大いなる邪悪の陰謀。陰謀ったら陰謀
「レアはなにを考えている!」
フォスター公爵家の当主、ハロルド・フォスターが絶叫する。
四十代中頃か。少し長い金髪とくすんだ碧眼。豊かな口ひげと逞しい体を持ち合わせた偉丈夫は、派遣した侍女からの報告書を読んで途方に暮れた。
「ただでさえ光の灯教と王家の綱引きが面倒になっているのに!」
ハロルドが叫ぶのも無理はない。
散々言い含めていた娘、聖勇者レアが男爵や子爵の子弟と交流し、更には化粧や衣服に興味を示しているのだ。
レアを嫁入りさせたい一部の王家と、看板として欲している光の灯教の綱引きが行われている時期に、このような行いをすれば、益々面倒なことになるだろう。
「いいではありませんか父上」
「ネイハム!」
そんなハロルドを、嫡男ネイハムがおっとりとした口調で窘めた。
妹や父と同じく短い金髪と碧眼で、少し丸い顔と垂れた瞳は優しさを感じさせる。
だが以前に述べた通りレアとネイハムの中は最悪で、彼は妹に抑えきれない憎悪を抱いていた。
「王太子殿下には以前から婚約者の方がいて、次男様から下にレアを送れば継承で争いの元。光の灯教に送れば一強になり過ぎる。ある程度は好きにさせて両方から離した方が、政治的に収まりがいいでしょう?」
「む、むう……」
ゆっくり喋るネイハムに、ハロルドは一理あると思わざるを得なかった。
実はレーオン王家の意見は完全に纏まっておらず、特に重要なレアの結婚先最有力候補、王太子ゲオルグにはかなり早い段階で婚約者が決まっていた。
そのため騒いでいるのは、聖勇者の称号に目が眩んだ王家の人間。つまり聖勇者を妻に迎えられたら、政治的に大きな発言権を握れると思っている馬鹿。もしくは、一旦決まった王太子の婚約を白紙にしてでも、レアを迎え入れなければ、女神と聖女を有する光の灯教に後れを取りかねないと危惧する者だ。
つまるところ、王家は下手をすれば継承権に絡みかねない政治的面倒。光の灯教は王家とのパワーバランスという、どちらにレアを送っても、凄まじい面倒がフォスター家に降りかかるのは目に見えていた。
「レアも恐らく、それを考えてのことではないでしょうか? まあ、多少は放蕩として我が家の名を貶めますが、最悪のケースは避けられるでしょう」
「我が家に生まれた聖勇者が、ふしだらな娘と言われる悪評を我慢しろと⁉」
「父上、事は下手をすればお家の断絶に繋がりますぞ。皆が聖勇者に価値を見出しているから巻き込まれているのです。確かに尋常ではない圧力は受けるでしょうが、それでも家は残ります。ですが王家の継承権や、王家と光の灯教の権力争いに巻き込まれれば、かなりの確率で滅ぶでしょう」
ネイハムが説得を続ける。
景品があまりにも立派過ぎて皆が血眼になっているのは実際その通りで、最悪の最悪を引き当てると公爵家が滅ぶ分岐もある。
だがその前にレアがだらしない。迎え入れるに値しないと判断されるような行いを続けると、嘲りを受けはするが争いから遠ざかる可能性が大きくなる。
それは間違いない。
(そうとも、家を守るのはこの私だ! 女如きのしゃしゃり出る場ではない!)
