6.水瀬の朝
水瀬は工房にいた。朝早くから熔解炉の温度を確認した。昨日から溶かしていた固形のガラスはすっかり成形しやすくなっているようだ。
「はぁ〜」
とため息をついた。昴のことを考えていた。昴先生ってどんな人が好きなんだろ、私ってやっぱり先生にとっては患者、よね、と頭の中が昴でいっぱいだ。
「なーにをぼやぼやしとる。」
祖父に声をかけられハッとした。
「あ、おじいちゃん、おはよう。」
「昴先生で、頭がいっぱいか。」
と炉を覗きながらニヤニヤしている。
「そんなわけないじゃない!今日は調子もいいし少し吹こうかなと思ってたの!」
と、苦し紛れの言い訳だ。
「そうか。今回の素材は安定してそうだから、吹いてみるといい。」
と冷静に応える。
「う、うん」
水瀬はガラス吹きの準備を始めた。
日下部水瀬は両親とも他界し、今は母方の祖父と二人暮らしだ。両親が亡くなったのは彼女がまだ小さな頃だった。不幸な事故だった。祖父に引き取られ住居兼工房で暮らしている。
祖父は甘やかさず厳しく育てた。引き取られた頃から水瀬自身も、しっかりしなければと思うようになった。両親が他界する前から喘息気味ではあった。だが我慢し続けたことで悪化した。
ガラス工房は簡単に火は落とせない。自分のせいで工房の火を落とさせるわけにはいかないという思い、祖父に心配かけたくないなど、色々と心配な事が多かった。そのため、水瀬は多少良くなると早めの退院を希望しがちだった。そして結局は再入院となるという、忙しい小学校、中学校時代を送った。
水瀬にとっては病院にいる方がホッとできていた。家族のように心配してくれるナースやドクター、同じ病気の仲間もいたからだった。だが、甘えることはしなかった。
ドクターたちは頑張りすぎることがよくない、と水瀬に何度も言い聞かせたが、性分なのかなかなか甘えることができないまま、成長と共に喘息は改善してきた。
今は昴医師のもと、外来通院のみだ。
昴と初めて会ったのは、水瀬の最後の入院となった高校3年の春先。冬はかなり気をつけていたが、春になってくるとつい気が緩む。だが花粉のせいで喘息が不安定になりやすいのだ。そのため、いつもより少し無理をしたところ発作に見舞われた。
その入院の担当医が昴だった。水瀬は昴の穏やかな優しさに惹かれたが、どこか懐かしさも感じて、話すたびに急速に親しくなっていった。
水瀬は退院したくないと思うほど、昴のことを好きになっていた。ゆっくりと話を聞いてくれ、話題も面白く、気さくでそしてなかなかのいい男なのだ。だが当の昴は水瀬を患者としてきちんと線引きして接していた。水瀬も、それはよくわかっていた。
だが、実は昴も水瀬と会った時に他の人とは違うものを少し感じていた。もちろん水瀬がそんな事に気づくはずもなかった。
冬哉については、昴の幼馴染の腕のいい外科医、と認識していた。病院で出会っても挨拶を交わす程度だ。
冬哉と昴。とても仲が良く周りが入り込めない空気感があった。そのため、二人でいる時は、なかなか話しかけられなかった。遠目に見ては、自分が冬哉になりたいくらいだ、などと思ってもいた。
冬哉の評判は耳に届いていた。昴の人懐っこさとは違う、寡黙で真面目、芯の温かさのある人柄はやはり人気があった。2人とも恋人がいない事でさらにその人気を集めていたのかもしれない。
昨日、門のところで会ったのって、冬哉先生だったよね、と、急に思い出した。ぶつかった時の肩のムズムズがよみがえる。なんでだろう?とムズムズする違和感の理由はわからない。
あの先生、絶対、昴先生のこと、好きよね!となんだか腹が立ってきた。
すると、グゥーっとお腹が鳴った。
「炉は落ち着いてるから、朝メシを食べてきなさい。ガラスは逃げん。」
祖父に言われた。水瀬は、そうだ、朝ごはんまだだった、と思い、はぁい、と食卓へ向かった。




