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プロローグにして少し先の話 表 妄執にして我欲の化身。妄念にして背徳の灯

 前書き

 注・本っ当に意外なことになんの捻りもない曇らせ作品です。フクロウ印の敵! 爆発! 解決! って作品だけじゃなく、曇らせ作品にもご理解がある方はどうぞ。

 曇らせが席巻してるカクヨム様じゃないと受け入れられないと思って、細々とやっておりましたが、そこそこな長さになったのでこちらにも投稿。

 まあ、敵は変わらず爆発するんですがね。

 世界ってのは【称号】で構成されている。

 例えば殆どの人間は称号【民】を持ってるし、貴族なら【貴き者】ってな感じだ。

 強力な称号は力を底上げして、大したものじゃないなら無いよりはマシ? 程度の話になる。

 そんで俺の同年代には、【聖女】、【聖勇者】、【女神】なんていうスーパーウルトラデラックス称号と共に、一騎当千の力を得た美人たちがいるときたもんだ。


 俺の称号は【狭間の夢追い人】……なんていう訳の分からないものになった。

 いやまあ、どう見たって特別で何かしらのパウワーを感じる字だから、そこそこ期待してたんだが……別世界の知識が流れてくるのはどうなってんだ?


「おはようございます!」


 びしっと腰を曲げて挨拶すると、高貴なる公爵家の子息が通り過ぎていく。

 我が祖国にして大陸制覇なんて成し遂げた覇者、レーオン王国はガチガチの身分社会であり、男爵家三男の俺なんかが上位の貴族に直接声を掛けたら、次の日には川で浮かんでいることだろう。

 ただまあ、向こうは向こうで石ころとか雑草みたいな、日常の風景の隅にある物体としか俺らを思ってないため、わざわざ突っかかってくることはない。


「おはようございます!」


 また気合を入れて挨拶する。今度は【聖女】、【聖勇者】、【女神】の称号を持つ、我が母校レーオン中央学院が誇る三大美女に対してだ。

 そしてすまない、狭間の向こうにいる別世界の同胞よ。彼女達の美貌について詳しく語ることが出来ないのだ。


「……」


 無言で通り過ぎていく人々の足だけを見て直立不動の構えを崩さない。

 割とマジで、俺の立場だと三大美女の顔を見ただけで、取り巻きに呼び出されてボコボコにされる可能性が……いや、可能性じゃないな。確実にだ。

 だから俺らみたいなのは、取り巻きの先頭を確認したら速攻で頭を下げるので、その中心にいるであろう三大美女の顔なんて噂でしか知らない。というか何なら、がっちり上流階級の子息やらメイドなんかにガードされているため、どんな靴を履いてるのかもはっきり分かってないレベルだ。


 ああ、悲しきは身分社会。これも星が丸いせいかな? 教会が支持するようなまっ平な世界だったら、人は同じ目線に立てるのだろうか。哲学。

 え? ロベスピエールって誰だい? 狭間の向こうの同胞よ。その人に頼ったら解決する感じ?


 おほん。

 我が母校、レーオン中央学院の歴史は古く、世界中から高貴なる子息が集まり交友を広げ、学び、そして巣立っていく場所だ。

 そのため木っ端貴族の三男、ケイ・ウィンターなんていうイカした名前のぼくちゃんも、強制的にぶち込まれ、上流階級の方々にへーこらしながら生きているのである。


 え? ほにゃらら騎士団がそれやったら、抗勢力の子弟が交流。後に散らばって反乱のコンボをかまされた? こっちではうまくいってるから安心してくれ狭間の向こうの同胞よ……。


「さーて、どうしようかねえ」


 貧乏貴族の三男として、あまり目立たないように学院を歩く。


 金持ってたら美人の血が流れるとはよく言ったもので、あっちの男爵令嬢を見ると美人。あっちの子爵令嬢を見ると美人。

 美人、美人、美人のバーゲンセールだ。これぞ進化論。違うか。遺伝論だ。インゲンマメ育てないと。


 そして、貧乏貴族の三男なんて誰もお呼びじゃない。

 短い金髪と若干目つきが悪い碧眼で中肉中背。フツーの面で若干運動音痴君。モテる要素ってどこ?

