第4話 風紀を律す
ーー保健室。
消毒液の匂いがやけに強く感じられた。
俺と神楽坂はここで結果を宣言した。
ベッドの上で身を起こした楠木加那は、話を聞いた瞬間ぽろぽろと涙をこぼしている。
「……そうですか。小佐田くんと真壁くんが星定英雄譚へ、素晴らしいです。私本当に嬉しいです」
「俺もさ。使命覚醒プロセスでの全解放が、小佐田と真壁の正解になって、正直感激した」
神楽坂が勢いよく前のめりに頷く。
「楠木さんにも見てほしかったな。小佐田と真壁はノードブレーカーをちゃんと駆逐したんだから!」
「え?あのノードブレーカーと戦ったんですか」
「もうツインレイかよって感じでバリバリ英雄だったよ」
楠木は小さく微笑むが首から手首まで見えた紫の斑点が、まだ激しく多数存在していた。
「楠木痛みはどうだ?」
「数週間安静にしていれば、この痛みもだんだんなくなっていきますよ」
まだ弱っているはずなのに、不思議なくらいまっすぐで熱がこもっていた。俺たちを心から癒してくれる目だ。正解を文明にするにはやっぱり洗礼は避けられないのか、、
「ところで私も一応星定英雄譚の一員なんですよ!なので、癒しと再生は任せてくださいね」
楠木は誇らしげにぱっと空気を明るくした。
「そうだな、まずは楠木自身を先に癒やせ」
楠木は一瞬きょとんとしたが洗礼された癒しの空気で満ちていた。
生徒統括室――星定学園の中枢に位置するその部屋で、私は静かに息を整えている。
私は星定学園の風紀を預かる者、冴島文香。
――スピ星人
調整と干渉、その両立を司る存在。
最新の情報を集め選択肢を残すこと。
それこそがこの学園における最善の秩序であり、
私に与えられた使命だった。
遠藤マリア学級委員長は椅子には座らず大きな窓の前に立ち、校庭を見下ろしている。
その背中は世界そのものを監査しているかのようで、一切の隙を感じさせない。
「……私は、認めていません」
沈黙を破ったのは私だった。
「マリア学級委員長。高瀬洸一、あの星人アーリウスは偽物です」
マリア委員長は振り、わずかに口元を緩めた。
「冴島さんは、相変わらず疑い深いね」
責めるでもない肯定するでもない淡々と先行している。
「この選択は間違いだと言っていますか?」
「ええ、この学園の風紀は私が管理しています。
高瀬洸一は信用できません」
その言葉にマリア委員長の緑瞳の奥には、逃げ場のない圧がある。
「そうですか。現に彼は、小佐田眼と真壁なるたの使命覚醒を明確化にした。オグリナとドラグルの全能力を解放し、アンフィックスを正解にしました。結果はすでに出ていますよ」
私は一度息を吸い込み、感情を挟まず事実だけを選ぶ。
「マリア委員長、高瀬洸一の過去をご存知ですか?」
さらに、空気が張り詰めた。
「……知っているんだね、冴島さん」
「はい。この学園に存在するすべての生徒の行い過去の履歴は把握しています。ノードブレーカーの情報も例外ではありません」
「冴島文香さん。あなたを星定英雄譚の風紀委員にして正解だったわ」
ーー賞賛か、それとも明確な牽制か。
私は一歩も引かず、視線を合わせたまま告げる。
「情報は保持します。ですがマリア委員長、
高瀬洸一への過度な干渉はお控えください」
マリア委員長が一歩、距離を詰めてきた。
「冴島さん。あなたは風紀を守る立場です。
同時に人権も守らなければならない。高瀬洸一の機密事項も例外ではありません」
逃げ場のない距離につめられ、マリア委員長の右手が私の口を覆った。緑の瞳が殺気で食い入るように私を射抜く。
「星定規定に基づき口外禁止ですよ」
「……承知しました」
私はそれ以上何も言わず一礼する。
扉を開ける直前振り返らずに言い添えた。
「ただし、私はあの男を認めてはいません」
バタン、と生徒統括室の扉が閉まる。
背後からくすりと笑う声がした。
「ふふ……いい関係だわ」
廊下に出ても胸の奥に残る違和感は消えなかった。正解を成立させる者、高瀬洸一。
私は風紀を乱すものは許さない。
この学園は確実に、分岐点に立っている。
――星定学園・食堂
誰もが利用する場所だ。もっとも「食事」という概念は、人間とスピ星人とでは地球の反対側に回っても違う。
スピ星人の食事は、基本的に己のエネルギー状態によって管理されている。
