9.里帰り
目が覚めると、体の具合がかなり落ち着いていた。
「起きたか?」
昴が声をかける。あれからほぼ24時間眠っていたそうだ。病院には当分休暇を取ると連絡も入れてくれていた。
「喉が乾いた…。」
冬哉はガラガラな声で訴える。
「そりゃそうだろな。寝っぱなしだ。起き上がれるか?」
昴に手伝ってもらい起き上がる。
「水で渇きが癒えればいいが。」
と、エルが冷静にコップの水を手渡す。エルの言葉に冬哉は一瞬怯んだが、コップを受け取りぐーっと飲み干す。
「う…まい、はぁ。うまいなぁ。」
と水の旨さに感動した。
「まだ、大丈夫なようだな。」
エルの冷ややかな対応に、切なくなる。
「エル。もう少し、心配なら心配て言ってやれよ。わかりにくいよ?」
昴に指摘されると、エルは咳払いをしキッチンへ行ってしまった。
「エル、全然寝てないんだよ。お前が心配で。泣いてるんじゃないかと思って顔を覗き込んだら怒られた。」
昴は笑う。だが、昴もとても心配した。
「とりあえずよかった。瞳も元の色に戻ってるね。体調もよくなったみたいだし。覚醒の始まりなのかはわからないけど、一応点滴にジギタリスを少し入れておいたんだ。それの効果かはわからないけどね。当分、ドクターの仕事は避けた方がいい。お前は外科医だしな。」
と、昴は言った。確かに。外科医は手術で血を見るから、覚醒を促しかねない。
「ありがとうな。」
冬哉はみんなの気遣いや、思いに思わず涙ぐむ。
「実家に戻って、のんびりしな。散歩でもしてさ。ジギタリスは少し多めに内服してもいいかもね。一応内科医として、多めに処方しておくよ。ご先祖さんみたいに、データをとりながら過ごしてみたらいい。」
と、薬を渡された。
実家は、冬哉の勤める総合病院のある町からは少し離れた郊外にある。坂の多い町で、隣家とは畑や林でうまく遮られ、程よくプライベートな距離が保たれる。
母親の珊瑚とエルは、香港に祖母のコーラルを残し、ある程度の財産を手に日本へやってきた。
珊瑚は日本で大学を卒業、就職し、結婚したのだが、一つの所にずっと住む事が難しいと感じ、一家で転々とした。
医師だった夫を病気で亡くしてから、珊瑚はこの土地を気にいって永住を決めた。もちろん近所ではエルの事でおかしな噂をたてられるのでは、と心配もあった。だが、意外にも悪意ある噂は立たず、穏やかに過ごせている。
「いい土地だ。私の勘はさえてるだろう?」
珊瑚は得意げだった。2人は畑で農作物を作り、市場へ卸している。
それでもエルは近所付き合いはしないようにしていた。珊瑚は明るく人好きな性格のため、近所やいろんなところに友人がおり、旅行やレジャーを楽しんでいた。エルには目立つなと言われていたが、聞くような人ではなかった。
冬哉は久しぶりに自分の部屋のベッドに横になった。見慣れた天井に気が緩む。
「大丈夫なの?」
珊瑚が心配そうに部屋に入ってきた。
「うん、ごめん、心配かけて。」
と言うと、
「私や母さんは経験してないから、何もわかってあげられないね。」
と逆に申し訳なさそうに言う。
「とにかく、ゆっくりしながら対策立てよう。もし、本当に覚醒したとしてもエルがいるしね。」
昔から楽観的な母親には助けられている。冬哉は心からホッとする事ができた。体調もほとんど元通りになっていた。