 跡取りがいないから婿養子を物色してる女豹がいれば話はちょっと変わるかもしれないが、それでも出来るだけ有力な家の次男坊を狙うためワンチャンもないわ。

 俺は家の隅っこで文官として生きていくのである。まる。


 現実逃避はこれで終了。

 狭間からの知識によるとなんかこの世界って、鬱グロエロゲー……? よく分からん概念で成立しているらしい。だから美人が多いのかは知らんけど、とにかくあまりよくないのがこびり付いてるのだけは理解出来る。


 そんで物理的に強すぎる三大美女を攻略するために、うねうねキモキモ連中が夢を介して、無防備な精神に攻撃を仕掛けるんだとか。

 しかも寝ている最中のことは覚えていないらしく、彼女たちはグヘヘな連中に教え込まれたことが無意識に発露してしまい、段々と日常生活すら困難な興奮を……最終的には男を自ら誘惑して、うねうねキモキモの言われるがままに堕ちるとか。

 ほんまいかいな?


 しかもそれを知ったところで、僕は直接話しかけようとしただけでもボコボコにされるんですが……。

 大声でこんな陰謀がありますと言ったら、まともに取り合ってもらえないどころか地下牢行きだし、お手紙を書いても絶対届かないんだけど、貴族社会のド底辺舐めてないっすか、狭間の向こうの同胞達よ。

 えっ⁉ 大臣クラスが裏切ってるからどのみち無理⁉

 えっ⁉ 枢機卿クラスも敵側だから、報告なんかした日にはさよなら⁉

 もう終わりだよこの世界。ひょっとしてエロゲーとかいうのに出てくる男って全員敵?神様は役立たずだな。

  

 おっ、【狭間の夢追い人】の称号ならその精神世界に突入できる特殊能力があるんすか?

 じゃあどうしたらいいんですかね?

 答えが無い。屍のようだ。

 はーつっかえ。

 分かったよ分かりました。自爆術式でもなんでも抱えて、その精神世界とやらに行けばいいんでしょ!

 か、勘違いしないでよね⁉ 俺だって美男美女がイチャイチャするのは眼福だけど、触手がグチャグチャしてるのは、オエッてなるだけなんだからね!


 コネ無し実力無しの底辺はこういう時に辛いよ。とほほ。


 はい、夜になったのでお気に入りの枕を整えてー、体に魔力をオーバーフローさせる自爆術式を描いてー、おやすみ!


 落ちていく。

 夢の底に。

 あるいはそれこそ狭間に。


 真っ白な空間に闇が蠢く。

 花が咲いたかと思えば枯れた。

 枯れたかと思えば咲いた。


 夢と悪夢が入り乱れる異なる層。

 誰もが無防備になる精神世界に、白地に青のラインが入った学院の制服で降り立つ。


 狭間の向こうからの情報によると、この時期の悪夢、もしくは触手は雑魚も雑魚で、自爆術式を精神世界で炸裂させたらなんとかなるような雑魚らしい。

 この時期は、ってなんだよ。後の方はどうしようもないってか?


 まあいい。とりあえず歪とか亀裂が発生してるような場所に行けば、触手侵攻軍に会えるだろう。

 後は自爆して解散! おつかっれした!

 あっちかな?


 ふわふわと浮きながら、ひと際輝いている光の束と変に黒ずんでいる空間に辿り着く。

 はー……三大美女の顔も声も知らない。でもさ、やっぱちげえっしょ。

 そりゃ精神世界で自爆術式なんて発動させたらタダじゃすまないのは分かってるけど、世界にはイチャイチャだけがあるべきなのだ。

 だからこそ男として、パーっと花火を打ち上げる必要がある。


 あ、来たっぽいな。

 ミシミシ、ビキビキと建物が揺れるような音が響き渡ると、奇妙な空間に罅が……罅……。


「君、なんか色々と違くない?」


 どうもこんにちわー。

 みたいなノリでやって来たのは、見張り台くらいはありそうな触手の集合体だ。オエッ。

 いやいや、狭間からの情報では、最初は適当な小動物的な触手がやって来て、ちっちぇえくせに三大美女の精神を好き勝手するー! みたいな感じだったんだけど、え? 上級触手ちゃん?


