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10.偶然

 実家に戻って数日、すっかり体調もよくなり、冬哉はホッとしていた。瞳の色が変わることもなく、昼間の眠気もなく、夜もちゃんと眠れた。太陽の眩しさや苦痛もなかった。

 ジギタリスを増やしたおかげなのか、覚醒らしき体調の変化は、その後起こっていない。家に篭っていても仕方ないと、散歩を日課とすることにした。

 冬哉の家は、少し小高い場所にある。集落でいえば一番奥のような場所だ。それもあり、同じ集落の人が近くまで来る事が少なかった。

 坂を降りながら、最近の町並みを見て歩く。父が亡くなり、珊瑚がこの土地を買ってすぐに冬哉は家を出ていたので、この町のことはあまりよく知らないのだ。こんな店あるんだ、こんなところに公園が、などほぼ初めての町内探検となった。

 すると、坂の途中で老人が道端に荷物を置いて腰をポンポンと叩いているところに遭遇した。荷物が大きく、重そうだ。腰を叩いているということはギックリ腰にでもなったか?つい医師として色々観察してしまう。

「大丈夫ですか?」

冬哉は迷わず声をかけた。

「ああ、いや、腰がギクっとなってね。困ったなぁと思ってたところなんだよ。」

と穏やかに話すが、腰が伸びない様子を見るとかなり痛みがあるのだろう。冬哉は、

「歩くのは大丈夫ですか?歩けないようなら車を呼んできますよ。」

と言うと、ヒョコヒョコとゆっくりだが歩いてみせた。なんとか歩けそうだが、距離にもよるな、と思い、

「行き先はご自宅ですか?遠いですか?」

と尋ねると、近くだと。それなら、と荷物を持ち、肩を貸しつつ一緒に老人の家まで送る事にした。


 老人の家は案外近くで、冬哉の家からは少し離れていた。家につくと、

「ありがとうね。助かったよ。あんた、この辺の人かい?見かけない顔だね。」

と、よっこいしょと玄関の小上がりに座った。冬哉は荷物を置きながら、

「実家は近所ですけど、僕は、普段は町の方に住んでいるので。」

と言った。

「この辺も若い人が減ったからな。いや、本当に助かったよ。」

と、何度も礼を言っていた。すると、

「おじいちゃん?帰ったの?」

と、家の中から声がする。その声の主が玄関までやってきた。

「え?冬哉先生?」

その人は驚いていた。

 水瀬だった。道で立ち往生していたのは水瀬の祖父だったのだ。

「あれ、えっと、昴の患者の‥」

と名前が出ないでいると、

「日下部水瀬です。あ、こちらは祖父です。」

と自己紹介した。

 なんと、こんな近くに住んでいたのか。冬哉は驚いた。実家にはほとんど帰らないから知らなかったのだ。

「おじいちゃん、どうしたの?」

と心配そうに声をかける。

「ギックリ腰だと思う。湿布して安静にして。ただし!寝たきりにならないように寝てばかりもダメですよ。」

と冬哉が説明する。水瀬は、

「真面目な冬哉先生らしい、ですね。診察とアドバイス、ありがとうございます。」

と笑顔で答えた。

「水瀬、お知り合いか?」

祖父は水瀬に聞き返す。

「あ、おじいちゃん。この方、昴先生のところの病院のお医者さまだよ。榊原冬哉先生。」

と、冬哉を紹介した。

「お医者さんでしたか!私はなんと運の良い。」

と、また改めて礼を言っていた。

 上がってお茶でも、と祖父に言われたが丁寧に断り、散歩に戻ろうとしたが、水瀬の自宅の隣の店舗に気づき足を止めた。ガラス工芸品が並んでいる。店は閉まっている。少しショーウィンドウを覗いていると、自宅から水瀬が出てきた。

「先生、よかった、まだいらっしゃいましたか。」

水瀬はきちんと挨拶をしたかったらしい。だが、冬哉がウィンドーをみていた事に気づき、

「あ、よかったら見ていってください!」

と、店内に案内した。

 店の中は、さながら小さなガラスの美術展だった。様々な色のガラス。コップや皿などのテーブルウェアから、装飾品などが並ぶ。光に照らされてキラキラ輝いている。店に入った途端、冬哉の心はいわゆる「ときめき」を覚えた。今まで見た事がないわけでもないのに、感動し心が震えた。一つ一つを丁寧に見て回る。どれも本当に美しい。

 水瀬は、そんな冬哉の姿を静かに見ていた。最初の表情でとても気に入ってくれたのはよくわかった。そんな時に余計なうんちくは必要としないこともわかっていた。自分も同じだったから。

 ひと通り見終わると、冬哉は何故か涙ぐんでいた。単に美しいだけでこんな気持ちになるだろうか?一言話せば涙が溢れてしまいそうだった。冬哉は何か話さなければと思い、涙を堪えて振り返った。

 だが、そこに水瀬はいなかった。俺の様子をみて気を利かせてくれたのか?それはわからなかったが、冬哉は店の椅子に座り、涙を軽くぬぐい、気が済むまでガラスたちを眺めた。

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