覆されつつある暗闇の分岐と、目の前の道
ポエマーに手紙を届けたこと。司祭と揉めたことを報告し、王都をぶらぶらと歩く。
「さあ買っておくれ!」
「こっちが安いよー!」
「あんた! ちょっと店番よろしくね!」
「お母さんだっこー!」
どこを見ても人。人。人が溢れていた。
流石は王都。その人口密度は辺境の比ではなく、老若男女様々な人間がそれぞれの生活を営んでいる。
狭間からの情報に異音が混ざった。
本来なら王都は雰囲気がもう少し薄暗く、将来的な不安が渦巻いている筈らしい。
貴族の統制は弱まり、王都特有の後ろ暗い組織が蠢いて……的な?
でもロジャー兄上と殴り合える脳筋王太子がいるから、誰も下手なことを出来なくなっている。
どうも狭間の知識における王太子は、下手に利権を暴いたら国が木っ端微塵に消し飛ぶと思って、現状維持の現実路線気味だったらしい。
まあそりゃそうだろう。光の灯教と王国の腐敗なんて、直視するのも憚れるレベルの筈だ。
つついた瞬間にどこが弾け飛んで、腐汁をまき散らすか分からないどころか、下手をすれば国の土台が傾きかねないんだ。十のために一を切り捨てなければならない為政者だからこそ、そんなリスクを背負えない。
しかしここでは明らかに違う。
王都にいるから分かるが、脳筋王太子は敬意と恐怖の両方を勝ち取り、国の舵取りを少しずつ革新に向けている。
「ふーむ」
青い空に視線を向ける。
そう、あれだ。太陽だ。
狭間の向こうでは悪いことをすればお天道様が見ているというらしいが、それと同じようなものかね。
怒るとこわーい存在がいれば、好き勝手するのは中々に難しい。結局のところ人も動物なのだから、痛みの予感がすることをわざわざしない。
だからロジャー兄上と半日も殴り合った暴力が、自分に向くかもしれないと思えば、余程の覚悟が無ければ王太子に歯向かえないだろう。
まあ、その痛みを試練とか言っちゃう連中もいるし、王都騎士団みたいなのもいるから、人間社会は複雑怪奇なんだけどね。
「む」
またパチリと異音が発生し、狭間からの情報が流れ込む。
荒廃した王都で奇怪な触手たちが、三大美女を戦利品のように扱い、時にはあられもない姿で柱に括り付け、時には枷をつけて大通りを歩かせる。
また別の分岐では堕落した後に人に敗れ、レアさん達は裏切り者として王都で火あぶり。
また別の分岐では積極的に触手の軍勢を率いて、肉の塊と化した王城で終わらない宴を繰り広げる。
少なくも流れてくる極一部っぽい情報には、彼女たちが幸せにしている分岐は無い。
次に触手ちゃんがやってきたら、普段以上に念入りの炎で炙ってあげよう。
狭間の向こうの同胞達よー! イチャラブパワーを俺に分けてくれー!
っていうかどうしてそうなったかの部分が、すっぽり抜け落ちてるから対策できないんですけどー!
「おっと」
あぶねえ。考えごとしてたから、ムフフエリアに近寄るところだった。
王国がケツ持って我ら男衆一同が利用できる最高級ムフフ店もあるエリアだが、元々興味がない上に婚姻話が持ち上がってる今現在の状況で立ち寄れるかっての。
なお体験してきた男爵子爵連合軍の連中は、悟りを開いたみたいになってたから、多分心が綺麗に浄化されたんだろう。うんうん。僕はなにしてるのかわかんなーい。
そして二回目は実費になるため不貞腐れるのがワンセットの流れだ。目上の人が助けてくれるのは一回まで。いい社会勉強になったなぁ! わはは!
「どけどけ!」
「邪魔だ!」
むむ⁉
ムフフエリアに向かう身なりのいい男たちが、怒鳴りながら人を退けている。
……多分だが、俺らが王都に向かう途中で見たことがある面だ。王都騎士団の一員だったかな?
そんで市民は、またアイツらかよ……。うわ、面倒だ。威張り散らしやがって。みたいな負の感情を瞳に宿しているのに、連中は気にせずのしのし歩いている。ああいう姿を高慢という。
まあでも、金払いは良さそうでムフフエリアにとっては太い客だから、あんまりぞんざいな扱いはできないんだろうな。
そんで気をよくして、外でも特別なのだという気持ちのまま周囲と軋轢を生むに違いない。
これが大人の悪癖か!
「ふんっ」
そんな十人ちょいの集団の中に、鼻を鳴らしていかにも不機嫌ですと言った顔の奴がいる。
こいつは完全に見覚えがあるぞ。
俺が滋養強壮の飲料について突っ込んだら、追い返そうとしたやべー騎士だ。名前なんだったけ……事件の後で聞いたんだけど……ベンジャミン?
幸い俺は民衆に紛れているから気が付かれてないが、あの顔を見るにどうやら王都でこってり絞られたらしい。確信犯的な言動をしてたんだから、雷の一つや二つは落とされただろうな。下手すりゃ騎士団も庇いきれず、とりあえず形だけでも降格を言い渡されてる可能性だってある。
「貴様!」
さーて、このままやり過ごそうと思ったがそうはいかないらしい。
俺の顔面をボコボコにする想像を何百回もしてるのか、ふと視線が合っただけで、凄い形相の推定ベンジャミンが怒鳴りドスドス詰め寄ってきた。
ひーん怖いよー。っていうか俺が三男坊とはいえ男爵家の一員に、いろんな人間が見ている前で詰め寄るとか正気かコイツ?
「……」
あ、ベンジャミンの方も感情的に動いた後に、ここが王都の大通りど真ん中なことに気が付いて、怒りを発散する機会を逃したな。
「お勤めご苦労様です!」
ならばこの機を逃さず頭を下げ即座に撤退!
毎日の訓練の賜物で逃げ足には自信がある!
「……覚えていろっ!」
ベンジャミンの口から、おどろおどろしい声が漏れた。どうも俺が思っていた以上に、散々怒られてるらしいなコイツ。
が、そんなことでビビる様な俺様ではない!
鼠のような素早さで人ごみをすり抜け、王都宿泊所に辿り着くのであった!