「早いのは色々嫌われるらしいんだけどぼべっ⁉」


 ヤベエ見えなかった!

 ひゅんって音が鳴ったら、腹を境にして上半身と下半身が泣き別れになったぞ⁉

 まあ精神世界だからすぐ直るんですけどね。はははは。

 いや、現実世界だったら即死ってことを考えるとまるで笑えねえ。


「てめえ何処出身だゴラァ! 俺が相手じゃワレェ!」


 とりあえず触手は触手でも、きっしょく悪い形をしている集合体に啖呵を切って挑発する。

 日常的に見てるブツでも、千個近く集まってたらキモすぎるんだよ馬鹿!

 だが挑発した甲斐があったのか、元気にぴーちくぱーちく喚いている生モノを不思議に思ったのか、集合体の意識が俺に向いたのが分かった。


 これは俺を食わせて自爆したら行けるな。うん。そうであってくれ。


「ごぼっ⁉」


 まーたひゅんって音がしたら、今度は俺の体が縦に割れた。

 視界が離れていくのってなんだか新鮮だなー……なんて思ってる場合じゃねえ。

 普通にクッソ痛いんですけど、どうにかなりませんかね神様?


「ごっ⁉ ぎいっ! んがっ!」


 今度は触手の束が撓ってバンバンと俺の体を打ち付ける。

 あれだ。弾んでる物体の感触が楽しくて、物を打ち付けてるガキンチョとおんなじ反応だわこれ。

 お陰様で一発食らう度にひき肉になっては再生して、またひき肉になるを繰り返してるけど、このまま夢中になってくれたら夜が明けて俺の勝ちじゃん。やったぜ。

 代わりに、それこそ死ぬほど痛いけど誤差だよ誤差。

 なんか精神体だからかな? 現実なら脳が阻止してくれる痛みをダイレクトに味わって、潰れた瞬間もはっきり感じるけど、死んでないなら大丈夫だ。


『jto2p37u9ovdnp2o3i2p9yuvds!』


 触手ちゃんが何言ってるのか分かんねー!

 多分、触手ちゃんの存在の位階とか位相が上過ぎて、下層にいる人間種の俺じゃ理解できないんだろうな。でもキャッキャッとはしゃいでる感じはよーく伝わる。

 ひょっとして三大美女は壊しちゃ駄目だと厳命とかされて、フラストレーション溜まっちゃってる感じかな?

 じゃあサンドバッグになってあげるから、俺と遊んでいようねー。


『wjepot73pnjvd;os』


 うおっ⁉ なんか急に落ち着いたじゃん。

 ひょっとして称号【賢者】に目覚めたのか?

 困りますよお客様ー。あっちのお姉さんたちはサービスに含まれていないんですからさー。

 じゃあ自爆術式発動っと。


『……………………』


 無言は怖いっすよ触手ちゃん。

 今こう考えたでしょ。ぐへへへへ。これからお楽しみだぜー! あいたっ⁉ 静電気⁉ こんなの集中できないよー! ってね。

 小動物どころか並みの人間程度なら、一発で消し炭にできる自爆術式の爆発に巻き込まれた触手ちゃんだが、こいつにとっちゃ静電気とそう変わらない。しかーし! 精神世界である以上、精神的な死を迎えてない俺様は直ぐに復活してまた爆発できるのだ!

 はっはっ。俺でもデート後のむふふタイムに突入した時、あちこちに静電気が発生したら気になってしょうがないから、原因を何とか排除しようとするだろう。


『3j2up9u7vdsnfiow!』


 あ、怒った? さーせん。

 玩具を弾ませるのではなく、きちんとした怒りが込もった触手が撓り、念入りに俺の体を叩き潰す。

 後は定期的にまた自爆して、触手ちゃんのブチ切れを維持するだけだ。

 いやー助かった。俺を無視してぐへへタイムに突入されるのが一番ヤバかったパターンだけど、羽虫にチクっとされたせいでプライドを傷つけられたのか、もう俺のことに夢中だわ。モテる男はつらいわー。


『3kw0uidsoljvopew0ut43ghidso!』


 いやー凄い。

 触手の集合体が出鱈目に動いて俺を叩き潰すもんだから、一秒以下で何回もミンチになってついでに俺も自爆する。

 本でもあったらもう少しこの時間を有意義に使えたんじゃね? あ、読めないか。

 んん?


