聖勇者の周りで蠢く陰謀。陰謀ったら陰謀
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ケイと同じように聖勇者レアは実家が持つ王都の屋敷を訪れると、父からの厳しい叱責を覚悟していた。
彼女の知る父なら、デリケートな時期に男爵や子爵の子弟に交じり訓練をしていたことをよく思っている筈はなく、必ず止めさせようとするだろう。
ただその予想は、いい意味で裏切られた。
「……学院で励んでいるようだな」
「はいお父様」
「……度を越したはしたない真似は慎め」
「は、はい」
なにを食べたらここまで苦り切った表情を浮かべられるのかと、つい思ってしまいそうな父、ハロルドの姿にレアは疑問符が浮かび続ける。
確かに窘められはしたが言葉は非常に弱々しく、納得はしていないがそうせざるを得ない事情が感じられたが、それが何かまでレアは分からなかった。
「……ウィンターの三男とは親しいのか?」
「え? ウィンターの三男?」
「親しいのかと聞いている」
「い、いえ。偶に会話はしますけど……」
「……下がっていい」
「は、はい。失礼します」
ハロルドから妙な話を振られたレアは、困惑しながらも正直に話し、訳が分からないまま退出するしかなかった。
この謎は、直後やってきた老いた侍女に事情を聞いて、ようやく把握することが出来た。
「お嬢様……ネイハム様がウィンター男爵家三男との婚姻を考えておられるようで……」
「へっ⁉」
あまりにも予想外な事情に、甘い泥沼で足掻いていたレアは疼きを覚えるよりも驚きが上回ってしまう。
確かにそんな妄想に浸ってはいたが、実際問題男爵家と公爵家の婚姻には無理があり過ぎ、叶わぬものと思っていたら、現実はそれを斜め上にかっ飛ばしていた。
「ど、どうしてそんな話が?」
「ゲオルグ王太子殿下の王位継承は間違いなく、それで……どうもつい先日ネイハム様がご当主様に、ロジャー、イライジャ兄弟有するウィンター家と王家を間接的に繋げることをご提案されたらしく……」
「お父様の反応は?」
「旦那様が口を噤まれていることを考えると……ネイハム様に押し切られたのではないかと……」
「途轍もない兄弟とは聞いてたけどそんなに? つまり、お父様でも王家とウィンター家の繋がりのメリットを否定できなかったんだよね?」
レアの困惑は益々深まる。
十歳近く離れていて、しかも淑女教育があったレアは、ウィンター家兄弟の武勇伝の直撃世代ではないため、噂では聞いていたが実感が伴っていなかった。
「学院に通う前の王太子殿下は、神代の方々を除けば最強だと誰もが疑っておりませんでした。しかし……あの時の衝撃といったら……ウィンター家は確かに強力な称号持ちが生まれやすいことで知られておりましたが、まさかロジャー・ウィンターが殿下を圧倒するなんて……」
「そんなに……」
「殿下のロジャーへの入れ込みようは常軌を逸しております。卒業後すぐ、妹姫の誰かをロジャーに嫁がせようとして、親族に大反対され断念したとの噂があったほどです。それにイライジャ・ウィンターの方も異常な力を発揮しているため、王家とウィンターの血が直接交わるのは酷く警戒されていたとか」
「でも今回の場合は?」
「今の殿下の王位継承は疑いようもなく、王家とも血の関わりが深いレア様を介して、ウィンター家と間接的な親戚関係を結べば、他の王家の方々の反対も少ない。そして殿下は大喜びされ、公爵家は安泰だとネイハム様はお考えに……」
恐るべきはイライジャ・ウィンター。
彼はネイハムが実行する可能性はあまりないと思いつつ、頭に思い浮かべているであろうことをほぼ正確に読み取っていた。
「レア様……」
使用人が労わるような、心配するような声を漏らす。
色々と政治的な思惑があるにせよ、男爵家の三男坊に嫁げと言われたレアの心を心配しているのだが……。
(どうして⁉ 本当に⁉ なんで⁉)
