さない。……行ってくる」


「……っ。……ええ。信じて、待っているわ」


彼女は顔を真っ赤にしながらも、しっかりと俺の目を見て頷いた。


その瞬間、俺の魔力はかつてないほどに研ぎ澄まされた。

闘技場に出ると、カイルが派手な甲冑に身を包み、勝ち誇ったような笑みを浮かべて立っていた。


「ヴィンセント公爵令爵。今ならまだ間に合うぞ? エミリアを僕に譲り、家へ引きこもるなら、命だけは助けてやろう」


「殿下、無駄話は終わりだ。……どちらかが動けなくなるまで、だったな?」


俺は腰の訓練用木剣を抜き、静かに構えた。魔力は一切練らない。ただ、自然体で立つ。


「フン、死に急ぐか! 審判、始めろ!」


教授の合図と共に、カイルが動いた。

彼は中級魔法『烈風弾ウィンドクラッシュ』を連射しながら、一気に距離を詰めてくる。魔法と剣を組み合わせた、彼得意の魔剣術だ。


「死ねぇ!」


風の弾幕を掻い潜り、カイルの剣が俺の首筋へ向かって振り下ろされる。

観客席から悲鳴が上がる。

しかし、俺の視界には、彼の動きが止まっているかのように遅く映っていた。

前世、戦場で数多の修羅場を潜り抜けた俺にとって、学園レベルの剣術など、子供の遊びに等しい。

俺は最小限の動きで剣をかわすと、すれ違いざまに木剣の柄でカイルの手首を軽く叩いた。


「がはっ!?」


カイルが剣を取り落とす。

俺はさらに、彼の膝裏を蹴り上げ、体勢を崩したところへ木剣を喉元へ突きつけた。


「……終わりだ、殿下」


静寂。

開始から、わずか数秒。

誰もが、何が起こったのか理解できなかった。落ちこぼれのレナードが、学園トップクラスのカイル王子を、魔法すら使わずに圧倒したのだから。


「……ふ、ふざけるな! 僕は王子だぞ! こんな、こんな卑怯な……!」


カイルが顔を真っ赤にして叫ぶ。

彼は懐から、不気味な黒い魔石を取り出した。

(やっぱり、使ったか)