「どうしたのかなぁ? 俺の勝ちでいいぃ? じゃあ俺の勝ちー! 一生、人間種に勝てなかったって、お仲間に後ろ指差されるといいさ! わはははははばぼぼぼ⁉」


 触手の連打が収まったので勝利宣言をしたら、怒り狂った触手ちゃんがまたラッシュを仕掛けてきた。

 ひ、ひどい。もうぼくちゃんの負けですって意思表示して続行するだなんて……。


「くすくす。ぼぼっ! くすくす。んぼぼぼぼっ! おかしいなあ。んぼぼぼおおおお! 精神世界なんだぜ? ぼおおおおおおお! 疲れる肉体なんてないのに、どうして勢いが弱まってるのかなあ?」

『32op3uvp9udswotp32!』


 ここで挑発を大匙一杯。

 しかし本心からの疑問でもある

 疲労を感じる筋肉はない。悲鳴を上げる心臓もない。制限を掛けようとする脳だってないのが精神世界だ。

 それなのにどうして動きが弱まるんだ? 邪魔をする有機物がなく、精神的なダメージだって静電気じゃ殆どないだろうに。


『神! 使徒! 秩序! 邪魔! 邪魔! 邪魔!』


 え? なんか触手ちゃんの言葉が理解出来たんだけど、それよりも……。

 ぷぷぷぷぷ。


「あはっ! あははははっ! ははははははははははははははははははははは! もしかしなくても馬鹿だろお前! あははははははははは!」


 なんだこいつ! 俺のことを神に命じられたとか、正義の味方なんぞと勘違いしてんのか⁉


「ひょーっとして正義の心とか、大義とか、神のご意思がどうのこうのとか思ってた感じかい⁉ 俺が⁉ まさか! そんな訳ないだろ! 神が俺に語り掛けたなら、もう少しまともな手段を教えてくれただろうさ! 傑作だ! 貧乏男爵家の三男の俺に、神が寵愛をくれるってか⁉」


 今時の芝居だってそんな設定は思いつかないだろうさ。


「私心さ! 我欲さ! 王子様とお姫様が幸せなキスをして、めでたしめでたし! を見たいだけの観客だ! ついでに舞台に上がろうとしてる隣の迷惑客を抑え込んでるだけのなぁ! ま! なんなら三大美女の顔すら知らねえけどよ!」

『否否イナイナイナイナ!』

「それ以外になにがある! 綺麗に輝いているであろう人に、汚物を投げつけようとする奴が隣にいたら、誰だって阻止するだろう! たったそれだけの話が何故分からないのか理解に苦しむ!」

『愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か!』

「出来るのにやらねえなら生まれた意味がねえだろうがよぉぉおおお!」


 はっはっはっ。ここまで言って理解できないとは、だーから貴様は触手ちゃんなのだ!


「天地よ宙よどこにもない狭間よ! 俺ぁ退かねえぞ!」


 腕が潰れた。

 脚が潰れた。

 頭が潰れた。


 だからどうした?

 それがどうした?

 現実世界なら間違いなく死んでいるだろうがここは夢の中。精神世界だ。

 心を削られ続けたら廃人になるから結局は一緒なんてのは、全部を知らずに推定で語った賢者のたわ言に過ぎない。


 だってそうだろう。

 やせ我慢でも現実逃避でもなく、燃え続ける心の炎は欠片たりとも揺らいでいないという確信がある。


 なるほど確かに痛いとも。現実なら心臓が止まっている違いない。体が言うことを聞かずに痙攣するに違いない。

 だがだ。だがだ!


「人が嬲られ、弄ばれ、尊厳の全てを捨てさり、苗床に堕ちる様を見たいか⁉ いいや、否! 断じて否! 許すまじ!」


 だよなあ狭間の向こうの同胞達よ!


「我こそが妄執にして我欲の化身! 妄念にして背徳の灯!」


 中二病とやらを全開!

