プロローグ後 聖女リズベットの曇らせ
本日分は終了!
こっからはプロローグ直後の本番いってみましょう!
聖女リズベットの人生を客観的に見ると不自由だったが、それを本人は認識していなかった。
「……」
優しくも厳しい両親に躾けられた彼女は、日が昇る少し前にはベッドから起き上がって身支度を整えると、光の灯。つまりは朝日に祈り世の平穏を願う。
しかし……殺風景極まる。
私物は寝間着や下着くらいのもので、他は全て部屋に備え付けられている物品ばかり。
女神ルシールもそうだが、清貧に重きを置いている彼女たちは自己の概念が薄く、祈りのついでに日常生活を送っている様な存在だ。
「おはようございますリズベット様」
「はい。おはようございます」
流石に侍女がいないのはよくないため、光の灯教との関わりが強い者が派遣されているが、役割は聖勇者リアの傍にいる者と変わらない。
次の看板の周囲に蠅が飛んでいないかを確認し、教会の思惑から外れないように監視しているのだ。
「……」
身支度を整えたリズベットの次の行動はまたお祈りだ。
信心深い令嬢と共に学院内にある光の灯の教会に足を運び、真摯な祈りを込めて祈る。
世界は偉大なる光である神から始まり、人はその慈悲で生き長らえてきた。
その象徴である太陽は最も尊く、逆に夜は魔の時間であると忌み嫌われている。
だから朝になればリズベットは必ず、神の慈悲に感謝して跪くのだ。
ならばきっと、兄と生き別れたのも、その兄がかなり危うい場所にいるのも、そして自身の運命が本来なら恥辱を極めているのも、神のご意思なのだろう。
祈りを終え、朝食を取り終えたリズベットは国政に関わることを学び、時には聖女の力を伸ばすための訓練を行なう。
「枯れた花が……」
「おお……」
「これが聖女の力か」
リズベットが枯れ切った花に触れると、花は瑞々しい美しさを取り戻す。
癒しや生命力を司るとされる聖女の力は、例え重傷を負った人間でも命を繋ぎ、時間をかけて集中すれば全ての傷が癒えるとされている。
そのため、聖女の癒しを受けている前衛は事実上、不死身の兵と化すのである。
尤も死ぬべき時に死ねないのは不幸でもある。
例えばその力を利用され、永遠の責め苦を受けたり……とか。
(全ては神のお慈悲によるもの)
自身の力さえも神が支配していると考えるリズベットが、お付きの人間に囲まれながら歩く。
今現在学院に通うのも、卒業して光の灯教に尽くすのも、彼女にとっては神の意思だ。
「リズベット様、どうやら子爵や男爵の子息が貴女様に興味を持っているようでして……もし妙なことがあればすぐさま対応しますので、なにかおかしなことがあればすぐ仰ってください」
「私に興味、ですか?」
「はい。若い男というのは油断なりません。どこかに恋文が混ざっている可能性もあります」
「恋文……私を詳しく知らない殿方が私に恋をするものなのでしょうか?」
「男はそういうものなのです」
「はあ」
ある時、若造の騒がしい日常に危機感を抱いた侍女の一人が、リズベットに注意を促した。
しかし基本的に同年代の男性との面識をほぼ持たない彼女にすれば、よくわからない相手に恋文など送ってくるのだろうかという疑問がある。
…………
………
……
…
リズベットの人生。思想。思考。その全てが彼女自身に深く、深く、どこまでも深く突き刺さった。
神がいたなら。慈悲深いのならば。
彼が身を捨てているのはそれも定めと、リズベットは言わなければならない。
!!!!!!!!!!!!!!!!!!