それは『魔力増幅石』。使用者の魔力を一時的に数倍にするが、理性を失わせる禁忌のアイテムだ。前世で、彼はこれを俺に使い、俺を暴走させた。


「あァァァ!! 死ね、死ね、死ねぇ!!」


暴走したカイルの魔力が、闘技場の魔法障壁をヒビ割れさせる。

彼は巨大な火柱を作り出し、俺を目がけて放った。


「レナード!!」


観客席からエミリアの悲鳴が聞こえる。

俺は逃げない。ここで逃げれば、背後の観客に被害が出る。


「……甘いな」


俺は木剣を地面に突き刺し、魔力を練り上げた。

前世で編み出した、俺だけの固有魔法——『静寂のサイレント・フィールド』。

俺を中心とした半径十メートルの空間から、あらゆる「熱」と「運動」を奪い去る。

カイルが放った巨大な火柱は、俺の目の前で、音もなく凍りつき、そして砕け散った。


「な……!?」


カイルが呆然と立ち尽くす。

増幅された魔力ごと、彼の闘志は俺の魔法に飲み込まれた。

俺は一歩、また一歩とカイルに近づく。


「殿下。貴方の『正義』は、その程度ですか?」


俺は木剣を彼の額に軽く触れさせた。


「……参ったか?」


カイルは恐怖に顔を歪め、ガタガタと震えながら、その場に崩れ落ちた。


「ひ……、ひぃ……! 参った、参りました……!」


教授が慌てて駆け寄り、俺の勝利を宣言する。

観客席からは、地鳴りのような歓声が巻き起こった。

俺は闘技場を後にし、エミリアの待つ控室へと向かった。

扉を開けると、そこには涙目で、ハンカチをギュッと握りしめたエミリアが立っていた。


「……ただいま、エミリア」


俺が微笑むと、彼女は俺の胸へと飛び込んできた。


「バカ! バカレナード! 心配したのよ……! あんな、あんな恐ろしい魔法……!」


俺のシャツを掴んで泣きじゃくるエミリア。

その温もりに、俺は心の底から安らぎを感じた。


「……約束、守っただろう? 俺は負けなかった」


俺は彼女を優しく抱きしめ、その背中をトントンと叩く。

やがて泣き止んだ彼女は、俺の胸から顔を上げ、少し気まずそうに視線を彷徨わせた。


「……そ、そうね。……まぁ、少しは、見直してあげてもいいわ」


「それは光栄だ。……ところで、エミリア。勝利した俺には、ご褒美があってもいいと思うんだが」


俺は顔を近づけ、彼女の瞳を覗き込む。


「ご、ご褒美……? 何、何が欲しいのよ。……金貨? それとも、新しい魔導書?」


「いや、そんなものはいらない」


俺は彼女の頬にそっと手を添え、親指でその唇をなぞった。


「——ここ(・・)、に欲しい」


エミリアの動きが、ピタリと止まった。

彼女の瞳が大きく見開かれ、やがて顔面がこれまでにないほど、文字通り『茹で蛸』のように真っ赤に染まっていく。


「~~~~~~~~っ!!!」


彼女は俺を突き飛ばすと、両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。


「ば……バカ! 変態! 何を言っているのよ! ここは学園よ! 誰かが見たらどうするのよ!」 


「誰も見ていないなら、いいのか?」


「ダメに決まってるでしょ!! ……っ、でも……、その……」


エミリアは、指の隙間から俺を上目遣いで見つめた。その瞳は潤んでおり、恥ずかしさと、そしてほんの少しの期待が入り混じっている。


「……後で(・・)、誰もいないところなら……、考えてあげなくも、ないわよ……」


蚊の鳴くような声で、彼女はそう呟いた。

そして、そのまま顔を膝に埋めて、完全に丸くなってしまった。

(……くっ、可愛すぎる! この可愛さを独り占めできるなら、何度でも王子と決闘してやる!)

俺はしゃがみ込み、丸くなっている彼女の頭を優しく撫でた。


「……楽しみにしているよ」


「……もう知らないんだから!」


彼女の小さな背中が、また少し赤くなった気がした。


※ ※ ※


第5章:早まる婚礼と、忍び寄る影


カイル王子との決闘から数日。学園の空気は一変していた。

廊下を歩けば道が開け、遠巻きに「あのレナード様だ」「無詠唱の極致を見たか?」という畏怖の混じった囁きが聞こえてくる。

だが、俺にとってそんな称賛はどうでもよかった。


「……ねえ、レナード。いい加減に離してくれない?」


学園の図書室、人気のない奥の席。

俺は隣に座るエミリアの細い指を、机の下で恋人繋ぎにしていた。


「嫌だ。昨日の放課後、誰もいないところで『ご褒美』をくれるって言ったじゃないか」


「そ、それは……! 頬に……一回だけって言ったでしょ! もう済んだじゃない!」


エミリアは顔を真っ赤にして、繋いでいない方の手でバタバタと空を仰いでいる。

昨日の放課後、誰もいない旧校舎の裏で、彼女は震えながら俺の頬に唇を寄せた。その柔らかさと、彼女の甘い香りは、前世の殺伐とした記憶をすべて塗り替えるほどに鮮烈だった。


「一回じゃ足りない。俺は強欲なんだ、エミリア」


「~~っ! この、バカレナード! 変態公爵! 処刑されちゃえ!」


「それはもう経験済みだ」


「え……?」


冗談めかして言った言葉に、エミリアが動きを止めた。

彼女の瞳に、一瞬だけ深い悲しみが宿ったように見えた。前世の彼女が俺に下した判決。その記憶は俺にしかないはずなのに。


「……冗談だよ。お前を置いて死んだりしない。絶対にだ」


俺が力を込めて握り返すと、エミリアは少しだけ寂しそうに微笑み、俺の肩にコテンと頭を預けてきた。


「……そうね。貴方が死んだら、私が承知しないわ。……ずっと、隣にいなさいよね」


このまま時が止まればいい。

そう願いたくなるほど穏やかな時間だった。

しかし、そんな幸福を切り裂くように、一通の魔導親書が宙から現れ、俺の前に着弾した。


「……親父からか」


封を切ると、そこにはヴィンセント公爵家当主——俺の父の、威圧感のある文字が躍っていた。

『レナードよ。王子の不祥事を収めた功績、見事なり。国王陛下も貴公を高く評価しておられる。つきましては、エミリア嬢との婚礼を、学園卒業を待たずに一ヶ月後に行うこととした。早急に帰宅せよ』