 デカいこと言って更に心の炎を燃やすが、誤ってるつもりはない!


「そもそも誤っているのはこの世界なのだ! 恥じろよ神! どうしてたった三人ぽっちを救ってやれない! 故に背く! 反する!抗い続ける! 定めよ燃、え、ろおおおおおおおおおおおおおお!」


 ガリガリと俺の存在そのものが燃え尽きながらも、心は片っ端から再生して炎を纏う。

 すげーじゃん精神世界、こんなことも出来んのかよ。不死鳥とか名乗っちゃうか?

 あと、肉体があったらショック死するような痛みが続いてるけど、今の俺は有機物に囚われてないから全く問題なし!

 心臓と脳が誤作動しないんだから便利ですらある!


「んべしっ⁉」


 いってー⁉

 調子こいてたら一番デカい触手にぶっ潰され、バラバラに弾け飛んで変な声が出……た……?

 声出して潰れるって……精神世界なんだからいちいち人の形に拘る必要なくね?

 別になんになろうと俺は俺であることには変わりないんだしさ。

 ってな訳でー。


「パウワァーーーーーー!」


 人の形に再生していたリソースを省いて、その分を炎に変換!

 メラメラ! 今の俺は人間脱却炎だ!

 精神世界であるために、単に俺を模していただけの肌が、髪が、目が、神経から内臓、筋繊維に至るまで燃え尽き、俺の意思が形になった炎そのものに行き着く。


 鬱作品なら、やめろ! 人の形に戻れなくなるぞ! と叫ばれるところだが知ったことか。

 我思うゆえに我あり、ではない。俺はどこまで行っても俺なのだ。その自認は微塵も揺らぐことがない。

 っていうか肉の形という縛りが無くなったから火力が大幅アップ……つまりは正解!


『おやおやあ? 君ってばそんなに小さかったっけ? いやあ、俺が大きくなっただけかなあ?』

『!??!!??????』


 なんか触手の集合体が小さく見えたから、敢えて嘲る口調で話す……うん、今の俺には口が無いから念話か。

 まあいい。精神の世界で自分は劣ってるんじゃね? と思うのは敗北に直結する。多分、恐らく、きっと。ならば触手共が、え? ひょっとして相手の方がご立派? なんて思った日には、俺の勝ちを意味するのだ。


『よーし、第二ラウンドやろうぜー。お前、サンドバッグな』

『!!!!!!!!??????????』


 俺よりちょい小さいくらいの触手に右ストレート! 炎なのに右ストレートとは陳腐な表現だが気にしない!

 すると直撃した箇所が灰も残さず燃え尽きるように消え失せ、しかもその消失は触手の集合体全部に広がっていく。

 これは……なるほど。意味するところは、俺のピュアピュアなハートが触手共のぐへへな感情を上回ったのだな。


『◆□■◆◆◎●⁉』


 え、っていうか本当にヤバ……。

 出鱈目な思念の悲鳴を上げてる触手が痙攣し始め、あ、消えちゃった。

 石に齧りついたり、泥水啜ったりの覚悟もないのかよ。そんなんじゃあ精神世界でやっていけねえぞ。


 まあいいか。

 よし終了! 本日はお疲れっした!


 ◆

 ◆

 ◆

 ◆


 レーオン中央学院の通路を、【女神】ルシールがゆっくりと歩む。

 長い桃色の髪、制服を大きく押し上げる胸、柔らかに微笑んでいる黄色い目。

 それら全てが女神の称号に相応しい母性を感じさせ、何より輝かんばかりの美貌が世界を照らす。


 レーオン国の国教、光の灯教においてこの称号を持つ者は別格として扱われ、最側近の【聖勇者】、【聖女】を従える立場だ。

 そのため若い学生ながらも特別な教育を施されている彼女は、地母神の如きメンタリティーで、善ある全てを平等に愛している。


 ……つまりは個々への感情が薄く、浮世離れしている女でもあった。


「おはようございます!」

「おはようございます!」

「おはようございます!」


 ルシールは女性として平均的な身長ながら、がっしりとした体格の公爵家嫡男や、場合によっては王族の端くれに囲まれ、更に多くの侍女や令嬢を従える立場だ。

 そのため周囲から聞こえてくる挨拶の声は、日常に付属するどこからともなく聞こえてくるもので、一々反応するものではないと徹底的に教育されているし、それはどこまでも正しい。


