桃太郎、魔法学園に現る
「婆さんや!桃を川から浚ったてホンマか?」
「爺さんや!見てくれや。このデカさなら一週間は食いっぱぐれせんぞ!」
「婆さんの怪力には毎度驚かせるのー」
「褒めたって桃しか出せんわ。まずはタネを出さんと」
スーっとど真ん中に切り口を入れた。
次の瞬間——
パッカンと桃が割れた。
勢い余って包丁が真下に下りる。
「あっぶなッッッ?!」
パシッと刃を両手で挟み止めた。
「「お見事!!」」爺婆の声が揃った。
「事前に分かってなかったら死んでるからな?」
真剣白刃取りで難を逃れた子供は桃太郎と名付けられ、あっという間に立派な漢になった。
その頃の日本では鬼と言う魔物がたびたび人を攫い、食べるために鬼ヶ島に集めており、朝廷が困っていると桃太郎は聞いた。
「仲間を引き連れ退治に行くのが史実らしい。だが俺は単身乗り込む!歴史を塗り替えるぞ」
野望に燃えた桃太郎はビッグマウスさながら実行に移し、結果成し遂げた。
だがその直後の足取りは掴めず、神隠しに遭った…と噂された。
✴︎✴︎✴︎✴︎
魔法学園アルカナ・ミスティア。
大陸最大の魔法学院にして、王家直属の戦力育成機関。
そこで行われる年に一度の「大魔法大会」は、優秀な生徒たちが己の魔力と研鑽を競い合う、まさに華の舞台——の、はずだった。
「撃てぇーッ! 超級魔法《星核・大解放》っ!」
「ちょっと待てビアンカ! それは照明弾じゃない!!」
「バリア合わせるわ! 《聖壁展開》!」
「増幅入れますっ! 《能力全域強化》!」
「ま、待ちなさい全員!? その魔力総量、異常値よ!!」
北の公爵令嬢ビアンカ、南の公爵令嬢ウルスラ、東の公爵令嬢メイヴン、西の公爵令嬢シルフィ。
魔法学園の四天王と恐れられる彼女らが——調子に乗りに乗って、バトルロワイヤルで超級魔法を同時にぶっ放した結果。
異世界召喚陣が自然発生した。
轟音と光に包まれた中心から、ひょい、と現れた影。
「ん? 何だここは」
血生臭い匂いを纏った少年が立っていた。
腰に太刀一本。
黒髪を後ろで結び、袖をまくり、傷一つない顔であくびをしている。
髷と剃髪を嫌い、らしく無い格好をした…桃太郎であった(魔法学園では誰も知らない)。
「鬼退治終わらせた直後なんだが。あいつら核融合級の爆発で木っ端微塵になったからな。もう二度と復活しねえだろ」
彼が言うと、観客席が悲鳴を上げた。
核融合級魔法。
この世界でも伝説上の大災厄として記録に残るもの。
それを「最近の鬼退治で」使っただと?
鬼って何だ?とはならなかった。
四公女の膝が揃って落ちた。
「……超級魔法の出力、全部足しても負けてるわね……」
「やばいわ……本物の怪物じゃない……?」
「これは……ぜひ味方に……ぜひ……!」
「囲い込み案件ね!!」
こうして四天王公女殿下による、桃太郎争奪戦が幕を開けた。
桃太郎包囲網は即日行動に移された。
「それで、俺はどうすりゃいいんだ?」
学園長室の豪華なソファに座りながら、桃太郎は林檎を齧っていた。
学園長が説明するには——召喚は事故であり帰還魔法は準備に時間がかかる。
だからしばらく学園に滞在し、授業も受け、生活基盤を整えてほしい、と。
桃太郎は「ふーん」とだけ返す。
だが、問題は四公女だった。
「桃太郎殿! 身体強化の授業ならわたくしが直々に見て差し上げますわ!」
「いえ! 治癒も防御も整えて差し上げます! 生活環境は私が整備します!」
「栄養管理と訓練効率の最適化は私が担当しますねっ!」
「移動や物質創造ならお任せを。必要な物は全て私が出します」
四人が壁のように並んでいた。
「……いや、あの、近い」
「あら?」
「当然よ?」
「なんで離れると思うんです?」
「囲い込むんだから近くて当然」
「堂々と言ったな!」
桃太郎が立ち上がるや否や、四人はしなやかに身構える。
逃がす気ゼロの女たち。
この世界で最強と名高い四公女が、全力で一人の少年を確保しようとしている。
桃太郎は大きくため息をついた。
「はぁ……鬼より厄介だな、この学園」
学園滞在三日目。
突然、警鐘が鳴り響いた。
——凶禍が現れたのだ。
大陸規模の自然災害の中心で発生し、世界を滅ぼす力を持つ怪物。
今回現れたのは「黒霧竜」
都市ひとつ容易く呑み込む災厄級の化け物。
「学生は避難! 四天王は戦闘準備!」
学園中が揺れる最中、桃太郎は肩を回した。
「……丁度いい。鬼退治の続きってやつだな」
「ま、待ちなさい桃太郎殿! あなたが出る必要は——」
「いや、あんなでかいの、倒さなきゃ眠れねぇだろ」
軽い足取りで校庭へ向かう桃太郎。
四公女は慌てて追いかけた。
校門の外で、漆黒の巨竜が咆哮し、災厄の霧を吐き出す。
普通の魔法使いでは一瞬で消し飛ぶ。
しかし桃太郎は——
「——終わりだ」
太刀を抜いた動作すら、四公女は見ることができなかったが…「チン」と納刀する音だけは聞こえた。
刹那。
黒霧竜の首が空へと跳ね、霧が風に散った。
「……は?」
「え、斬った……の?」
「核融合級じゃない……ただの剣技で……?」
「やだ……惚れる……」
四公女は同時に膝をついた。
そして同時に思った。
((((全力で囲い込まなきゃ!!))))
そして囲い込み大作戦は苛烈化した。
凶禍を一刀両断した桃太郎は、そのまま帰り支度を始めていた。
「よし。凶禍も片付けたし、そろそろ帰還魔法もメドが立っただろ。準備でもすっかな」
その瞬間。
四公女が同時に飛びついた。
「待って!」
「帰らないで!」
「帰還魔法はまだ未完成だよ!」
「むしろ帰したくないの!」
「お前ら正直すぎるだろ!」
桃太郎はなんとか脱出しようとするが——
「ふふっ、逃げられると思って?」
ビアンカの腕力で抱きとめられる。
「怪我してないか確かめます……あ、脈拍速い……私のせい?」
ウルスラが至近距離で心音を聞いてくる。
「今日の消費カロリーを計算しないと、栄養補助が……」
メイヴンが勝手に身体測定を始める。
「もう、帰還魔法の解析全部投げて私の転移術を教えてあげるから…ね?」
シルフィが甘い声で耳元に囁く。
桃太郎の顔がついに真っ赤になった。
「こ、こいつら…!」
「桃太郎殿」
「選んでください」
「誰に囲われたいか」
「帰す気はありません」
四人の視線が交錯し、空気が震える。
「な、なんでそうなるんだよ!? 俺はただの——」
「「「「核融合級の英雄です!」」」」
被せ気味の大声に、桃太郎は完全に沈黙した。
その後。
桃太郎は深々とため息をつき、天を仰いだ。
「鬼退治って、まだ続くもんなんだな……」
四公女は同時に微笑む。
「ようこそ。あなたの第二の戦場へ」
こうして桃太郎の魔法学園生活は、
災厄級の脅威に囲まれながら始まったのだった。