「……一ヶ月後!?」


俺とエミリアの声が重なった。

前世では、卒業後に冷え切った関係のまま行われた結婚式。それが、これほどまでに早まるとは。


「ど、どうしましょう、レナード……。私、心の準備が……」


「俺は今すぐにでも構わないが、エミリア、嫌か?」


「い、嫌なわけないじゃない……! でも、急すぎるわよ。ドレスだって選んでないし、その……貴方の奥様に相応しい淑女になれるか、自信が……」


俯いてモジモジとするエミリア。

「貴方の奥様」という言葉に、俺の理性が決壊しそうになる。


「大丈夫だ。お前は、そのままの俺のエミリアでいればいい」


俺は彼女の肩を抱き寄せ、その額に優しく口づけを落とした。

幸せの絶頂。

だが、その光景を遠く、図書室の闇の中から見つめる瞳があることに、俺はまだ気づいていなかった。


※ ※ ※


学園の屋上。

そこには、リリアーヌと、フードを深く被った謎の男が立っていた。


「……作戦が失敗したわ。レナード様が、あんなに強くなるなんて聞いてない!」


リリアーヌが忌々しそうに爪を噛む。

彼女の背後に立つ男は、低く、濁った声で笑った。


「案ずるな、小娘。光が強ければ強いほど、影は深く沈むものだ。ヴィンセント公爵家がエミリアを手に入れ、王家を凌ぐ権力を得ようとしている……。その事実を、疑り深い国王がどう見るか」


「……まさか、また『あの計画』を進めるの?」


「ああ。レナード・ヴィンセントには、『売国奴』として死んでもらわねばならん。今度は、あの銀髪の娘も一緒にな……」


男の手から放たれた黒い霧が、夜の帳に溶けていく。

二度目の人生。運命の歯車は、前世よりも早く、そして過酷に回り始めていた。


※ ※ ※


第6章:帰郷の路と、深淵の刺客


学園から公爵領へと向かう豪華な魔導馬車。

その中には、婚礼の準備のために一時帰省する俺とエミリアの姿があった。


「……ねえ、レナード。さっきから、近すぎない?」


エミリアが、顔を真っ赤にしながら隣の俺を小突く。

広い馬車内だというのに、俺は彼女の肩が触れ合う距離に陣取っていた。


「護衛だ。何が起こるかわからないからな」


「護衛って……馬車の周りには騎士団が二十人もいるわよ? それに、これじゃ私が貴方の膝に乗ってるみたいじゃない!」


「いいアイデアだな。乗るか?」


「バカ! 変態! 死んじゃえ!」


エミリアはぷいっと窓の外を向いたが、その手はしっかりと俺のジャケットの裾を掴んでいた。

(……幸せだ。この温もりを、今度こそ守り抜く)

だが、その平穏は唐突に破られた。


——キィィィィィン!!