間違いないのだが、ネイハムの行動は全てこの思考に行き着く。
彼からすれば後から生まれてきた女のくせに、聖勇者の称号を持っているだけで自分を脅かしているレアは許せるものではなく、視界にも入れたくない存在だ。
「ふん」
自室に戻ったネイハムが鼻を鳴らし、厳重に管理している金庫から古ぼけた羊皮紙を取り出す。
それは髪の毛の束で纏められ、血で文字が書かれている恐ろしいものだ。
『順調のようだね』
「ああ」
しかもその羊皮紙からは中性的な声が発せられるではないか。
「聖勇者、聖勇者、聖勇者。それのなにがありがたい? 所詮は小娘だろうに」
『全くだ。お世辞を言うけど、君は僕が見てきた定命の中では理性的な方だね。他の契約者は理性なんて欠片もないと断言していい』
「言っていろ」
『いやいや、これに関しては本心だとも。目的も、契約内容も僕好みだし何より楽だ』
ネイハムは世界の全てが聖勇者を称えるのが心底気に入らないが、羊皮紙の答えは殆ど取り合わない。
「それで?」
『それでだって? 君の不安と矛盾をつついてあげよう。人界の守りが疎かになるから、聖勇者の武力は残っていてほしい。でも妹には死んでほしい。そうだろう? ああ、なんて都合のいい男なんだ。物理的に無理だと教える他ない』
「黙れっ!」
『まあ今のままでいいじゃないか。聖勇者はどこぞの田舎貴族の領地で暮らし、公爵家の跡継ぎに相応しくない下賤の子を産む。そして必要な時に武力を行使するも、放蕩の妹だから家の門を開かない。ほら、君の矛盾はある程度は解消されて幸せ。僕は殆ど働かずに契約金の金銀財宝を貰って幸せ。わざわざ、危険なのに悪魔と契約した意味がなかったのはご愁傷様と言っておこうかね』
「貴様!」
『怒らない怒らない。心配せずとも悪魔にとって契約は絶対さ。約束通り、妹さんを排除するためのご相談は、誰にも喋らないから安心してよ』
「っ!」
ネイハムは自身の決断を呪いたくなった。
暴走に突き進んでいた彼は最早一刻の猶予もないと判断して、よりにもよって悪魔と契約してレアの政治的排除を目論んだのだ。
露見すれば自身の身が破滅するという危機感は勿論ある。だが座していても、結局は全てレアに奪われるのだから同じだった。
それなのに、どうもレアが馬鹿をやっているらしいという情報が届いて状況が変わり、ネイハムを苛立たせるのに長けた悪魔の仕事が殆ど無くなってしまった。
『妹さんが男爵の次男だの三男だのを咥えこんだら万々歳さ。その時は祝福してあげるといい』
邪悪の暗躍は続く。
◆
「偉大なる女王よ……」
『女神と聖女、聖勇者の様子はどうかしらぁ?』
昏く暗く、闇に包まれた祭壇に一人の老人が跪いていた。
「それがどうやら、下賤の者達と関わり様子がおかしいようでして。更に男を意識している様な言動が……」
『あらぁ。いいじゃないのぉ』
光の灯教の枢機卿の立場でありながら、魔界第一層の魔王、蜜花と通じている老人は届いている報告を口にする。
『学院から引き離せって言ってる人間はいるかしらぁ?』
「はっ。数名ながら確認しております」
『それは困っちゃうわぁ。なんとかして妨害できそうぅ?』
「はっ。女神、聖女を引き上げればレーオン王家と決定的な亀裂が生じましょう。それを憂慮する者達の方が多いため、特に難しくはないと思われます」
『いいわねぇ。頼りになる子にはご褒美をあげちゃおうかしらぁ』
「え? お、おおお! これはっ!」
『寿命をちょっと伸ばしてあげたのぉ。じゃあ、頑張ってねぇ』
「ははーっ!」
老いて死を恐れ、魔王と密通している裏切り者だったが、実益を与えてくれない神に比べて悪魔のなんと誠実なことか。
現に彼の命は何度か蜜花に救われており、今だって全身にみなぎる生命力を与えてくれたではないか。
だからこれは仕方ないことだと自分を肯定し、言われるがままに陰謀を遂行する。
邪悪の暗躍は続く。
◆
『契約に従い参上した』
何処かの地下室で重々しい声が轟く。
岩を敷き詰めた様な地面には血で描かれた魔法陣が描かれ、その中心には古ぼけた羊皮紙が安置されている。
「きょ、強大なる悪魔よ。以前の契約を覚えていますか?」
『無論。契約書の通りだが、約定に則り言えん』
煌びやかな衣装の貴婦人と、普段の高慢さを隠した年若い男が揺らめく炎に恐る恐る尋ねた。
しかし言葉通り、以前にも悪魔と接している二人は、この存在がかなり頼もしい武人気質で、しかも契約はきっちり遂行してくれる当たりの悪魔だと知っていた。
「実はもう一人消していただきたく……」
『詳細を述べよ』
「我が家に一応繋がる男がいるのですが、最近、その者を戻して我らの家を乗っ取ろうと企てている連中がいるようなのです」
『……』
「その原因、ダリル・ストーンを消していただきたいのです」
『この家に繋がる男? 聖女との関係は?』
「双子の兄になると聞いております」
『……なるほど。見積もりをして判断する』
「はい。よろしくお願いします」
悪魔と契約した男女、母と息子は以前にも似たようなやり取りをして、悪魔が完璧な仕事をしてくれたことを覚えていた。
そして最近、地位が脅かされている男にとって、腹違いの兄の突然死は成功体験なのだ。だからそれに従い、従兄弟である存在を消そうと企んでいた。
世には大なり小なり、様々な陰謀が満ちていた。
「くそったれえええええええええええええ! どうして僕がこんな目にいいいいい!」
誠実に対応したら怪しむような者には敢えて嘲り、何度かちょっかいをかけた女性魔王の声を真似て裏声をひり出し、かと思えば職人風の武骨な悪魔を演じている超越者。
揺蕩う霧の九罪級、オリアは魔界第一層の首脳陣が壊滅したのをいいことに……
今日も頑張っていた。




