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沼に沈み込んでいく聖勇者と、それが出来ない女神

(おっと危ない。鼻歌でもしそうだった)


 夜会を終えて休み、再び王都に向かう学院一同。その先頭付近を歩いているレアは、昨日までと違い足が軽いことを自覚していた。


(んふ)


 足が軽い理由はケイの機転だ。

 男爵の三男坊が見上げるような位置にいる者達の場へ訪れ、気になったことを報告するのはまさしく勇気ある者の行動だ。


 つまりケイから見ると、レアたちは関わって余計なリスクを抱え込むくらいなら無視する対象ではないことが分かる。

 勿論それには、政治的なごたごたを未然に防ぐ思惑もあっただろうが、レアが知っているケイは、一緒に訓練している仲間を助けて、ついでに政治的な事故を防げばいい。と思う男だったし、事実その通りだ。


(多分、ケイ君は飲んじゃったんだよね……)


 その軽い足取りをドロリとした甘い沼が絡め取った。


 簡単に滋養強壮というが、閨で使われる類の薬もそれに分類される。

 そして上位の子弟は昨日レアが見た通り発散する先がいるのに、ケイにはそれがないとなれば……。


(私なら……私なら……)


 体を持て余して苦しそうなケイに、遠慮の欠片もなく蹂躙される妄想に浸りかける。

 が、どうしてもケイがなにを囁いてくれるか想像できない。


『これで一晩中走れるぜええええ! ふうううううう!』


 脳内に満ちた声は、レアに正しい想像を強制して妄想を打ち切らせたが、代わりに彼女の足を再び軽くした。

 なおこの想像、馬鹿は実際に昨晩言っていたので、彼女が持つケイへのイメージはかなり正しい。

 正しいのだが、だからこそ理想と現実が一致しているせいで、レアがズブズブと沼に身を委ねている原因の一つになっている。


(……)


 極北の風がレアの頭を冷静にさせる。

 教官や学園職員の調査で、滋養強壮の飲料を提供しようとしたのが、王都騎士団の関係者ということが分かった。

 しかし疲れているであろう、レアたちへの配慮だと言われたら、王都に本拠地を置き政治的な地位が高い騎士団を深く突っ込むことができない。


(嘘だね)


 レアは王都騎士団の言い分を全く信用していなかった。

 短い間だが悪い意味で、男としての自信に溢れている騎士達は、きっかけさえあれば小娘の篭絡など容易いと思っているのがレアには透けて見えた。

 なんなら今も、多少しくじったが全く問題ない。というような傲慢さを感じるほどだ。


(それにこの男だ)


 政治というものは本当に面倒で、レアはベンジャミンを睨みつけることも出来ない。


(ケイ君を脅して……!)


 実は夜会でケイを止めた騎士はベンジャミンで、レアは彼がケイの実家のことを持ち出して、遠回しに脅した言葉を聞いていた。

 そのためレアが気に入らない人間、単独トップを独走している様な状態なのだが、当のベンジャミンは全く気が付いていない有様だ。


(レア……ケイさんのことを……)


 そんなレアの異変に、女神ルシールだけが気付いていた。

 神の教えに縋れるルシール、リズベットと違い、レアにはそういったものがないせいで、最も早く堕落しやすい。

 その次は神が敷いたモノ以外への免疫が全くないリズベットで、最後に責任感が強いルシールの順だ。


(私も人のことを言えないけど……)


 ルシールとて、落ち着くケイの声を聞きたいとは思うが、レアに比べると()()重症ではないため、冷静に物事を考える余裕がある。


(多分、周囲の人は想像も出来ない筈)


 男爵の三男坊に、公爵家の娘が一喜一憂していると言われても、多くの人間は質の悪い冗談だと思うだろう。

 レアが、ルシール、リズベットと共に堕ち切って、穏やかに暮らしたい。そんな破滅的な願望を抱いているなど、思い至れるはずが無かった。


(私では、どうしようもない……)


 ルシールの心を曇り空が覆う。

 本来あり得た分岐のような変調をしたレアなら、ルシールも必死に説得をしたことだろう。

 しかしこの件では前提がかなり違うし、何より下手に動いて男性が一切かかわらない環境にされると、ルシールも耐えられる気がしなかった。


(いけない。考えないようにしないと)


 女神の称号を持つ者として相応しい行動と、姿を見せる必要があるルシールは己を戒める。

 ……それは、学院なら機能しただろう。


(……)


 ルシールの視線が、普段の環境では絶対に見ない者達。賑やかな観衆の足元、もしくは腕に抱かれている子供に向けられる。


 光の灯教開祖の血に連なり、基本的に神殿から出ないルシールは、子供を見る機会がほぼなかった。

 だから持て余している母性が作用して、小さな手を振っている子供達に慈しみの眼差しを向けると、誰かがこう囁くのだ。


(私の子供は……?)


 光の灯教の看板として純潔を求められ、老いて死ぬのを定められているルシールに、自身の子供を抱く機会はない。

 普段なら、いつもなら、そして入学前ならそれが当然だと思い、聞こえる筈がなかった囁きがルシールを惑わせる。


 縋るものがないせいで沼に沈み込んでいる聖勇者と、あるせいで長引いてしまう女神。

 どちらがマシなのか、神は勿論答えてくれない。

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