第6話 勇者決断
俺は水の中で溺れていた。沈んでいるはずなのに息ができて酸素もあり苦しくはない。水底でただ青く濁った世界が果てなく続いていた。
「……どこだよ、ここ」
足は勝手に前へ進み、音も波もなくただ静寂だけが張りついていた。
その先に、神楽坂セラが制服のまま髪を揺らしながらこちらへ歩いてくる。だが神楽坂は俺を見ない。まるで俺が最初から高瀬洸一が存在しないみたいに。
「……おい、神楽坂」
すれ違い様に振り返るが、神楽坂は振り向かず
去っていった。
「――勇者は、勇者ではなかったな」
神楽坂の声だけが虚無の空間にこだまして広がっていく。
「待てよ……神楽坂、プレシウス、神楽坂は新たな勇者を生み出すんじゃなかったのかよ!」
俺は追いかけるがそれでもどこまでも追いつけない。理由も意味もわからないままただ胸の奥だけが沈んでいった。
「――ファイト、ファイト。勇者くんはひとりじゃないですよ」
ぽんぽんと軽い音が響く。
そこにはとんでもない場違いが立っていた。
「……楠木加那?なんでお前そんな格好なんだよ」
「小さいプレリナ星人、楠木加那です。今日はチアリーダーでお届けします」
小柄な体にチア服に黄色いポンポンを持っている。この空間に似合わなすぎて、逆に心臓が動き出す。
「勇者よ恐れるでない。高瀬くんはまだノードブレーカー、座断に取り込まれているままだよ。
ここからは正解を探さないといけません」
「……正解、ね。そんなもんあるんなら苦労しないっての」
歩いても歩いても、同じ場所。同じ感覚だ。
「はあ……マジで、ずっと同じところ歩いてるんじゃないのか」
「そうなんですね。ここは同じに見えますか?」
「見えるだろ普通……楠木には見えてないのかよ」
「はい。私はいろんなお花の道中を歩いています。温かくて少し切なくて、でもとても優しい道ですよ」
「意味わかんねえよ、本当に戻れるのかよ。何も感じないし」
楠木はそれでも癒しで壊れかけた心を繋ぎ直す。
「大丈夫です、行きましょう。神楽坂さんを探しに」
「は?また探すのかよ」
「はい、ここから神楽坂さんとそして、ノードブレーカー座断から出ないといけませんから」
「……座断、あいつほんと調子乗ってんな。どこまで人の心で遊んでんだよ」
俺は歩き出す。今度は真っ黒な闇の中へ。
背後ではポンポンの音が鳴っていた、俺たちは終わらないとでも言うみたいに。
――保健室。
静寂だけが流れ、刻々と時間がたつ。
私は眠っている高槻くんを見つめ続けていた。
「勇者よ……無事であってくれ。私が救えていれば」
「神楽坂、これはお前だけの責任じゃない」
割り込んだのは星定学園の治癒担任橅木伸。
楠木と同じプレリナであり、治癒再生をしたが
それでも回復しない。苦しい、私が助けると言ったのに私は無能だ。神楽坂は唇を噛み顔を上げると隣にマリア委員長が現れていた。
「もう一週間も経ってしまったね」
マリア委員長はゆっくりといつものように微笑んでいるけれど、その笑みはどこか遠い。
「マリア委員長。高瀬くんを、勇者を戻すにはどうすればいいですか」
彼は一週間眠り続け、アンフィックスに戻ってこられていない。
「私たち、星定英雄譚全員で行きます」
「全員でって、どこに?」
「高瀬くんは、座断の物語に閉じ込められています。迷い込んでいる高瀬くんを探し、連れ出します」
マリアは透き通る緑目で、私を貫通してくる。
「みんなで勇者を救いに行く。それが星定英雄譚ですよ」
神楽坂は拳を握りしめ深く頭を下げた。
「マリア委員長、私に全てを教えてください」
神社のとある一角。
スピ六法全書を唱えながら、マリア委員長、神楽坂セラ、冴島文香、小佐田眼、真壁なるたが揃い坐禅を組んでいた。
星定英雄譚一同は儀式を始めていた。
「アセンションを拒むな。サードアイを閉じるな。宇宙は選択の海、魂は自由の光。同調ではなく調和を。服従ではなく理解を。星定は流れ続ける」
唱えることでノードブレーカー座断を呼び寄せる、座断の物語に閉じ込められたままの勇者を探しに行く。
***
――夕焼けの空。遠くでどこかの子どもが笑っている。店先には湯気の立つ団子に瓦屋根が連なり、風鈴が微かに鳴る。
ここは江戸、戦闘が始まると思っていたが何も起きない。むしろ撫でるような懐かしさが静かに心地いい。
駄菓子屋の前に星定英雄譚
は召集されていた。
「うーわ古っ、江戸時代かよ。ここから探すのかよ」
「なんか、おもろいな、悪くないじゃん」
テンションが上がっているのは小佐田と真壁で緊張感ゼロだ。
「ほらほら、あんたたち。いっちゃんイカいっちゃんイカ。これ食べると元気100%になるよ」
駄菓子屋の店主らしいおばちゃんが、まるで最初から仲間だったみたいに自然に横に立っている。
笑いながら差し出したイカの揚げたものだ。
小佐田が興味津々で手を伸ばすと
「あーん」
「――止まれッ!」
食べようとした瞬間、マリア委員長が空気を裂いた。
「それ以上、口に入れるな異物化して失うぞ」
「ちっほらよ、ばあちゃん。食えねーわ」
「あらそうかい。…それじゃあ、、ばあちゃんが、食べるよ」
おばちゃんは笑いながらそのまま口へ運ぶと
烈風が吹き荒れ、砂嵐が江戸の街を削り取っていく。瓦屋根が剥がれ、屋敷が崩れ、夕焼けが黒くなっていた。
「来るぞ。構えろ!!!!」
マリア委員長の号令と同時に、全員が武器を構え神経が研ぎ澄まされる。
地鳴りと蹄鉄が大地を叩く音が無数に響き渡る。馬、馬、馬、馬、圧倒的な数そのものが迫ってくる。
「……何頭いるんだよ」
神楽坂は《星導槍》を握りしめ、冴島は銃を冷静に構える。
小佐田と札を噛み砕きながら呪式展開し《フォント・アームズ》が虚空に幾何学を描く。
真壁は、《黒欲のハンマー》を振り回すことで刺激を暴走させている。
馬群を打撃するが、斬っても、祓っても、打っても、何も変わらない。おばちゃんがぽきぽきと指を鳴らす。
「ほな、いこか」
次の瞬間、消えた、いや違う。おばあちゃんが神楽坂の顔面まで迫っていた。
「うぐ――ッ!」
おばあちゃんの拳が地面を叩く。
大地が陥没し亀裂が一帯へ走り、星定英雄譚全員の体が跳ね上がる。
おばちゃんが踏み込み咄嗟に防御姿勢を取るが
――バギィッ!!