鼓膜を突き刺すような高音と共に、馬車が急停車する。

外からは騎士たちの怒号と、肉を裂く嫌な音が聞こえてきた。


「エミリア、伏せろ!」


俺は彼女を座席の下へ押し込み、自身は馬車の扉を蹴り開けて外へ飛び出した。

視界に映ったのは、黒い霧のようなものを纏った、十数人の暗殺者たち。そして、地面に転がる護衛騎士たちの姿だった。


「……『深淵の蛇』か」


前世で、俺に国家反逆の罪を擦り付けた秘密結社。

彼らが使うのは、通常の魔力ではなく、負の感情を糧にする「禁忌魔法」だ。


「レナード・ヴィンセント。お前の『死』は決定事項だ。……そして、その隣の娘もな」


リーダー格の男が、漆黒の鎌を振りかざす。

その瞬間、馬車の窓からエミリアが顔を出した。


「レナード! 危ない!」


「エミリア、出るなと言っただろう!」


俺の叫びも虚しく、暗殺者の一人がエミリアを目がけて影の触手を放った。

エミリアの瞳が恐怖で見開かれる。

その時、俺の中の何かが「ブチッ」と音を立てて切れた。


「——俺の女に、触れようとしたな?」


俺の周囲の空気が、一瞬で絶対零度まで冷え切った。

前世、処刑台へ向かう間際、絶望の中で辿り着いた魔力の深淵。

それを、今ここで解放する。


「『凍てつく刻の墓標コキュートス・レクイエム』」


俺が指を鳴らした瞬間、襲いかかろうとした暗殺者たちはもちろん、彼らが放った黒い霧さえも、一瞬にして透き通った氷の塊へと変わった。

風の音さえも凍りつき、森全体が静寂に包まれる。

生き残ったリーダー格の男が、ガタガタと歯を鳴らした。


「な……なんだ、この魔法は……! 概念ごと凍らせたというのか……!?」


「逃がさないと言ったはずだ」


俺は氷の地面を一歩踏み出し、男の首を片手で掴み上げた。


「誰の差し金だ? 王家か? それともリリアーヌか?」


「く、くく……。手遅れだ。……お前たちの結婚は、血に染まる…」


男はそう言い残すと、自らの魔力を暴走させて自害した。

黒い霧が霧散し、あたりに再び静寂が戻る。


「……レナード?」


震える声に振り返ると、馬車から降りたエミリアが、呆然と俺を見つめていた。

彼女の足元まで、俺が放った氷の紋様が広がっている。


「……怖がらせたか?」


俺は魔力を抑え、努めて穏やかな声で問いかけた。

前世の俺なら、こんな力を見せれば彼女に「化け物」と蔑まれただろう。

だが、エミリアは違った。

彼女はタッタッタと駆け寄ってくると、俺の胸に思い切り頭をぶつけてきた。


「バカ! 心配したじゃない! 貴方、あんな無茶な魔法を使って……反動とか、大丈夫なの!?」


「……え?」


「『え?』じゃないわよ! 自分の心配をしなさいって言ってるの! ……あんなに冷たい魔法、貴方まで凍っちゃったらどうするのよ……」


エミリアは、俺の服を掴んでギュッと抱きついてきた。

恐怖ではなく、俺の身を案じて泣きそうな顔をしている。


「……ああ。大丈夫だ、エミリア。お前が温めてくれるなら、俺の心は一生凍らない」


「……~~~~っ! もう、こんな時まで……!」


エミリアは顔を真っ赤にして俺の胸に顔を埋めた。

その温もりが、戦慄した俺の魔力を優しく溶かしていく。

(……やはり、この女は俺のすべてだ。暗殺者だろうが、国家だろうが、邪魔する奴は一人残らず氷漬けにしてやる)

俺はエミリアを抱き締め直しながら、遠く公爵領の方角を見据えた。

敵の狙いは、単なる暗殺ではない。

俺たちの婚礼を利用した、巨大な陰謀が動き出そうとしていた。


※ ※ ※


第7章:公爵家の試練と、最強の愛妻家


ヴィンセント公爵家の本邸。

天を突くような尖塔と、重厚な石造りの門構え。そこは、前世の俺が「冷徹な公爵」として君臨し、そしてエミリアが孤独に心を枯らした場所だった。

馬車から降りたエミリアは、その威容に圧倒され、俺の袖をぎゅっと掴んで離さない。


「……レナード。私、やっぱり緊張するわ。お義父様、とっても厳しい方だって聞いているし……」


「大丈夫だ。親父は確かに堅物だが、実の息子を処刑台へ送るような奴ではないからな」


「え……? 冗談よね?」


「ああ、悪い。冗談だ


(前世では、あながち冗談でもなかったがな)

俺たちは大広間へと進んだ。そこには、現当主である父、ゼノス・ヴィンセント公爵が、玉座のような椅子に深く腰掛けて待ち構えていた。

その周囲には、家臣やメイドたちがずらりと並び、まるで見定めているような視線を送ってくる。


「戻ったか、レナード。……そして、エミリア嬢」


父の低い声が広間に響く。エミリアはビクッと肩を揺らし、深々と頭を下げた。


「お、お初にお目にかかります……! エミリア・ローランです。この度は……」


「挨拶は良い。……レナードよ、報告は受けている。カイル殿下を圧倒し、道中の刺客も退けたそうだな。だが、ヴィンセント公爵家の当主夫人に求められるのは、夫の背後に隠れるだけの弱さではない」


父の鋭い視線がエミリアを射抜く。

エミリアは顔を青ざめさせ、唇を噛んで俯いた。


「エミリア嬢。貴殿に、我が家に伝わる『試練の宝珠』を預ける。一晩でこれに魔力を満たし、公爵家の守護結界と共鳴させてみせよ。できぬならば、この婚姻、再考せねばならん」


父が差し出したのは、どす黒い輝きを放つ古びた宝珠だった。

これは魔力を吸い取る呪具に近い。下手に魔力を流せば、術者の精神を削る代物だ。


「……父上。それはあんまりだ。エミリアはまだ学生ですよ」


「黙れ、レナード。これは当主としての判断だ。……エミリア嬢、返答を」


エミリアは震える手で、その宝珠を受け取ろうとした。

だが、その手が宝珠に触れる直前——俺がその手を横から掴み、宝珠を奪い取った。


「な……レナード!?」


エミリアが驚いて俺を見る。俺はそのまま、父の目の前で宝珠を握りつぶした。

バリィィィン!!

