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破滅するはずだった青年の斜め上

「んんんんーっ……」


 一見すると頼りないが確かな力強さを持つ青年、ダリルの朝もかなり早かった。

 彼は朝日が昇るとすぐに着替え、学院が鍛錬場として開放している広場に向かい、剣の素振りや走るのが日課だった。


「そろそろ慣れて来たなあ」


 入学して一か月ほどが経過すると、ダリルも学園での生活に慣れ始め、広い学院で迷うことも少なくなった。

 それに人間関係も段々と構築され、入学前に抱いていた不安は解消されていた。


「おはよう!」

「おはようケイ君」


 その原因、ケイが走りながら挨拶すると、ダリルはふんわりと微笑んだ。

 元々あまり人との交流がなく、意味不明な次男の養子の立場に加え、不吉な称号を持っていた彼は、学院では恐らく友人が出来ないと思っていた。

 しかしよく言えば底抜けの明るさ。悪く言えば何も考えていないケイは、ダリルの懸念と予想を吹き飛ばして今に至る。


「ケイ君は相変わらず早いね」

「ここだけの話、溢れるエネルギーを消費しないと、授業中に走り出す可能性が高くなる!」

「なるほどー」


 思わずダリルは強く頷いてしまう。

 ダリルは称号や養子の次男という立場を超えるため、努力を欠かしてこなかった自信がある。しかしケイの方も負けず劣らずだし、全く止まらない口は彼が自己申告する、エネルギーを消費しなければどうなるか分からないという言葉に説得力を持たせていた。


「それにダリルの方も俺より早い時があるじゃん!」

「まあ、起きた時間によるかなあ」


 最近になって友人を呼び捨てにし始め、全く落ち着きがないケイと、軽い柔軟をしたダリルが並走して走る。

 幾つか存在した筈の分岐で、ダリルは誰にも近寄られず、その努力も大して気が付かれなかったがここでは違った。


「もう走ってるのかよ……」

「お前ら、体力あり過ぎ」

「ふああ」


 更に後から、子爵や男爵の子息が続々とやってきて、体力作りに加わり始めたが、これも本来の分岐ならなかった筈だ。


「本当に行けるんだろうなケイ⁉」

「マジでこっちは切羽詰まってるんだぞ!」

「でえじょうぶだ! 何気ない風を装って、御令嬢の傍を近寄る時に、我ら一同の朝練を伝えてる! 女の子は汗くさい友情にキャーキャーするものだから、後は話が伝わるのを待つのみ!」

「いまいち信用出来ねえ!」


 わーわーぎゃーぎゃー騒ぐ一同に、ケイは自信満々に答える。

 実は今現在、自主トレに励んでいる十名ほどの人間は、どこかの家の次男、もしくは三男で婿養子先を見つける必要がある者ばかりだ。

 そんな者達にケイは、自主トレして鍛える姿に女の子はくらっとくるものだから、朝練しようぜと誘い、奇妙な集団が出来上がったのである。


「それより今日こそダリル体力大将を元大将にするのだ!」

「簡単に言うけどあいつマジでヤバイんだって!」

「ダリーール! お前の体力どうなってんだ!」

「あ、あははは」


 ケイの発破で若者達が口汚くダリルを称賛する。

 すると人に褒められた経験があまりないダリルはそれを気恥ずかしく思い、少しだけ顔を赤らめながら走った。

 それと同時に足も軽くなる。

 誰とも話さない学生生活を覚悟していたら、仲のいい友人が出来て、同じ時間に走る仲間が出来たのだ。彼の人生でこれ以上の嬉しいことはなく、ついついペースを上げてしまった。


「ケ、ケイ君も結婚したい感じ?」

「願望くらいはあるからなあ」

「そうなんだ。ケイ君ならすぐ相手が見つかると思うよ」

「でしょでしょ? 」

「うん」


 息が上がり始めたダリルだったが、思わず気になったことを尋ねて本心からの言葉を発する。

 痘痕も靨というか、初めて出来た友人に補正がかかっているのか……。

 とにかく活動的で交友関係が広くなっているケイなら、そう難しくはないと判断したようだが、客観的に見ると少々品性に欠けるほどに騒がしい男のため、本気で結婚相手を探すとかなり難しいだろう。


「僕に妹がいたら紹介するんだけどなあ」

「そりゃあ俺にはもったいないね!」

「僕の妹だよ?」

「つまり頑張り屋さんの努力家で、人が嫌がってることを自分からやる優しい女の子ってことだ!」

「あー。えーっと、そうかな?」

「そうそう! ちょっとペース落とさない⁉」

「こ、このままでいいかなー」

「マジかよ! ってちょっと早くなってねえ⁉」


 思わずダリルは秘密の一端を漏らしてしまうが、真相に関われない男爵、子爵たちの集団にとってはあくまで仮定の話に過ぎない。

 だが、そのもしもの話に正直に答えたケイの言葉で、ダリルの速度は更に上がって全員を置き去りにしてしまう。


(ケイ君と義理の兄弟か……公爵家なら分家は余裕の筈)


 ダリルの頭の隅のどこかで思考が奔る。

 生涯で初めてできた友人と、義理の身内になるのは酷く魅力的な選択肢に見えて仕方なかったのか、地位を得ていない上に、その手段である妹との面識もないのに発想が飛躍した。


(でも多分、間に合わないんだよね)


 重ねて述べるがダリルは本気で、ケイがどこかの令嬢に見初められるだろうと思っており、自分が公爵家を継げたとしても間に合わないと判断する。


 出会って一年も経っていないのにこれだ。

 この辺りのやたらと盲目的かつ献身的な感性は、巡り合わせが悪ければ酷い目に会うのだが、幸か不幸か壊れた運命で出ったのは、日常ならまともな悪ガキだ。


(うーん。うーん……諦めきれないなあ……義理の兄弟……うーん……)


 本来の分岐では悪い作用しか齎さなかった感性が別の方向性を持ったことで、狂った愛欲を求めた筈の青年は、斜め上を突っ走ろうとしていた。

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