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5.彼女の瞳

 冬哉は先程ぶつかった水瀬のことを考えていた。昴の患者の確か喘息の子だったよな、と。

 昴からはよく患者の相談を受けるが、彼女に関しての話は、昴の鈍感さに気づいて思わず笑ってしまったことを思い出した。昴はいいやつだが、色恋には疎い。と、偉そうに考えてるが自分が得意かと言われると反論できない。鈍感な昴を思う水瀬を気の毒に思いながらも、彼女の綺麗な瞳がとても印象に残っていた。毎日が忙しすぎて自分も色恋からは遠のいていた。だが、夕焼けに一瞬キラキラとした彼女の瞳は冬哉の心に何かを残した。

 次の日、冬哉は昴の患者を受け入れるのに内科へ足を運んだ。

「昴、昨日、お前の患者と正門のところで会ったぞ。喘息の子。具合でも悪かったのか?」

冬哉はなぜか次の日になっても水瀬のことのが気になっていた。

「日下部水瀬か?いや、病棟ナースに会いに来てただけだ。最近は全然発作も起きないし元気なもんだよ」

というと、冬哉はホッとしていた。そのホッとした表情を昴はみのがさなかった。

「なんだよ珍しい。お前が女の子のことを気にかけるなんて。自分の受け持ちから追っかけみたいにされたりしてめんどくさがってたのにな。」

昴は笑った。冬哉は、お前もなかなかの鈍感のくせに、と思いながらも、

「いや、そういう気持ちってわけじゃないけど、気になってな。」

と言いながら自分の気持ちが不思議でならなかった。

「へえー。」

昴はニヤニヤしている。水瀬はとてもいい子だ。冬哉も自分にとって大切な友人。2人がそんなふうになったとしたら、むしろ祝福したい気分だ。

「いいじゃん、水瀬、いい子だし。人に興味持たないようにしてるお前がそんなふうに言うんだ。珍しいことだし。」

と昴が言うと、

「いや、あの子はお前のこと…」

と言いかけたが続きを言うのはやめた。確認したわけでもないし、そうだとしても自分で伝えたいよな、と思ったからだった。冬哉は、

「昴。お前も、もう少し、人の気持ち、わかるようになれ。」

とため息をつく。だが、そんな言葉を聞いていないのか、昴は

「あ、そういえばな、」

と、いきなり転科する患者の話に変わった。昴は相変わらず真っ直ぐな男だな、と冬哉は水瀬の話をこれ以上するのはやめておこう、と医師モードに切り替えた。

 内科から患者を移動させ、診察、指示出しなど終えた冬哉は、ランチのためにカフェに向かった。そこで、終末期病棟のナースに声をかけられた。以前冬哉がオペをし退院したがん患者。がんが再発して再入院しており、終末期を迎えていた。その患者がつい先程亡くなったと伝えられた。冬哉はいつも自分の受け持ちだった患者が亡くなるたび落ち込んでいた。医師として全ての患者に感情移入していては心が保たない。だが冬哉はどうしても考えないようにすることが出来なかった。

 冬哉は病院の裏手から自宅へ搬送されるその患者を、黙って見送った。最期は穏やかだったと聞いた。それでも、きっと辛かっただろう、思い残したこともあるだろう、とやるせない思いが湧いてくる。

 見送りが終わると、冬哉はいつもの場所へ向かう。そこは、病院の中庭の端の方で、かなり木々が生い茂っており、人からはあまり見えない場所だ。そこのベンチに座り静かに涙を流す。なぜ人は死ぬんだろう。様々な病気があって医師はいつも立ち向かうが、治せない病気もある。本当に無力だと、冬哉が流す涙は、ほんの5分。だが、その時間がないと浮上できないのだった。

 本当にやれることは全てやったか?オペの後に何かできたのでは?考えうる全てのパターンなど考えては自分を責めた。

 1人の人間に出来ることなど限られている、そうわかっていても、どうにか出来なかったのか?と考えてしまうのは、誰にでもあることかもしれない。冬哉の静かな涙が頬を伝う。その度に冬哉は今度こそはこんな辛い時間がないように、と自分を奮い立たせるのだった。

 冬哉がまたいつもの中庭にいる、と通りすがりの昴が気づいた。今までも冬哉のそんな後ろ姿を、昴は何度も見ていた。昴も同じように思うことは何度もある。冬哉のように涙を流す時間をただ持たないだけだ。昴はそんな冬哉に声はかけずその場を後にした。

 冬哉は自宅に戻り、ソファに座りビールを飲みながらエルを思い出す。彼らのような不死に近い存在を知っていると、それをどうにか活かせないのか?などと考える事がある。ステファンの本にあったように、ヴァンパイアの血で病気や怪我を治したり、不老不死が叶うとしたら?だがそれが本当にいい事なのか、と同時に考えてもいた。それゆえ実行したことは今までなかった。

 もし、自分の愛する人がその時を迎えたとして、自分は素直にそれを受け入れられるのか?それについても毎度考える事だ。

 だが今日はいつもと違った。愛する人が、と考えた時、なぜか水瀬の顔が浮かんだ。自分でも驚いた。昨日初めてお互いを見知ったくらいの相手に、なぜそんなことを思い出したのか?不思議でならない、でも、やはりなぜか気になる。

 冬哉はその日、なかなか寝付けなかった。

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