凄まじい音と共に、公爵家代々の家宝が粉々に砕け散り、中の魔力が俺の手に吸い込まれて消えた。


「……貴様、何をした! レナード!」


父が激昂し、椅子から立ち上がる。家臣たちも色めき立った。

だが、俺は冷徹なまでの魔力を放ち、広間全体を黙らせた。


「父上。勘違いしないでいただきたい。俺がエミリアを選んだのであって、エミリアがこの家を選んだわけじゃない」


俺は震えるエミリアの腰を引き寄せ、守るように抱きしめた。


「彼女に試練を与えるというのなら、まずは俺を倒してからにしてください。俺の妻を泣かせる権利は、たとえ親父であっても認めない」


「レ、レナード……っ! 貴方、お義父様に向かって何を……!」


エミリアが慌てて俺の腹をツンツンと突くが、俺は止めない。


「エミリア。お前はただ、俺の隣で笑っていればいいんだ。淑女教育だの、公爵夫人の責務だの、そんなものは俺がすべて代行してやる。……お前は、俺の宝物なんだからな」


「~~~~っ!!」


広間のど真ん中、大勢の家臣の前で。

エミリアは顔面が爆発しそうなほど真っ赤になり、俺の胸に顔を埋めてポカポカと拳を振り下ろした。


「バカ! 大バカ! 何を言っているのよ! 恥ずかしい……! もう、殺して……!」


「愛してるぞ、エミリア」


「聞いてないわよ!!」


広間が、静まり返った。

……やがて、父が深く、長いため息をついた。


「……フン。情けない。カイル殿下に勝ったと思えば、これほどの『愚かバカップル』になって戻ってくるとは」


父は椅子に座り直し、苦笑いを浮かべた。


「……レナード。貴様のその魔力、先代を超えているな。そこまで言うのなら勝手にしろ。エミリア嬢、……息子が迷惑をかけるが、この馬鹿を制御できるのは貴殿しかおらんようだ。よろしく頼む」