彼女の心にあったのは心底の驚愕と歓喜だ。
「レア様。ネイハム様が談話室でお待ちです」
ここで他の使用人がやってきて、兄ネイハムが呼んでいるを知る。
用件はどう考えても、これについてだ。
「兄様、お呼びと伺いました」
家での立場があるためネイハムを兄さんではなく兄様と呼んだレアは、一見すると不機嫌そうな兄が、かなり真剣な感情を抱いているのに気が付く。
「どうせ話は聞いているだろう?」
「多少はですが」
「父上もお労しいことだ。元々お前の扱いは、光の灯、王家共にかなり無理筋だった」
使用人の誰かから話を聞いているなと断言したネイハムは、客観的な事実を口にする。
公爵家の娘に生まれたレアは、聖勇者の称号を持ちながらも所属は光の灯教ではなく、王国側と言っていい。
それが完全に揃った三称号を目指す光の灯教が口を出し、更にもう王太子の婚約者が決まっているのに、王家の人間までも騒いだために話がややこしくなっていた。
「しかし父上はそれでも、王国側に多少なりとも寄り添う姿勢を見せるべきだった。後付けの理由になるが、王都騎士団が勝手に動いたことを考えると猶更だ。このままでは王国と光の灯教を天秤にかけたと言う者も出るだろう」
現当主にして父への批判になるため、レアはネイハムの言葉に頷くことはしなかったが、一応理屈にはなっていると思った。
あまりにも上が騒いでいるせいで身動きが取れなかった彼らの父ハロルドだが、それでも多少は王国側寄りの姿勢を見せないと、貴族として後々に響く可能性は確かになった。
そしてこれはネイハムの言う通り後付けになるが、つい最近、最精鋭を謳い王国と密接な関係にある王都騎士団が独自の動きを見せたことで、王国側に見えない大貴族はあまり歓迎されなくなるだろう。
「が、王家にお前を入れると定まった継承権が滅茶苦茶になる可能性が高いのも確か。それでは我が家も破滅だ。父上は進退窮まった。だから王家でも光の灯教でもない外様のウィンター家三男に嫁ぎ、それをもって殿下の役に立て。あとは偶に光の灯教の行事に出れば、まあ、最高でも最悪でもないがマシな状況になれる。ついさっき、私が出した使用人がその三男、ケイに婚約者がいないことを確認した。まあ、正式な使者ではないから、ひょっとすると当主が進めている縁談があるかもしれんが……ウィンター家の特殊性を考えるとどこかで必ず聞こえる筈だ。それが無いなら、まず大丈夫の筈」
光の灯教が、公爵家に生まれたレアを完全に取り込むのはかなり無理筋で、彼女が各地へ赴く時に聖地や教会に顔を出し、要望や儀式には可能な限り参加すれば、表向きはそれ程文句を言えないだろう。
しかし、レアはあまりにも自分にとって都合がよすぎる話の流れに、呆然とするしかない。
「いいか? 王都騎士団が勝手に動いた今が最高の機会なのだ。長年、王都を守ってきた者達が独自の動きを見せれば当然、ゲオルグ殿下は少しでも信用できる味方を欲する筈。そして殿下にとって、ロジャー・ウィンターを引き込むことは悲願で、かつて成し遂げられなかった最大の心残りだ。それを当家を介し成し遂げられれば、我らに二心が無い証になるし、他の王家の人間も最大戦力が田舎の山間部領地にいて、いまいち何をしているか分からないより、きちんとした連絡網があれば安心する」
その茫然自失の妹を、不服があるから何も言わないと解釈したネイハムが畳みかける。
「外様で何かと割を食うウィンター家にとっても悪い話ではない。幸い我が家は裕福だから、なにか……そう、天候が悪く作物の実りが悪ければすぐに援助できるし、政治的な力にだってなることができる。手助けしたくても出来ない、ゲオルグ殿下の意向をそれとなく実行することだって可能だ」
これも事実だ。
ウィンター家の領地は貧しくはないが山間部のため、何かの拍子で躓くことは十分考えられたし、政治的な権限を中枢近くに持っている訳でもない。
