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学生生活と兄の武勇伝

 ひーん神様の馬鹿っ! どうして俺に乗馬の才能をくれなかったんですか!

 なお偉大なる長兄はどこからともなく暴れ馬を連れてきて乗りこなしているが、通常の三倍デカいその馬は、ロジャー兄上以外が乗ったら殺すと目で語りかけてくるのでちょっかいかけたことはない。


「ヒヒーン!」

「ひーんだけにぐげばっ⁉」


 学園で飼育されている馬に振り落とされた僕ちゃんが宙を舞う!

 頼朝の死因も落馬だから気を付けろって、いったい誰のことだ狭間の向こうの同胞よ!

 へー。奥さん超怖い人なんだね。


「この馬でも駄目となると、いよいよ難しいかもしれん」

「ど、どうにかなりませんかねえ教官殿」

「ここまで馬に嫌われた奴は初めて見るから断言できん」

「そんな……流石に卒業までには何とかなりますよね? こんなんでも白馬に乗って活躍するって野望があるんですよ」

「うーむ……」

「あ、これ本格的にマズいパターンだ」


 乗馬を教えてくれる教官殿が、口にレモンを無理矢理詰め込まれた様な顔をしている。

 なんでもさっき俺を振り落とした栗毛の馬は、学院が飼育する個体の中で最も大人しく、かつ癖がない初心者にお勧めの馬らしい。

 そんな馬に降り落とされた俺は……まあ、あれだ。

 動物に好かれておらず、犬猫に威嚇されるのは当たり前で馬も例外ではなかった。


「このままじゃ最前線で槍を振り回す羽目になるかも」

「うーむ……」

「教官殿、それさっきも聞きました」

「うーむ……」

「こ、この野郎っ」

「いや、本当に困っている」

「あ、よかった。意識があったんですね。それにしても馬も見る目ないっすよねー。こんな優しそうな男、他にいると思います?」

「運動音痴も足を引っ張ってる。お前、馬に乗ってもグラグラするから馬も怖がるんだよ」

「ぐすん」


 四十代くらいの禿げたおっさん教官が心底困ったと首を振る。

 悪かったな運動音痴君で。

 体力だけは馬鹿みたいにあるし、超重度の運動音痴、りゃくしてウン“ピー”ではないが、若干なら当て嵌まっているのは否定できない。

 そのため馬に乗っても上手くバランスを保てずグラグラするもんだから、ただでさえ俺を嫌う馬が更に嫌がるのだ。


「このままじゃあ、馬上で華麗な指揮をするささやかな夢が……!」

「うーむ……」

「また寝ちゃいました?」

「真面目な話、馬に乗れない現場指揮官を輩出する訳にはいかんから、何とかする必要はある」

「そうっすよね」


 乗馬は貴族の必須技能に位置付けられており、名高いレーオン中央学院から、馬に嫌われて乗馬が出来ません。なんて貴族を輩出する訳に行かないのはその通り。

 その通りなんだが、じゃあどうすんのって話だ。


「馬の世話をして慣らしてみるか?」

「おーなる……ほ、ど……僕が触ったら首がかっ飛ばされるような、公爵家所有の馬とかいません?」

「女神、聖女、聖勇者の馬だっている」

「今回はご縁が無かったと言うことで」

「まあ待て。流石に飼育している場所が違うから、お前が触れる機会はない。なんならお付きの連中が世話してるから、俺たちだって上流階級の馬に接するのは幾つか手続きが必要だ」

「へー。じゃあやってみようかなー」


 教官殿が恐ろしい罠を仕掛けたと思ったが、単純な善意だったらしい。

 いや、マジで三大美女の馬とかヤバいだろ。多分ユニコーンで、男が近寄っただけで目が血走るんだ。

 そしてユニコーンには例外など一切なく、俺なんて蹴飛ばされてザ・エンドだ。ジ?