「……え? あ、はい……。精一杯、頑張ります……?」


エミリアはキョトンとした顔で、ようやく俺の腕の中から顔を上げた。

どうやら、父の「試練」は、俺の覚悟を確かめるためのものだったらしい。

その夜。

公爵邸のバルコニーで、俺とエミリアは二人きりで夜風に当たっていた。


「……もう。レナードのせいで、私、一生分の恥をかいたわ」


エミリアはまだ少し頬を赤らめながら、俺が用意した甘いココアを飲んでいる。


「悪かった。だが、本心だ」


「……わかってるわよ。……ねえ、レナード。私、貴方に相応しい人になれるように、本当は少しだけ、頑張りたいのよ?」


彼女は夜空を見上げ、寂しそうに微笑んだ。


「貴方が強すぎるから……。私が、貴方の弱点になっちゃいそうで、怖いの」


「弱点じゃない。お前は、俺がこの世界を滅ぼさずに踏み止まるための、唯一の鎖だ」


俺は彼女の後ろから腕を回し、その細い肩を抱いた。

温かい。前世で失ったすべてが、今、この腕の中にある。


だが、幸せな時間は長くは続かない。

邸の庭園の闇から、一羽の黒い鳥が飛び立った。

その足に結ばれた密書には、たった一行、血のような文字でこう書かれていた。


『準備は整った。婚礼の鐘が鳴る時、ヴィンセントの血を絶やせ』


二度目の人生、最大の危機が、刻一刻と近づいていた。


※ ※ ※


第8章:純白の誓いと、血塗られた聖堂


王都の大聖堂。

今日は、ヴィンセント公爵家嫡男レナードと、ローラン男爵令嬢エミリアの婚礼の儀。

街中が祝祭のムードに包まれ、大聖堂には国王をはじめとする重鎮たちが顔を揃えていた。


「……レナード。、変じゃないかしら」


控室の扉が開き、そこには純白のウェディングドレスに身を包んだエミリアが立っていた。

細かな刺繍が施されたシルクのドレス、透き通るようなベール、そして彼女の銀髪を飾る魔石のティアラ。

俺は言葉を失った。

前世でも彼女のドレス姿は見たはずだ。だが、あの時の彼女は人形のように無表情だった。

今の彼女は、頬を薔薇色に染め、不安そうに、けれど愛おしそうに俺を見つめている。


「……綺麗だ。世界中のどんな宝石も、今の君の輝きには勝てない」


「~~~っ! もう、そういうことを真顔で言わないでって……! 緊張で倒れちゃうわよ……」


エミリアは両手で顔を覆ったが、指の隙間から俺を見て、ふにゃりと幸せそうに笑った。

その笑顔を守るためなら、俺は神にだって喧嘩を売れる。


「行こう、エミリア。俺たちの新しい人生の始まりだ」


パイプオルガンの重厚な音色が響き渡り、俺たちはバージンロードを歩き出した。

ステンドグラスから降り注ぐ七色の光。列席者の祝福の拍手。

祭壇の前で、俺たちは向き合った。


「……健やかなるときも、病めるときも……」


神官の声が遠くに聞こえる。

俺たちは誓いの言葉を交わし、ゆっくりとベールを上げた。

至近距離で見つめ合うエミリアの瞳には、俺への信頼と愛情が溢れている。


「レナード……愛してるわ」


彼女が小さく囁き、俺たちはゆっくりと顔を近づけた。

唇が触れようとした、その瞬間——。


——ドォォォォォン!!