 彼女の立場で下々の挨拶に対応していれば、下位の者だって身分不相応の行ないを強いられて苦行と化す。それにルシールも、多くの者に応えるには物理的な時間が存在しないので、日常に明確な線引きをするのは、双方にとって幸せなのだ。


「今日も素晴らしい一日でありますように」


 和らいだ表情のまま、世界を祝福するような女神の呟きに、周囲の高貴な人間たちは魅了された様な表情で頷いた。

 もし精神世界のルシールがここにいれば、自身を絞め殺しただろう。


 夜。

 ルシールが眠る。

 学院の寮でありながら立場に相応しい大きな部屋で、複数人が眠れるベッドに身を委ね、夢に落ちていく。


 何処でもない世界まで。

 ……生き地獄に。


「あ? あ、あ? ああ?」


 思い出す。

 ぶちまけられた血。

 叩き潰される肉塊。

 弾けとんだ命。


 雄叫び。

 至ってはいけない炎。

 誰のために身を削り、魂を燃やし、炎となった?


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛⁉」


 今日、確かにあの声を聞いた。

 間違いなく挨拶を受けた。

 それをいつもの光景として素通りしたのは誰だ?

 気にも留めなかったのは誰だ?

 顔も見ずに。

 足も止めず。

 礼すら言わなかったのは【女神】ルシールという名の自分では?


 覚えていなかった?

 ならば相手は……そう、名前すら知らない誰かはその覚えていない自分を救うために身を削ったのに、なにかの言い訳になるのか?


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛⁉」


 女神と称えられた美貌はどこにもない。

 精神世界で心の影響をもろに受けている彼女は血走った目を見開いて涙を流すどころか、人生で一度もしたことがないほど大口を開けて涎も垂れ流す。


 貴族の三男坊。それしか知らない誰かが行った精神の燃焼は、古の賢者が語るには死よりも恐ろしい術だ。

 肉体だけが死んでも魂が無事ならよかったと語られる世界においては禁忌も禁忌。

 存在そのものを捨て去る行為であり、魂の完全なる焼却に至っては悪魔ですら恐怖で逃げまどうだろう。


 だからこそ、それを見届けてしまったルシールを、恥知らずという言葉が深く突き刺さる。

 あるいは、下々が自分を助けるのは当然だという感性があれば幸せだっただろうか。


「団体客、いらっしゃーい」


 その声を聞いた瞬間、血液なんてない精神世界なのに、ルシールの血の気が引いて真っ青な顔になる。

 現実の彼女が無視した声だ。

 いや、認識すらしなかった声だ。


 薄いガラスのような隔たり越しに見ているだけしか出来ない男。

 現実では目を合わせていない。

 話もしてない。

 だって姿すら見たことがない。


「パウワァー!」


 当人が能天気かつタフ過ぎて魂に僅かな罅も入っていないが、ルシールから見ても。そして世界から見ても自己犠牲の果てを暴走している男が、またしても再び生ける炎として世界に迸り、侵入してきた悪夢を迎え撃った。


「いやあああああああ⁉ 忘れないで忘れないで忘れないで忘れないでえええええええええええええええええええええええええええ⁉」


 それをルシールは……。


「今日もいい天気ですね」


 彼女たちは現実で覚えていない。

 拙作の某首席より若干馬鹿な上に、メンタル100要素が絡まってより質が悪い奴。

 基本的には序盤に曇るんだなと学びつつ、そうなるとヒロインの本来の性格が最初だけという点を、こうすることによって維持! 話には緩急も大事だから、穏やかな話と『ヒロイン日常』、馬鹿話『主人公視点』、精神世界の話『人の心とかry』でジェットコースターをするのだー!

 あんた、曇らせって書けたんだ……(宇宙戦争掲示板を見ながら)。と思ってくださったら、☆☆☆で評価していただけると作者が人の心について自問自答します(*'ω'*)

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