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幕間 あるいは前々譚 あるいは運命破綻の切っ掛け あるいは世界観が違う

「俺を見てどう思った? 正直に答えよ」


 それが彼の口癖で、未だに続いている一種の儀式だ。

 空間が揺らめいている様な覇気と、鍛えてもいないのに宿る異常な力。更に同年代を置き去りにする圧倒的巨躯。

 全てが、世界で己ただ一人だと錯覚させ、しまいには木と人の区別すら出来なくなってしまうのではと思った。


 だからこそ生まれながらの強者は、己の立ち位置を定めるために問い続け、その度に落胆していった。


 曰く、王になるために生まれし者。

 曰く、天地を探しても類する者なき天。

 曰く、初代統一王の再来。


 孤独だ。一人だ。

 どうして誰も己に及ばないのか。誰も害せないのか。

 鍛えていない。努力をしたことがない。向上心もない。

 それなのに、どうして。どうして。どうして。


 近衛騎士の団長に匙を投げられた。学院の教官も教えることはないと首を横に振った。招いた一握りの強者すらも同じだ。


 だから心が腐っていた自覚がある。

 無気力で何もせず、消え去るのは間違いなかった。


「はあっ! はあっ! はあっ!」


 彼はゲラゲラと笑い、笑い狂って床を転がりたかったのに、真に疲れればそれすらも出来ないのかと感動を覚えた。

 声を発することが出来ず、呼吸に集中しなければ息苦しくなるのかと、人生で初めて気が付けた。

 両膝が地面に触れ、這いつくばる寸前なのに羞恥ではなく歓喜しか感じない。


 その原因に問うた時の答えは非常にシンプル。


「弱い」


 ただ一言。

 その一言を発することが非常に珍しいことは後で知ったが、とにかくその時は、ならば証明してみせると思って挑戦を許し、そして無様に敗れた。


 王家長男が男爵長男に敗れたと聞けば、多くの者が王太子に花を持たせろ馬鹿と思うだろう。

 だが当代の王太子が敗れたとなれば全く話が変わり、いったいどういうことかと酷く騒がれた。


 そして彼は感動のままに、まさしく弱かった己を鍛えては挑み、また鍛えては挑み、その度に敗れ続けた。


 やろうと思えば、様々な魔法的防御手段が施されている、王都の城壁に容易く穴を開けられる拳が、単なる有機物の肉体に阻まれた。

 どんな名剣、聖剣、魔剣とて貫くことができないと自負する体は、逆に呆気なく悲鳴を上げてしまう。


 彼は楽しくて楽しくて仕方が無かった。間違いなく人生最良の日々だと断言出来た。


 しかし、何事にも終わりは訪れるものだ。


 卒業間近。学院を出れば公的な立場があるため、最後の無礼講決闘として挑んだ。


 顔に飛んでくる、何倍にも大きく見えた拳を、首をひねることで受け流す。

 もししくじったタイミングで行なえば、頭が粉砕されるだろう。


 地面に足を踏み込み、膝、腰、胸、腕へとエネルギーを伝え渾身の一撃を放つ。

 全く同じように。いや、より洗練された形で受け流される。


 相手からは全く遠慮を感じないし、なんなら一瞬でも油断すれば、直後に死んでしまう可能性が高い。だが裏を返せば、こいつならこれだけやっても問題ないだろうという評価の表れだ。


 彼はそれが嬉しくて堪らなかった。


 闘気が渦巻き、空間を捻じり、ガラスを裂いたような音が連続して響くが単なる余波。おまけに過ぎない。


 首席宮廷魔法使いはこう言った。貴方の肉体を傷つけられるものは物質界に存在しないと。

 近衛騎士団団長はこう言った。古今無双。並ぶ者無き武勇と。

 古の賢者はこう言った。女神、聖勇者、聖女が神代の域にまで先祖返りすれば、貴方は容易く敗れるでしょう。


 なるほど、彼の自認もそれを肯定して疑いを持たなかった。

 そして、歴代の女神、聖勇者、聖女が神代の域にまで達したことはなく望みは薄かった。


 ならば。ならばだ。

 あの男は神代に両足を突っ込んでいる。


「ぬえりゃあああああああああああああ!」


 彼は汗と涎を垂れ流し、髪は逆立って、殆ど白目を剥き、全身の筋が浮かび上がっている満身創痍。


「……」


 一方の相手は小動もせず不動。まさしく世界の土台のようだ。

 しかし彼は見た。確かに見た。

 相手に流れている汗。僅かに荒い息。それは疲労を感じさせるもので、半日近く殴り合った甲斐があったというものだ。


「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「っ!」


 最早彼の腕は動かず、脚も機能していない最後の一撃は単なる頭突きで、頭と頭がぶつかった音とは思えぬ衝撃波が炸裂し決着した。


「お、お、俺を見て……ど、どう思った? 正直に……答えろ」


 地に伏せたまま問う。


「強い」


 最初の時のように短く発せられた言葉を最後に、彼の意識は途絶えた。


 そして起きたなら仕事をしなければらない。

 肥大化し過ぎて硬直し、衰退化の坂を下っている祖国の膿を出しきるには、自分の代だけでは不可能だと分かっていた。

 何百年にも及ぶ利権と繋がり。腐敗と秘密の関係。それらは彼をしてでも断ち切ることは出来ないだろう。

 しかし誰かが最初に行動する必要があるのだ。


 故に彼は少しずつ。少しずつ変えていく。


「俺を見てどう思った? 正直に答えよ」


 卒業直前決闘をして早数年。

 相手ことロジャー・ウィンターの弟、ケイ・ウィンターに話をしたのは、その人生の途中の出来事だ。


「ロジャー兄上と殴り合って、よく生きてるなあと」


 正しくその通り。

 彼こと王太子、ゲオルグ・レーオンは抑えきれず大口を開けて笑った。

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