大聖堂の天井が爆散し、漆黒の炎が降り注いだ。

悲鳴が渦巻き、平穏は一瞬にして地獄へと変わった。


「くはははは! 幸せな時間は終わりだ、レナード・ヴィンセント!」


空中に浮遊していたのは、漆黒のドレスを纏い、狂気に満ちた笑みを浮かべるリリアーヌだった。

彼女の背後には、次元の裂け目から這い出そうとする、巨大な異形の腕。

前世で俺を処刑に追い込んだ、邪神の眷属だ。


「リリアーヌ……! 貴様、聖域で何を!」


「聖域? 笑わせないで。ここは生贄の祭壇よ! その女の魂を喰らって、私は真の聖女として君臨するの!」


リリアーヌが手を振りかざすと、無数の影の棘がエミリアを目がけて放たれた。

俺は一瞬でエミリアを抱き寄せ、自らの背中でその攻撃を受け止めた。


「レナード!? 嫌、背中が……血が……!」


「……気にするな。これしき、かすり傷だ」


俺の背中の正装が裂け、鮮血が飛び散る。

だが、俺の心にあるのは痛みではない。煮えくり返るような「怒り」だ。


「エミリア、少しだけ目を閉じていてくれ。……汚いものを見せる」


俺はエミリアを祭壇の影に座らせ、ゆっくりと立ち上がった。

俺の周囲から、魔力が「黒い光」となって溢れ出す。

それは前世の処刑台で得た、絶望の力。だが今は、愛する者を守るための希望の炎だ。


「……リリアーヌ。お前は大きな間違いを犯した」


俺は虚空を掴む。そこから、純白の魔力で形成された巨大な大剣が現れた。


「俺の大切な婚礼の儀を汚し、俺の妻を泣かせた……。その罪、万死に値する」


「な、なによその魔力……!? 貴方、ただの人間じゃないの!?」


「——『深淵なる氷界の審判アブソリュート・エンド』」


俺が剣を振り下ろした瞬間、大聖堂内の時間が止まった。

降り注いでいた黒い炎も、リリアーヌが召喚しようとしていた異形の腕も、空間ごと「概念」として凍りつき、砕け散っていく。


「ぎゃあああああああ!!」


リリアーヌの悲鳴が響き、彼女の魔力回路が内側から凍てついて崩壊していく。

彼女は力なく床に叩きつけられ、醜く這いつくばった。

俺は彼女を見向きもせず、すぐにエミリアの元へ駆け寄った。


「エミリア! 大丈夫か!?」


「レナード! 貴方こそ……あんなに血を出して……っ」


エミリアは泣きながら、必死に俺の背中に手を当てて治癒魔法をかけようとする。

その手の震えが、俺にはたまらなく愛おしかった。


「ああ、平気だ。……それより、エミリア。さっきの続き、まだ終わってないだろう?」


「……え?」


混乱する大聖堂の中。

俺は跪き、エミリアの手を取った。


「誓いのキスだ。こんなクソ女の邪魔が入ったままで終わらせるわけにはいかない」


「……っ。……もう、貴方って人は、本当に……」


エミリアは涙を拭うと、最高に可愛らしい、少しだけ呆れたような、けれど蕩けるような笑顔を見せた。


「……早くして。じゃないと、怒っちゃうんだから」


破壊された大聖堂、凍りついた敵。

そんな非現実的な空間の中で、俺たちは深く、長く、唇を重ねた。


※ ※ ※


第9章:戦火の序曲と、隣り合わせの二人


大聖堂での襲撃から三日。

リリアーヌは魔力を完全に喪失し、地下牢へと送られた。しかし、彼女が呼び出そうとした邪神の残滓は、隣国ガーランド帝国の国境付近で巨大な魔力の渦となって顕現していた。