そしてウィンター家が困った時、王家に近い公爵家が親戚関係を利用して動けば、私心では動けないゲオルグの関心を強く向けられるだろう。
これを維持し続けばネイハムと彼の子の地位は安泰で、公爵家を継ぐという悲願だって成し遂げられる。
「それとケイ・ウィンターのことも調べた。通常の子弟、外様の者達の区別なく接し、人の中心になっているらしい。つまり将来的に外様と王国を繋ぐ連絡係に最適だ。新しい家を興し、領地は……少々どうなるか分からんが、基本的には同格の外様を相手にするのだから、堅苦しい思いをすることはない筈だ。それにお前は各地の外様の領地に赴く使者の妻として振舞えば、珍しいものを色々と見れて満足するだろう。どこかの公爵家に嫁ぎ、家で夫の帰りをただ待つよりよっぽどお前らしい」
嫌っているからこそ相手の望む言葉をすらすらと口にするネイハムだったが、それでも男爵家の三男は大きな懸念点だ。
確かに客観的に見るとレアの性格上、各地に赴いて仕事をするのは性に合っていたが、でも男爵家の三男なのでしょう? と言われれば、ネイハムもそれはそうだが……と思わざるを得ない。
実際、ネイハムだって色々理由があるからどこぞの男爵家か子爵家から嫁を貰えと言われたら、馬鹿にするな俺は公爵家の次期当主だぞと叫ぶだろう。
「ケイ君の意思は確認していただけますか?」
「は? うん? まあ……んんん? どういうことだ?」
「突然のことですから、彼の意思を確認していただきたいです」
「あ、ああ……分かったが……つまり?」
釘を刺してきたレアの意図が掴めず、ネイハムは心底困惑する。
この時代の結婚や国家としてのお役目に、当事者の決定権は無きに等しく家長の権限で、極端を言えば今現在レアが事前の説明を受けているのも奇跡に等しい。
「私としてはお家の方針に異存ありません。しかしまだウィンター家と接触もしていないのですよね?」
「なっ⁉ はっ⁉ う、受けてくれるのだな⁉」
「はい。誰も損をしないのならですが」
「ああ! 間違いなくな! そうかそうか! よし、今から父上に話すぞ! 正式に我が家の行動にする! ウィンター家と交渉だ!」
「兄様、もう一度言いますが」
「分かっているがそのケイとやらも文句を言うまい! きちんと報告を聞いて、適材適所だと思ったから使者の役目を思いついたのだ!」
「そ、そこまでお調べに?」
「お前達が上手くいかねば元も子もないだろう! さあ父上のところに行くぞ!」
ネイハムの懸念と困惑は霧散し、彼は驚きの余り飛び上がって喜ぶ。
肝心のケイだって、お喋りを仕事に出来て、あちこち観光出来て、美人で優しい嫁さんをゲット⁉ ああ、夢だわこれ。都合よすぎだろハハハハ。と、すぐ後に言うことになる。
ネイハムは妹に対する嫉妬心と恐怖さえなければ、きちんとした能力を発揮できるのだ。
なおウィンター家だが、家長のオーギュスト・ウィンターは、長男、次男がやらかし過ぎているので、ほらケイにもこんなことが起こると思っていたと言わんばかりの余裕。もしくは達観を抱くことになる。
ただ、現実問題として彼の目から見ても、最近他の外様貴族の統制がかなり緩んでいるように見えたので、お喋りな息子なら適任だろうと期待も抱いた。
なおなお、オーギュスト本人も息子たちほどではないがやらかしているので、蛙の子は蛙である。
『これでなんとかなれ、なんとかなれ、なんとかなれええ! 誰も余計な小細工するんじゃねえぞおおおお! 僕は世界を守ってるんだあああああああああ!』
皮肉でもなんでもなく、言葉通りの念を送っていた九罪級の超越者オリアを見れば、ちょっかいをかけてきた黒幕を探すつもりだったイライジャ・ウィンターでも、なにしてるんだコイツ……陰謀はないのか? いや、陰謀と言えば陰謀だが…… と、困惑を極めたに違いない。
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