神を信じる者達
「ご無沙汰しております」
それぞれの生徒達が実家の館に顔を出している最中、光の灯教そのものが家のようなルシールとリズベットは、王都にある大神殿を訪れていた。
他の場所にある総本山の次に巨大な王都の神殿は、白い石材を大量に使った建築物で、これまた白い司祭服を着た者が多いため、悪や穢れを許さぬ印象を強く受ける。
だが緩やかに腐敗し続けているのは間違いなく、目に見える範囲が白いだけの話だ。
「リズベット、元気そうで何よりだ」
「お父様、こちらにいらしたのですか」
「ああ。この行事の時期は王都が何かと人手不足になるからね」
そんなリズベットへ穏やかに声をかけたのは彼女の父、クーノだ。
四十代。リズベットと同じ銀髪に見えて、実は白髪な短髪。疲れを宿した赤い瞳にこけた頬。平均的な身長かつ細身で、多くの人間は今にも折れそうな枯れ木を連想するだろう。
それもその筈。
枢機卿の地位にいながら清廉潔白で、どうも怪しい動きを見せる同僚達に心を痛め、更には娘リズベットが聖女の称号を得たため、政治的にも非常に複雑な立場にいる男だった。
「お久しぶりですクーノ様」
「ルシールも代わりはないかな?」
「はい」
ルシールが幾ら女神の称号を持っているとはいえ、公的な立場では枢機卿の方が上のため、それに従った挨拶を交わす。
「少し話をしよう」
「分かりました」
クーノに従いリズベット、ルシールは大神殿の部屋に向かう。
本当ならクーノも面倒な話をしたくないのだが、最近のことを考えるとそうはいかなかった。
「王都騎士団の話は聞いている。厳重な抗議をしたけれど、何処まで本気に受け止めているかは……かなり怪しい」
その面倒、王都騎士団についてクーノは切り出した。
「まず前提として、軽い気持ちでは絶対に行えない。確かに王都騎士団は影響力が強いけれど、それでも王国と教会の面子を潰すのはリスクが高すぎる。やるのなら、それを上回る事情が無ければ不可能と言っていい」
「はい」
「だから……ひょっとするとの可能性だが……騎士団が致命傷を負いかねない秘密を握られ、誰かに命じられた。もしくは……そうせねば生き延びることができない状況に追い込まれている可能性がある」
明らかに腐敗が見受けられる王都騎士団とはいえ、単独で三称号を害して王国と教会の両者に睨まれるのは、リスクという言葉では片付けられない行いだ。
それなのにやったということは、騎士団の存続に関わる事態が絡んでいるのは間違いない。
だが王都騎士団を裏から操れるようなネタを握れる。もしくは叩き潰せる存在など、強大な組織や六罪、七罪の極悪人。下手をすれば悪魔になるだろう。
(……上の騒動と関わりがあるのか?)
不確かなためクーノは口にしなかったが、現在の光の灯教の頂点付近は、奇妙な表現をすると秘密裏に大騒ぎしている。
それは三称号が同時期に見つかった時よりも大きいのに、枢機卿の立場にいるクーノすらきちんとした情報を教えてもらえない騒ぎだ。
つまり枢機卿よりも詳しく、イライジャ・ウィンターが神の再臨で騒ぐ者達を掴んでいるのは異常としか言いようがない。
正確に表現すると、外様の枢機卿よりもか。
貴族に外様がいるように光の灯教の権力構造にも似たような事例が存在する。
クーノは実家が公爵家だったため、彼の父が大金の寄付と共に息子を送り込んだ。
そのお陰でクーノはかなり若くして出世したのだが、所詮は外からやってきた金払いのいいお客様に過ぎない。枢機卿という地位を得ようと、中枢には全く関われない立場で政治に翻弄され、それは娘と……息子もそうだった。
「それとなんだが……むう……その……」
「どうしました?」
「クーノ様?」
「事態を重く見て総本山から七徳が来ている」
「七徳が?」
「まあっ!」
非常に言い難そうなクーノが口を開くと、リズベットとルシールが同時に驚いた。
本当に限られた超人から見ても怪物の超人、七徳は戦略級の存在で軽々しく動いていい存在ではない。ましてや光の灯教に所属する七徳が王都に訪れるなど、一種の戦争前に近い状態だ。
そしてこの七徳に分類される者達は、強すぎるために性格が独特で一応社会性があるから徳級に所属しているが、一歩間違えばすぐ罪業持ちになりかねない者もいる始末だ。
「どなたです?」
「赤紫、空色、黄色の内、赤紫を担当しているオズボーン大司祭だ。基本的に穏やかなのだが、彼の存在そのものが王国を刺激している」
リズベットの問いに、クーノは頭痛を堪えるような仕草をする。
それもそうだろう。王国も爆弾になり得る七徳を歓迎する筈はなく、本人がどれだけ善良でもいるだけで火種になりかねなかった。
「では挨拶をしに行こう」
クーノに連れられた二人は大神殿の奥に足を運び、その七徳に挨拶することになった。
オズボーンは神殿内では珍しい赤紫の司祭服を纏い、背が高い五十代程の男。色素の薄い金髪を後ろに流し、灰色の瞳には柔らかな光を称えている。
彼は一行に気が付くと丁寧に一礼した。
「女神様、聖女様。赤紫の席を頂いている、オズボーンです。一度お会いしたかったのですが、少々忙しく叶いませんでした」
「リズベットです。よろしくお願いします」
「ルシールです。高名なオズボーン大司祭にお会いできて嬉しく思います」
「私も嬉しく思います……あー……デリケートな話でしたら大変申し訳ないのですが、聖勇者様は何処にいらっしゃいますかな?」
挨拶をしたオズボーンは、聖勇者レアがいないことに首を傾げ、あまり男性の自分が突っ込むべきではない女性特有の事情があるのだろうかと尋ねた。
「レア殿はご実家の館にいるのではないかな? そうだねリズベット?」
「はいお父様。その筈です」
「それは……困りましたな。私の役目は女神様、聖女様だけではなく聖勇者様の護衛も兼ねているのですよ」
「大司祭。レア殿の所属は王国だから、我々が強く関与することはできない」
「ふーむ。それは確かに」
ただ、クーノとリズベット親子の発言で、オズボーンは心底困った表情を浮かべる。
彼が命じられているのは、王都騎士団がよからぬ動きをしているから、必ず三称号の女を守れと言うものだった。そのため事情があるにせよ、可能な限り自分の影響下にいて欲しいのだが、クーノの言う通りレアの所属は光の灯教ではなく王国だから、お願いはできても強制は不可能だ。
「まあなんとかやってみましょう。ところでルシール様。学院でのご活躍を聞き及んでいますが、なにやら温かな炎を宿し、神の御心に近づいたとか」
「御心に近づいたかは分かりませんが、確かに温かな炎は宿しています」
「よければ少しお見せいただけますか?」
「はい」
気を取り直したようにオズボーンがルシールに話を振ると、彼女の掌に言葉通り温かな火が灯り、大神殿の内部を僅かに照らす。
「おお、なるほど。確かに温かな火ですね。このまま徳を積み重ねれば、必ずや神の御心が世界の灯になるでしょう」
それにオズボーンは目を細めて喜び、次代の看板を祝福する。
「それでは名残惜しいのですが、王国との調整もありますので失礼します」
ただ、オズボーンも火をずっと見ている訳にはいかず、穏やかな笑みを浮かべたままこの場を立ち去る。
火は少しずつ。少しずつ王都に集まった具材を煮詰めていた。




