忍び寄る変化
「ぐええええ⁉」
はっ⁉ なんかループしてる⁉
世界の理が乱れてるんだ! と言いたいところだが、学生生活なんてある意味ループみたいなもんだ。今日も今日とて教官にぶっ飛ばされ、座学を受けて、空いた時間でバカやりながら女の子との交流を目論むのである。まる。
ん? なにやつ!
なんか見覚えのない恐らく伯爵家以上の担当教員と、事務員らしき人間がぞろぞろやってきた。
はて、何かあったんか?
しかも話を聞いている教官もなんか慌て始めたし。あれか? 魔界からの軍勢がやってきた感じかな? まさかね。
「集合!」
ういーっす教官殿。
学徒動員は勘弁してほしいっすけど、俺らもやる時はやりますぜ。へへ。帰還したら皆でパーティー。誰かと結婚の約束だってしないと。
「聖女リズベットがお前達の傷を治してくれることになった」
おかしいな。昨日、美人なメイドさんがしてくれないかなー。とか妄想しつつ気合入れて耳掃除したはずなのに、聞き間違えちゃったわ。
父親が公爵家出身の枢機卿で、聖女の称号を得たお方が俺らの傷を治してくれるって? いやあ、ないない。我ら男爵子爵連合軍ぞ? 住む世界が違うって。
「よろしくお願いします」
ぎょっ⁉
小柄で銀髪のツインテール。赤目で驚くほど肌が白い、可愛いお人形さんの様な少女が集団の中から現れた。
今まで俺が見たことがある人間の中で、最も可愛いと断言できるあのお方が噂の聖女リズベット⁉
あ、なーんだ。夢だわ。多分、教官殿にぶっ飛ばされて頭を打ったんだな。早く起きないと。
お付きの侍女や事務員は心底困り果てた顔。教官殿はどうなってんだという驚愕。そしてポカーンとしながら慌てて頭を下げる俺ら……中々よく出来てる夢だなあ。ははは。はは。
「教官殿、どうなってんすか」
現実逃避を終わらせて、情報共有を終えたらしい教官の一人にコッソリ近づき事情を尋ねる。
何がどうなったらこんなことが起こるんだ。身分社会の教えはどうなってんだよ。
「どうも聖女が伸び悩んでたらしいんだが、傷だらけのお前らのことをどこからか知って、修練に付き合ってくれないかと考えたらしい」
「そりゃウィンウィンっすけど大揉めでしょ」
「だろうな。しかし発言自体は何も問題が無いから学院長が許可したらしい」
「ええ……」
らしい。ばっかりっすね教官殿。
いやでもまあ、数日前にちらっと思ったけど、癒しの力の練習をしたいなら、生傷の絶えない俺らは絶好の練習素材だ。あんまり俺が好んでない学院長も、そう言われたら認めるしかないだろう。
しかし聖女がこの発想を口にした瞬間、周囲の侍女や教会関係者は口を揃えて反対したのは間違いなく、彼女はそれを強行したことになる。
うーむ。中々に芯が強い女性だが……誰か入れ知恵してねえか? 普通、教会関係者に隔離されてるような聖女が、俺らに関わるなんて発想は持たねえぞ。
それにこの慌ただしさを感じるに、全く根回しがされてない状況で突き進んでる気がする。
実際、侍女や事務員、上位の教員は、誰が妙なことを言い始めたんだ? と互いに疑っている感じだ。つまりそれだけ、普段の聖女に主体性がないことが伺える。
「どなたから行いましょうか?」
こてんと可愛らしく首を傾げる聖女様だが、俺らも大助かりで治してくれるなら治してくれと本心から望んでいても色々とねえ?
「はい!」
でも行っちゃうんだなあ!
第一走者ケイ君、皆の模範を示すために行きまーす。
というか、光の灯教も政治的に文句があるだろうけど、聖女の実力が上がるのは歓迎してる筈。
まず純粋に教義を尊いものとして扱ってる一派は、聖女の力の高まりは本望だろう。そして俗な連中も、自分たちが大怪我した時に頼る先が必要だから、欲と信仰の両面で支持される行いだ。
「よろしくお願いします!」
自己紹介なんて挟んだ日には日が暮れるので、ちょい離れたところで頭を下げる。
しかし自慢の声がデカかったせいで聖女様を驚かせたのか、彼女の体が一瞬ピクリと震えてしまう。俺っち反省。でも改められない。
「では気を楽にしてください」
「はい」
「終わりました」
「はい?」
言われた通り体を脱力させた次の瞬間、打ち身、切り傷、擦過傷、虫歯は、ない。が治っている⁉
こ、これが聖女の力なのか!
「次の方どうぞ」
「じゃ、じゃあ自分が」
こりゃあ、ありがたいと思う人間が多い訳だと納得しつつ、ダリルを含めた我ら連合軍が次々と聖女の力で癒えていく。
「じゃあ訓練の続き、しようか」
正気かこの教官⁉
と言いたいところだがまだ訓練中だったし、聖女様の訓練の回転率も上げるのだから、やめる理由はないっすよね。
じゃあ、今の俺は聖女様のお陰で三倍マシパワーなので覚悟してくださいね。
「どりゃあああああああ!」
「叫ぶだけじゃあな」
「ぐげっ⁉」
やっぱり勝てなかったよ。
「いやあ、ありがたやありがたや」
「ねー」
訓練を終えてるのにあちこち痛まないことに感動しつつ、自室でダリルと駄弁る。これが青春というものか。
「それにしても噂通りの綺麗さだったね」
「心底ぶったまげたわ。そりゃあ三大美女とか言われるなって実感した」
おお、ダリルが進んで女の子の容姿の話をするとはちょっと珍しい。
「ケイ君的には、結婚するならああいう人?」
「そりゃあね。あ、顔の話じゃないぞ。努力しながら絶対にあった反対を押しのけて、俺らみたいなのと普通に話して、しかも傷まで治してくれたんだ。まさに心の聖女だわ」
「うんうん」
ダリルに力説するが、そう言った人間はもう先約があるんだよなあ。
あーあー。俺にもどこかに、運命の人がいないもんかー。
で、次の日。
「聖勇者と女神が前線で運用された場合の訓練を行なう」
教官殿、それは単に避難訓練なんすよ。
今日のことも精神世界で纏めよ。誰にも迷惑かけないから、ぺちゃくちゃお喋りして騒げるのは、あの空間の大きな利点だわ。
お喋りな三男の称号は伊達じゃない!