「よーしこれで、戦場で活躍した俺。モテモテウハウハ貴族生活! の一巻序章が始まる!」

「武功を稼げばいけるいける」


 俺の野望を、うーん……で済まさないとは、この教官、さては優しいな?

 まあ次男坊三男坊が一人前になるには、戦場で武功を稼ぐのが一番手っ取り早い方法だ。

 金があるところなら光の灯教に寄付という名の袖の下を払えば、次男三男がそこそこいい感じの司祭として生活出来るが、貧乏男爵家にそんな金があるはずない。

 そのため俺が実家の隅っこ暮らしから脱却するには、定期的に現れる悪魔の軍勢をちぎっては投げ、ちぎっては投げ……というのは俺の、そして教官殿にとっても冗談だ。


「悪魔連中が来ない方がいいんですけどね」

「だな。しかし来るんだから仕方ない。個人にとってはチャンスだと思わないとうんざりする」


 俺の言葉に教官が頷いた。

 悪魔の襲撃なんてものはリソースが消費されるだけで、なんの生産性もない。

 特に最も浅い魔界の第一階層・煉獄の住人はしょっちゅう物質界に侵攻を企てており、歴史を紐解けば七罪級なんていう、俺からすれば化け物を超えた化け物が総大将として現れたこともある。

 そして地獄最下層、十層・深淵には十罪級を軽く越える連中がいるんじゃね? とか語られているが、そこまで行くと実感が湧かな過ぎて逆に笑える。

 だいたい、徳やら罪やらは一つ違うだけでバカでかい壁が存在していて、一徳は二徳に逆立ちしてもまず勝てないし、人類最高クラスの六徳と人類最高の七徳の間は天と地も違うらしい。二つ以上離れていたら絶対に勝てないほどだ。十罪越えとか。ははは。

 まあ、それを凌駕する可能性があるから【女神】、【聖勇者】、【聖女】の称号は特別なのだが、俺っちの称号には全く関係ない話である。


 とにかく、悪魔の襲撃なんてのは無い方がいいのだ。おー怖い。


「不肖、ケイ・ウィンター。上流階級の方々と揉めないように、馬の世話をさせていただきます!」

「おう。そうしろそうしろ」


 教官に背筋を伸ばして宣言する。

 これにて放課後の居残り授業は終了! 後は自由だ!


 ってな訳で我が友ダリルとやって来ました絵画ルーム。


「こりゃ凄いわ」

「本当だね」


 俺の感嘆の声にダリルが頷く。

 学院は軍事的な訓練だけではなく、高貴な者らしい教養を育てる場だ。そのため古今東西の様々な絵画や美術品が飾られているエリアが存在し、これは誰それの作品でこれくらいのお値段がしました。と、マウントを取るための準備をするのだ。


「まあ、かっこいい絵以外は分からないけどね」

「僕も」


 ぶらぶら歩く俺とダリルが苦笑する。

 高尚な絵と言われても、鼻たれ小僧に理解出来る訳もなく、見た目の派手さやかっこよさで衝撃を受ける以外の感動は無理だ。


 だからこそ英雄譚を描いた様なエリアに足を運び……。

 おお、これは凄い。

 すんげえムキムキな偉丈夫二人が殴り合い、血と汗が飛び散っている迫力満点の絵だ。

 あれ?


「ふぁっ⁉ ロジャー兄上やんけ!」


 あまりの衝撃に訛ってしまったが、この絵に描かれているのは間違いなく偉大なる我が長兄、ロジャー・ウィンータ!


「……隣にいる赤毛の筋骨隆々な男は誰だ?」

「ゲオルグ・レーオン王太子殿下だよ」


 なんか管理人っぽいお年寄りがひょっこり出てきて補足を入れてくれた。

 え?