音という表現すら出来ない衝撃波が精神世界を揺らす。
「え? あ……え?」
夢に落ちたリズベットが溢れる記憶に呆然としていてもお構いなく、遠いところで怪物たちが激突していた。
『な、なぜこんな化け物が存在しているっ⁉』
片方は夥しい触手が束ねられ、醜い人型を形成している巨人の驚愕。
『燃えろ燃えろ燃えろおおおおおお! わーっはっはっはっはっ!』
もう片方はまたしても己を燃やし君臨している炎王の高笑い。
「あっ⁉ ひっ⁉ ああああああ⁉」
夢の記憶を思い出したリズベットは言わなければらない。
彼女は神に人生を捧げているのだ。
彼女は神に祈っているのだ。
だから。
貴方の犠牲は神の慈悲によるものだ。と。
「ち、違う違う違う!」
殆ど思考せずに、リズベットの口から意味のない否定の言葉が迸る。
彼女自身もなにを否定しているのか分かっていない、否定の言葉が。
『取引をしよう! その罪ではどうせ長くはあるまい! 魔の技術を用いて聖女リズベットと交われば延命が出来る筈だ! だから手を貸せ!』
「わ、私ならあの人を癒せる……?」
名指しされてびくりとしたリズベットは、明らかに悪の手先の言葉に光を見出す。
即座に炎王自身が捨て去った。
『ぶぅわあああかあああ! 今日死のうが今すぐ死のうが、俺がやることは変わんねえーよ! わははははははははははは!』
『ならばなにを対価に引き受けた! 我々ならそれを上回るものを用意できる!』
『わははははは! 意味不明! 理解不能! 女にまともな人生送ってくれと思うのが男だろう! なぜ見返りがいる⁉ なぜ対価がいる!』
『男と女だと⁉ 定命の語る愛などまやかしに過ぎん!』
『男女以前に実は顔も見たことねえんだなあこれが!』
『はあっ⁉』
ゲラゲラ笑う炎王に削られる触手は、必死に時間稼ぎしようとしていたが、あまりにも予想外な顔も見たことがないという発言に素っ頓狂な声を漏らしてしまう。
以前の触手の集合体と違い、高度な知性を持つこの巨人から見ても炎王の魂を燃やす行動は狂気そのものだ。
それなのに顔も知らない相手のために、魂を燃焼させていると言われても、とても信じることはできなかった。
「ひっ⁉ い、いやあぁ! ち、違うんです! 違うのです!」
意図せずリズベットに飛び火した。
よく知らない相手にどうして恋文を送ってくるのだろうと疑問に思った?
ではよく知らない相手を救うため、魂を投げ捨てている男に理由をなぜ聞いていない?
覚えておらず探してもないからだ。
「神よどうしてなのです⁉ なぜあの方を救ってくださらないのですか⁉」
毎日毎日祈って、神の慈悲に感謝している女が不遜にも神の意図を問う。
答えは勿論ない。
『まさかこれで神の使徒なのか⁉ このザマで⁉』
『傷つくこと言わねえでくれよ! 神と女の子を選べって言われたら、一億回中一億回は女の子を選ぶね!』
『戯言を! 神に命じられて守護している使徒か眷属神だろう!』
『いいや違うね! たった三人の女の子を救ってもやれない奴なんざ、こっちから願い下げだよ!』
「あああああ……!」
理由が分かっていないのは触手巨人も同じで、己の恐怖を誤魔化すように炎王が使徒か眷属神と断定すると、返って来たのは己を救ってくれない神への罵倒ではなく、リズベット達を救おうともしない神への憤怒だ。
そしてリズベットが祈っても祈っても、神は意図を示すことすらせず、逆に名も知らない男は神に祈らず自分だけを捨てている。
『神よ嗚呼見よ、嗚呼神よ見よ! これなるは第一の封印! これこそは第一の咎! これぞ第一の罪! 昇れ人の世! 燃えろ神の理! 女神に、聖女に、聖勇者に! 未来あれ!』
『ぎげっ⁉』
「うぎゅっ⁉」
ただでさえ恐ろしい勢いの炎が更に燃焼し、重ねた掌のような部分が発光すると、奇しくも触手巨人とリズベットが絞められた鶏のような声を漏らす。
触手巨人の視点では、炎王の持つ罪が完全に人知、否。全知すらも超えた領域にあったため。
リズベットの視点では、本当に、心の底から名も知らぬ誰かが、自分達のためだけに全てを投げ捨てている事実をまた突きつけられたからだ。
『発射あああああああああああああーーーーーーーー!』
「神よどうしてなのですか⁉ なぜ⁉ いやああああああああああああ!」
炎王の掌で光る弾丸が発射されると、物質界なら山々を吹き飛ばすような勢いで飛翔。
触手巨人の霊核を一瞬でズタズタに引き裂くと同時に、リズベットの精神世界の幕が降ろされる。
「……」
(神よ。偉大なる貴方様のお陰で今日を迎えることが出来ました)
目覚めたリズベットが跪いて朝日に祈る。
神のお陰で今日を迎えれた。
神のお陰で今日も平穏だろう。
神のお陰で。
お陰で。
お陰で。
神の。
神の。
お陰で。
お陰で。
「ち、違う違う違う! 違うのに! 違うのにいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
本来の分岐と状況は違っても、辿り着く結論は同じだった。
神はリズベットを助けてくれない。
ここまでどうだったでしょうか?
現実世界の言動が全部ブーメランになるのが、味変的曇らせになってれば幸いです。
しかし曇らせに慣れてなさ過ぎて心が軋むんで、よかったら下の☆で評価していただけると心底嬉しいです……。