神楽坂の体が吹き飛び、三軒分の建物をまとめて突き破る。
「……は?」
冴島が息を呑むが次の瞬間には、冴島の懐に膝蹴りし、骨を砕くリズムで容赦なく叩き込まれる。
「うぐッっっ!!!」
小佐田と真壁が叫ぶように飛び込み、札を噛み砕君同時に響く。
「《フォント・アームズ》展開ッ!!」
小佐田の身体中に刻まれた呪字が引用し、結界が構築される。
結界が閉じた瞬間、無音の空間。その中に残ったのは小佐田、真壁、そして、おばちゃん。
「ええやん、落ち着いて戦えるわ」
真壁が先に黒欲のハンマーを振るうほどおばちゃんが後進していく。
「《ドミネイト・インスティンクト》!!!!」
さらに小佐田が殴撃術を拳に宿し、拳が届く寸前
――おばあちゃんが消え真壁の背後。
「はい、がら空き」
ーーードゴッ!!
真壁が壁まで吹き飛ぶとおばあちゃんは優しく微笑み、さらに拳を握り潰した。
「――本物のおばちゃん、教えたるわ」
ただの一撃で、結界ごと砕け散った。小佐田と真壁は同時に吹き飛ぶ。
能面のように優しい顔のおばちゃんが立っていたが、上空から神楽坂と冴島が弾丸で長槍と銃で交互に切り刻んでいく。
おばあちゃんに長槍が肩部に刺さり、銃も全身に的中するが、視界の先の暗闇まで血にまみれ、飲み込まれるように消えていく。
「ばあちゃんの主人がまだ生きとんねん、無駄や、ほな夕飯の時間や」
小佐田と真壁は暗闇に入れず、街が苛立ち漂う。
ーーマリア委員長は座断と、真正面から肉弾戦で衝突していた。嘲るように座断が笑う。
「……っは、勇者は封印しましたよ、閉じた世界に居座るなて勇者も気の毒ですね」
「……残念だけどはっきり言う。貴方の物語はつまらない。もっと起承転結がないと。私が結末を奪う!!!」
マリア委員長の身体から力が噴き上がる覚醒――
「《システム・オーバーサイト》!!!!」
マリアの領域に入ると、誰も止められない速度で星定ブレードで座断を切る。
――ガンッ!
続けざまに、マリアは回し蹴りし完全に開いた胴へ叩き込まれ星定寸法でさらに叩き割る。
――ドゴォォッ!!
衝撃が江戸の町並みを波打たせる。座断の身体が弾丸のように吹き飛び、瓦と砂煙が爆散する。
「、、、、、はあ????」
マリアは一歩も動じない。
「あなたは物語の悪。私たちは主人公であり、
正解を正す。その違いよ」
星定ブレードで光線し座断を貫く。
「高瀬くんはどこですか?」
江戸の街は――
星定英雄譚とノードブレーカーの衝突で、無惨にも跡形もなく砕け散っていた。
――風に揺れる色とりどりの花中に、俺は立っていた。
「……花畑、か」
「やっとここまで来れたね、高瀬くん」
隣で小さい楠木が微笑む。
「やっと?」
「もうすぐ来るよ。みんなが」
「くるって、、、」
「だって仲間でしょ?」
――空が裂けた。上空から何かが降ってくる。
座断を片手で引き摺る、マリア委員長。
そして神楽坂、冴島、小佐田、真壁。
星定英雄譚の仲間たちが花の海へと着地した。
神楽坂が俺へ駆け寄る。
「勇者、迎えに来たぞ」
「やっぱつえーな、星定英雄譚」
座断は地面に転がされ、動かない
小佐田も肩をすくめる。
「マリア委員長が、座断の物語を終わりにした。
さすがマリア様だよ」
そんな中、神楽坂だけは俺に深く頭を下げる。
「……すまない私の判断が甘かった。高瀬くん
を救えず危険に晒した。仲間として守れなかった」
俺は拳を握り、神楽坂の顔面めがけて思い切り振りかぶった。冴島が息を呑み止めようとするが
――拳は届かない。
寸前で止めた俺の拳を、神楽坂は真正面から受け止めていた。
「俺はこのままじゃだめだ、神楽坂の言った通り無能のままだ」
「……高瀬くん」
「ノードブレーカーより強くなる。いや、アンフィックスで一番強くなる。正解を壊す奴らより
俺が強くなって必ず正解を作ってやる」
花びらが舞う中、皆が俺たちを見渡す。
星定英雄譚が、再び動き始める。