「ふぁふぁふぁっ⁉ 王太子殿下⁉」

「ロジャー兄上って叫んだってことは噂の弟さんでしょ? 身内なのに最も新たな伝説である決闘を知らないのかい?」

「すいません。ちょっと寝込むので起こさないでください」

「え?」


 なんか衝撃がデカすぎて意識が飛びそう。

 おれ、ずつう、いたい。


「兄上と王太子殿下がなにしたって言いました?」

「学園内の催し物で決闘」

「……なんで?」

「本当に知らないんだね。ゲオルグ様は称号【英雄】をお持ちで、英傑との力比べに目が無いんだよ。それで同年代最強の男、ロジャー君と力比べを度々して、卒業の日に最後の無礼講決闘を行なったんだ」

「ごめんダリル。俺の面をビンタしてほしい。無礼講決闘なんて造語、存在する訳がない。これは間違いなく夢だ」

「夢じゃないよ」


 いったいどうなってるんだ? 俺がおかしいの? 嫡男とはいえ男爵の息子のロジャー兄上と、王太子殿下が決闘? 世界観間違えてね?


「お兄さんなんだよね?」

「いやあの人、一日中喋らないのが日常茶飯事で、偶に口を開いても二言くらいなんだよ。頷く、首を横に振る。この二つでコミュニケーションが成立すると思ってる節があるレベル」

「ええ……」


 ダリルに我が長兄のヤバさを語る。

 なんせ、そういや毎日会ってるのにロジャー兄上の声聞いたの、先週とかじゃね? とかがざらにあるのだ。俺が出発した時に声を聞けたのは奇跡に近い。


「兄上、王太子殿下と決闘しちゃったのかぁ」

「そうだけど、じゃあどっちが勝ったのかも知らないんだね?」

「いや、物質生命体で兄上に勝てる存在はいません。これは断言できます」


 お年寄りに力強く断言する。

 弟や身内としての贔屓ではなく客観的な事実として、一対一に限定すると純粋な物質界の存在でロジャー兄上を倒せる奴はいない。

 ひょっとするとポエマー兄貴ならワンチャンあるかもだが、それでも本当にか細い確率だ。

 そんで一番重要だが、あの長兄は忖度とか絶対にしない。ぜーったいにだ。

 ましてや学生のお遊びでも決闘と銘打たれているなら、全力で相手をするのが礼儀であり義務だと考えるタイプなので、そりゃもう手加減抜きに王太子殿下をぶちのめしたことだろう。


 教官たちがあいつの弟かあ。みたいな反応をした謎は全て解けた!


「そうそう。半日殴り合った結果、ロジャー君が勝利したね」

「はあぁ⁉ ロジャー兄上と半日も殴り合ったあ⁉」


 バケモンかよウチの国の王太子!

 そりゃ刺激を求めてロジャー兄上と決闘なんてする筈だ!


「そこまでするならケイ君のお兄さんと、王太子殿下はライバルとかそういう関係だったんです?」

「そうだね。王太子殿下はロジャー君こそが生涯の友だと語っていたくらいだから、今も交流はあるんじゃないかな」

「らしいよケイ君」

「マジかよ。流石にそれくらいは話せよ脳筋兄貴……」


 なんかダリルが強く興味を持っているな。

 しかし頼むからこれ以上は深く聞かないでくれ! 兄貴と王太子がライバルと書いて友と呼ぶ関係とか、脳の処理が追い付かねえ!


「じゃ、自分はこれで」

「あれ? 見ていくんじゃないのかい?」

「この感じだと次兄の活躍もあるでしょ?」

「まあ、あるね」

「二人分の武勇伝を見て、僕の頭が破裂しない保証をしていただけるなら、このまま見学させていただきますが」

「ちょっと無理かもしれないなあ」

「でしょ?」


 という訳で退散。

 しかも懸念していた通り、ポエマー兄貴を題材にした絵画もあるっぽいじゃん。

 そんなところにいられるか! 俺は別の壺とか金銀細工のコーナーに逃げる!

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