まだ笑っちゃ駄目な敵の勘違い
「素晴らしい」
栄えあるレーオン中央学院の学院長という、素晴らしい地位にいる優男、トバイアスが執務室でにこりと微笑む。
艶のある青い長髪に、どこか怪しい光を金の瞳に宿している美しい男は、内心では酷くどす黒い野心を秘めていた。
「あの三人と下賤な連中が交流しているから止めさせろ? 何を馬鹿な」
満足気な表情が嘲笑を込めたものに変わる。
彼の元には高貴な者達から、ルシール、レア、リズベットが子爵や男爵家出身の男たちと交流するのを防げと手紙が送られてくる。
だがそれは、トバイアスにとってあり得ないことだった。
「どうやら計画は上手くいっているらしい」
女を堕落させる計画の一端として送りこまれたトバイアスは、地位を利用して観察を行ない、時には直接介入することが考えられていた。
そしてトバイアスが見たところ、今までそんな兆候が微塵もなかったルシールたちが、突然飢えた男たちの群れに飛び込んだような行動は、計画の順調さを示す確かな証拠だ。
「血脈。年功序列。くだらない」
光の灯教の一派から送られてきた手紙をゴミのように扱う。
伯爵家の次男に生まれた彼は、能力も実績もあったが、ただ単に生まれた順で後を継げず、世に憎悪を抱いていた。
そんな彼にとって全てを手に入れているように見える三人の女は汚すべき対象であり、彼女たちが精神世界でどれほど汚辱の限りを尽くされていようと、まるで気にしない性格だった。
「それが下賤の連中と交わるとは傑作だ」
ただ、そんな経緯があって世を嫌っている割に、自分の血の方が上等だと思っているあたりにこの男の小ささが伺える。
結局、体制が築き上げたものに縋った上で優位を気取りたい、中途半端な存在なのだ。
「あの連中にはもったいないが……タイミングは難しいな」
トバイアスは下賤な者達の手垢に塗れたものは欲しくないが、さりとて中途半端なタイミングで手を出せば、堕ち切っていない女神達に反撃されるというジレンマを感じていた。
「結構、いい頃合いだとは思うが……」
伝手を使って、女達の目覚めが悪いことも把握しているトバイアスは、かなりリスク管理が甘くなっていた。
様々な女を自分のものにしてきた彼でも、見たことがない美貌に我慢が出来ず、しかもちんたらしていると、トバイアスにとっての価値が激減するため焦っているのだ。
「ふーむ……上が文句を言ってこないのは間違いないが……」
ついでに述べると、計画の首謀者たちはトバイアスが手を出しても文句を言わないのが確かなため、その点でのブレーキも存在しない。
「しかし妙に連絡がこない。馬鹿にしているのか?」
その首謀者たちに文句があるとすれば、トバイアスに碌な連絡を寄越さない点で、自尊心の高い彼は、駒にわざわざ連絡をしないということかと激怒していた。
「むううううう……」
下半身の我慢をする必要が無かったトバイアスは、美しい顔を顰めて唸る。
この先、ルシールたちより美しい女に出会うのは無いと断言できる。だが対応をしくじれば身の破滅。だがだが、彼女たちの行動から察するに恐らく大丈夫だし、動きが遅ければ逃してしまう。
「もう少し……もう少しだけ見定めよう」
今まで女のことで失敗をしたことがない経験が、彼に諦めの選択肢を出させない。
男が身を亡ぼす原因は女だ。と彼に忠告してくれる人間もいない。
そして、八割ほどの確率で山のような黄金を手に入れられるが、失敗すれば身を滅ぼすという選択肢があるなら、恐らく驚くほど多くの人間が参加するだろう。
詐欺ではなく、前提がそもそも間違っていたが……誰がどう見ても女達の行動はおかしいのだ。
「あ、あの、レア様?」
「いやあ、今までは家の中にいたから気にしなかったけど、大勢の人が集まる場所ですっぴんもどうかと思ってね」
「リ、リズベット様、どうされたのです⁉」
「社交の場ではお化粧をするものだと学びました」
「ルシール様、突然……」
「流石にお化粧の仕方を知らないのは、後々に恥をかいてしまいますので」
今度はいきなり、化粧に興味を覚えた三人が侍女たちを困らせる。
言っていることは普通なのだが、今まで化粧をせずに絶世の美だと称えられていた三人には必要性がなく、周囲もそれを当然だと思っていた。
それなのに社交の場を兼ねた学院で影響され、化粧をしたいと言い出したものだから周囲は愕然とし、事情を知っている者達は実に満足がいく成果だとほくそ笑む。
尤もこの騒動自体は変な決着を見せる。
「……あんまり変わらないや」
「確かに」
「そうねえ」
お試しでしてみた化粧に、レア、リズベット、ルシールは普段の自分との違いを見いだせず、寧ろ妙に弄ったせいで美しさを損ねる結果になってしまった。
つまり三人の化粧騒動は即座に終結したのだが、その変調は彼女たちの実家にまで辿り着き、騒がしいやり取りが繰り広げられることになる。