各自が情報を展開するシールド・レイターが、現在の身体・精神状態を解析し、今本当に必要な栄養素を自動的に生成する仕組みだ。
つまり、食べたいものが出るとは限らない。
「はぁ~……甘いもの食べたい」
神楽坂セラが、だらしなく椅子にもたれながら呟く。
「モンブランケーキ。クリーム多めがいい〜」
そう言って目の前にシールド・レイターが展開され、軽くタップし光が収束ーーそして現れたのは。
「…………」
野菜たっぷりの肉じゃがだった。
「えぇぇぇ!?また野菜!?やだやだやだ!甘いのがよかったのに!」
「神楽坂って、意外と偏食なんだな」
俺はトレーを置きながら、神楽坂のシールド・レイターを覗きこむ。
「しかも、栄養失調のバロメーターかなり高すぎだ!!」
神楽坂は箸で人参をつつきながら反論する。
「だってさ、そもそもなぜ物を食べる必要があるんだ?かつてのパシャールは、人間だった頃食事をせずに宇宙と交信して直接栄養を得ていたって話だぞ!」
「ああ、その偉人は交信に失敗して我慢し、餓死した人だろ」
「ひどいな高瀬くん!?」
セラはむっとして立ち上がる。
「見てろよ、勇者。私も交信で最高ランクの和牛を食ってやる!!!」
一方、俺のほうはというと多少の栄養の偏りはあっても、基本はバランスよく食べている。
その結果――シールド・レイターから現れたのは、チャーシューが三枚も乗ったラーメンだった。
「一丁あがり」
「うわっ!ずるいな!?完全に当たりじゃん!」
そしてじっと俺のラーメンを見つめてから、にやりと笑う。
「アーリウスからの司令だ。高瀬くん、少し分けてくれないかな?」
「却下だ、栄養管理をできてない神楽坂が悪い」
「冷たいぞ、勇者なのに冷たいぞ!」
俺と神楽坂セラがテーブルで小競り合いを続けていると――隣の席に異様な光景が目に入った。
「……なあ、待て」
小佐田眼と真壁なるたが、無言で何かを捕食していた。
――札のようなものを
「……あいつら何食ってんだ?」
「ん?ああ、あれはお札だよ」
神楽坂セラは、にんじんをお箸で突きながら
何でもないように答える。
「オリグナとドラグルの主食になる媒体」
「主食!?お札って……あいつら霊なのか?」
「違う違う」
セラは箸をひらひらと振った。
「オリグナとドラグルは唯一の否定から生まれた星人でしょ?文字情報からしかエネルギーを摂取できないんだ」
「だから、お札を食べることで、制御と抑制機能も同時に栄養にしてるってわけ」
「……こわっ、ほんと不気味な星人だな」
俺は棒人間みたいな顔で呟いた。
感情を麻痺させないと正気ではいられない。
「そうかーそれはそれはすごいですねー
俺はあんまり関わりたくないなー」
小佐田が札を咀嚼しながら、真壁を睨みつけた。
「おい真壁、魔獣ステーキずりーだろ」
「仕方ねえだろ。ドラグルの主食だ」
「小佐田っていつも制御ブロックだよな」
真壁が鼻で笑いながら、ステーキをひらひらさせる。
「それ、栄養合ってんのか?」
「オリグナに必要な栄養素は全部入ってる」
小佐田が真壁の札をひったくって口に放り込んだ。
「……お前、ぶち殺すぞ」
空気が一変し、小佐田の拳が握られ殺気が立ち上がる。
――案の定打撃戦闘が始った。
「静粛に!食事中だ。風紀が乱れるだろうが」
低く鋭い声が食堂全体を切り裂いた。
全員の動きがぴたりと止まる。
そこに立っていたのは――冴島文香、星定学園・風紀委員長。スピ星人
「オリグナ、小佐田眼。ドラグル、真壁なるた」
冷たい視線が二人を射抜く。
「戦闘するなら外でやれ」
「……っち」
真壁が舌打ちする。
隣で見ていた俺は神楽坂に忠告するように、
チャーシューを持ち上げ食べる。
「まあ、魔獣ステーキと制御ブロックじゃ喧嘩したくもなるだろうな」
「ちっ、覚えとけよ」
小佐田は札を飲み込みながら、去っていく。
その様子を見て神楽坂が羨ましそうに呟いた。
「いいなぁ、私もステーキ食べたいよ〜」
俺は神楽坂を冷たい目で見つつ、何も言わずラーメンをずるずると啜った。
諸君、驚いたか。星定学園の食堂では平和と殺気が同じテーブルに並んでいるわけだ。
途端、星定学園全体に警告音が響きシールド・レイターが赤く高圧した。神楽坂はシールド・レイターを凝視して興奮している。
「来たか!勇者!戦闘だ!!!」




