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女神ルシールの異変的曇らせ

「……ん……あ、あら?」


 日が昇る前に目覚めた女神ルシールは、己の姿に愕然とした。


「な、なんてはしたない……」


 寝相はいい方だと思っていたがどうもここ数日はおかしく、薄い寝間着ははだけているを通り越して、半裸に近い有様だ。

 貞淑を重んじる光の灯教の開祖に連なる血脈にあるまじき姿で、慌てた彼女は直ぐに身を整える。

 だが服だけではなく、ベッドのシーツは皺だらけで波打ち、寝ている間に力強く握りしめていたのか、掌の辺りは特にぐちゃぐちゃだった。


「それに酷い汗」


 更に異変は重なりルシールの体は汗に濡れ、シーツは人の形がはっきり刻まれているではないか。


「どうしたのかしら……もう朝日が昇りそう」


 ベッドから立ち上がったルシールは、時間帯にも困惑した。

 敬遠な信徒である彼女もまた、リズベットと同じく日が昇る前に祈りを捧げて朝日を出迎えるのが日課だ。それなのにルシールが起きた時間帯は、もう日が昇る直前だった。


「……本当に変」


 急いで身支度を整えたルシールは、祈りに集中できなかった。

 物心ついた時から祈ってきたはずなのに、どうもなにかが違うような違和感を拭えず、肩や指の端が収まりのいい場所を見つけるように動く。


 これらの異変は少し後にやってきた侍女に見咎められた。


「ルシール様、その、どうされました?」

「それが私にも分からなくて。ひょっとしたら、慣れない環境で夢見が悪かったのかもしれません」


 汗でくっきりとルシールの跡が刻まれ、皺だらけになっているシーツは、情事の痕跡にも見えたため、血相を変えた侍女が尋ねた。

 しかし侍女が見たところ男がいたような証拠はなく、また、ルシールも心底困惑した表情を浮かべていたので、気にはなったが信じることにした。


 その後、身を清めて教会での祈りを済ませ、白地に青のラインが入った学院の制服を纏ったルシールは、普段通りの柔らかな笑みを浮かべて歩む。


「おはようございます!」

「おはようございます!」


 様々な侍女や令嬢に囲まれたルシールが歩くと、前にいた者達がすぐに退き頭を下げる。

 ルシールはついこの前まで、反応すれば相手も立場的に困るから、気にする必要はないと教えを受け、諭されてもいたが……。


「皆さん、おはようございます」


 囲いから抜けることはなかったが、それでも声だけは返すべきだと思ったルシールが口を開く。


「ルシール様……」

「やはり挨拶を受けるだけというのはよくない気がして。わがままを許してください」

「それはまあ、そうなのですが……」


 物言いたげな侍女にルシールは、柔らかくもはっきりとした口調で自分の意見を通した。

 確かに人としての道理はルシールが正しいのだが、世の中には声をかけられただけで勘違いを起こす人間がいるため、侍女が持つ懸念も間違いではないだろう。


「おはようございますっ!」


 その時、ひと際大きく力の籠った男の声が響くと、妙にふらふらしていたルシールの体幹がしっかり伸びた。

 更にはしっくりこなかった感覚が、その声を聞いただけで働き始め、少し下がっていた体温が平常に戻り始める気さえした。


「はい、おはようございます」


 ルシールはとても興味を持ったものの、侍女たちが訝しんでいる今、男性の顔が見たいと言った日には大騒ぎになるのが目に見えていたため、当たり障りのない返事を返すにとどめる。


 それだけだ。後はいつも通り次代の看板としての教育を受け、レアやリズベットと話し、一日を終える筈だった。


「どれがいいのかしら」


 最も高貴な者たちが入浴するために設けられた、ほぼ個人用ながらも特別製の豪華絢爛な浴場で、ルシールは香りの違う石鹸を持ち比べ首を傾げていた。

 流石に洗体まで侍女が世話をするのは勘弁してほしかったため、前々からルシールは神殿のような浴場を一人で利用していたが、備え付けられたものを利用すればいいとしか思わなかった。


 しかし今現在の彼女は、自分でも全く理解できていない基準を求め、幾つもの石鹸の香りを確かめては、ああでもない、こうでもないと迷っていた。


「とりあえず暫くはこれね」


 幾ら悩んでも自身がどう見られているかをあまり気にしていなかったルシールに、正解を導き出せるはずがない。

 結局、爽やかな花の香りがする石鹸を手に取ったが、男性が好むような香り。なんていう都合のいい石鹸と説明書きがあったなら、無意識にそれを選んでいたかもしれない。


「お化粧……」


 身を清めて浴場から出たルシールは、化粧を整えるための鏡を見つけてぽつりと呟く。

 学園で最も美しい三人の内の一人に挙げられながら、自分を美しくする必要性を感じたことがない彼女はその類のことを一切したことがない。

 それなのになぜか、綺麗で見栄えのいい己というものに意識が囚われ、鏡から目を逸らしても後ろ髪を引かれるような感覚に陥る。


「……」


 ルシールはぺたぺたと己の体を触り感触を確かめる。

 それは単に自分の体を見ているだけの動作だったが、第三者がいればルシールの目は混ざった不良品を見逃さないように、検品をしている冷たい瞳だと評したに違いない。

 唯一持っている利用価値が、十全に機能するかどうか無意識に確認しているなど、誰も知りようが無かった。

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