「……帝国が動いたわ。聖女(偽物)を救出するという名目で、我が国へ宣戦布告してきたの」


公爵邸の作戦会議室。

エミリアが、真剣な表情で地図を広げていた。彼女はもともと学園でも成績優秀だったが、今は俺を支えるために必死に軍事学や古代魔法を読み漁っている。


「レナード、貴方は前線へ行くつもりでしょう? ……私も行くわ」


「ダメだ。戦場は、大聖堂の襲撃とは比べものにならないほど危険だ」


俺は即座に拒絶した。前世で、俺が独りで戦場を駆け抜け、背後を突かれて破滅した記憶が蘇る。


「……またそうやって、一人で全部背負い込むのね」


エミリアが、机を叩いて立ち上がった。その瞳には涙が溜まっているが、強い意志の光が宿っている。


「貴方が死んだら、私はどうなると思っているの? ……貴方が守りたいのは、私の『命』だけ? 違うでしょう! 貴方と一緒に生きる『未来』でしょう!」


「エミリア……」


「私、学園で秘密で特訓していたの。貴方の魔力に耐えられる、唯一の『増幅魔法』を! ……私がいれば、貴方の負担は半分になる。……お願い、私を信じて」


彼女は震える手で、俺の頬を包み込んだ。

その温かさと、自分を信じてほしいという切実な願い。

前世の俺は、彼女に何も相談せず、勝手に背負って自爆した。今世でも、俺は同じ間違いを繰り返そうとしていたのか。


「……わかった。俺が悪かったよ、エミリア」


俺は彼女の手を握り、指先に口づけを落とした。


「俺の背中は、お前に預ける。世界最強の魔法使いの隣には、世界最高の公爵夫人が必要だからな」

「~~~っ! ……もう、そういう殺し文句、どこで覚えてくるのよ……バカ」


エミリアは一瞬で顔を赤くし、俺の胸に顔を埋めた。

さっきまでの凛々しさはどこへやら、今はただの「レナードが大好きな女の子」に戻っている。


「……じゃあ、出発の前に。……一回だけ、ギュッとして?」


「一回と言わず、何度でもしてやる」


「……バカ。……大好きよ、レナード」


※ ※ ※


幸せな時間は束の間。俺たちは軍装に身を包み、国境へと向かった。

戦場——そこは、帝国の魔導兵器と邪神の眷属が入り乱れる地獄だった。

カイル王子も帝国の傀儡となり、死霊騎士デスナイトとして先陣を切っていた。


「……レナード! 来たわよ!」


「カイルか。……死してなお、醜い執念だな」


俺は剣を抜き、エミリアと視線を交わした。

エミリアが杖を掲げ、澄んだ声で詠唱を開始する。


「『女神の祝福、愛しき鎖に(アフェクション・リンク)』!」


エミリアの魔力が俺の体に流れ込む。

それは単なる強化魔法ではない。俺の冷たい魔力を、優しく、けれど強固に安定させる、彼女にしか使えない「愛」の魔法だ。


「……凄いな。力が無限に湧いてくるようだ」


俺は一歩踏み出し、空中に巨大な魔法陣を展開した。

前世では十秒かかった大魔法が、エミリアのサポートがあれば瞬時に発動する。


「カイル、そして帝国の黒幕よ。……俺たちの結婚生活を邪魔した報い、たっぷりと受けてもらうぞ」


俺の手から放たれた極大の氷嵐が、戦場を白銀の世界へと変えていく。

エミリアの背中を感じながら、俺は確信していた。

二人なら、どんな過酷な運命シナリオさえも、ハッピーエンドに書き換えられるのだと。


※ ※ ※


最終章:やり直した人生の、その先へ


戦場の中央、邪神の核を取り込んだカイルが異形の咆哮を上げる。


「レナードォォ! エミリアァァ! なぜだ、なぜお前たちは壊れないいいい! !」


カイルの放つ負の魔力が、黒い渦となって俺たちを飲み込もうとする。

だが、俺の背中にはエミリアの温もりがあった。彼女の細い腕が俺の腰に回され、その魔力回路が俺の魂と深くリンクしている。


「レナード、信じてるわ。私たちの愛は、こんな暗闇になんか負けない!」


エミリアの叫びと共に、俺の魔力が純白の輝きを放った。

前世の俺は孤独だった。だが今は、彼女の祈りが、増幅魔法となって俺の限界を軽々と突破させていく。


「——『久遠の双星、終焉の氷華エターナル・アイリス・ノヴァ』!!」


俺たちが放ったのは、凍てつく破壊ではなく、世界を「浄化」する光の嵐だった。

カイルの絶望も、帝国の野欲も、邪神の呪いも。すべてがその光の中に溶け、一瞬にして消滅した。


戦場に静寂が戻る。

空を覆っていた黒雲が割れ、そこから温かな太陽の光が降り注いだ。


「……終わったのね、レナード」


エミリアが俺の肩にぐったりと頭を預ける。魔力を使い果たし、今にも眠りにつきそうなほど疲弊していた。

俺は彼女を横抱き(お姫様抱っこ)にし、その額に優しく口づけをした。


「ああ。これでもう、俺たちを邪魔するものは誰もいない」


「……本当? 本当に……ずっと、一緒にいられる?」


「約束だ。……次は、処刑台じゃなく、暖かいベッドの上で朝を迎えよう」


「~~~っ! 貴方って人は……最後くらい、格好良く締めてよ……」


エミリアは真っ赤になりながら、俺の首に腕を回して幸せそうに目を閉じた。


※ ※ ※


それから一年後。

世界は平和を取り戻し、ヴィンセント公爵領はかつてない活気に満ちていた。

俺は公爵として領地を治め、隣には「世界で最も愛されている公爵夫人」として知られるエミリアがいる。

ある夜。

新しく建て直した公爵邸の寝室で、俺は書類を片付けていた。


「……レナード。まだお仕事?」


寝巻き姿のエミリアが、扉の陰からひょこっと顔を出した。

シルクの薄いガウンから覗く白い肌。少しだけ潤んだ瞳。

その破壊力に、俺は思わずペンを落とした。


「いや……ちょうど終わったところだ」


「……なら、いいんだけど。あのね、今日は……私、決めてきたの」


エミリアはトコトコと歩み寄ると、俺の膝の上に自分からちょこんと座り込んだ。

心臓が跳ねる。普段は照れてばかりの彼女が、自分から攻めてくるなんて。


「……貴方に守られてばかりじゃ嫌なの。……今夜は、私が貴方を……その……『独り占め』、するんだから……っ」


顔を真っ赤にして、俺のシャツのボタンに指をかけるエミリア。

その手は小刻みに震えているが、瞳には確かな熱が宿っていた。


「……いいのか? 明日の朝、後悔しても知らないぞ」


「後悔なんて、一度もしたことないわよ……! 貴方の隣にいられるなら、地獄だって……処刑台だって、怖くないんだから」


彼女は俺の首筋に顔を埋め、甘い吐息を漏らす。


二度目の人生。

俺が手に入れたのは、最強の魔力でも、地位でもない。

この温かくて、愛おしくて、たまに素直になれないエミリアとの、平凡で幸福な毎日だ。


「愛してる、エミリア」


「……私も。……世界で一番、愛してるわ。レナード」


俺たちは深く、熱く、今度は誰にも邪魔されることなく、唇を重ねた。

窓の外では、満月が二人を祝福するように輝いている。

俺たちの物語は、ここからが本当の始まりだ。 


最後までお読みいただきありがとうございました!

「自分を殺した元妻が、実はめちゃくちゃ可愛かったら?」という妄想を全力で詰め込んだやり直し物語、いかがでしたでしょうか。

エミリアの照れ顔と、レナードの過保護な無双っぷりを楽しんでいただけていれば幸いです。

もし「エミリア可愛い!」「レナードもっとやれ!」と思っていただけたら、下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価いただけると、執筆の大きな励みになります!

感想やブクマも心よりお待ちしております!

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すっごく面白かったです!エミリアのツンデレさが可愛いのと、レナードの溺愛さとエミリアを守るために戦うところがすごくかっこよかったです!
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