表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/54

第8話 初めての戦い

 森の中は、昼間だというのに薄暗かった。鬱蒼と茂る木々が太陽の光を遮り、湿った土と腐葉土の匂いが立ち込める。

 俺とリナは、小さな足跡を追って慎重に奥へ進んでいた。


「本当に……この先で合ってるのかな」

 リナの声には不安が滲んでいる。

「足跡は続いてる。きっと近い」

 口ではそう言いながらも、俺の心は揺れていた。


 前世の俺なら、こんな危ない場所に足を踏み入れることなんてなかった。面倒ごとは避け、常に逃げてきた。

 それなのに今は――なぜ俺は進んでいるんだ? リナのためか、村のためか、それとも疑われている旅商人のためか。

 答えはわからない。ただひとつ、「もう逃げたくない」という気持ちだけが、俺の足を動かしていた。


 やがて足跡は小さな洞窟の前で途切れた。中から、カチャカチャと何かをいじる音が聞こえてくる。

「……中にいるね」

 リナがごくりと唾をのむ。俺たちは顔を見合わせ、静かに中を覗き込んだ。


 洞窟の奥には、盗まれた品々が山のように積まれていた。銀の燭台、装飾品、子供のおもちゃ。光を反射して、ぼんやりと洞窟を照らしている。

 その上で満足げに腰を下ろしていたのは――。


「ゴブリン……」


 緑色の肌、大きな耳、そして赤い目。その目が光を反射して、血のように輝いた。粗末な棍棒を手にした、小さな魔物。だが、鋭い爪と牙が、その小ささを裏切る殺気を放っている。どうやら光るものを集める習性があるらしい。

 一匹だけなら、まだ何とかなるかもしれない。


 俺はリナに目配せをして、「静かに盗品だけ持ち出して逃げよう」と合図した。リナも頷き、俺たちはそろりそろりと洞窟に入る。

 ゴブリンは夢中で宝をいじっていて、こちらに気づいていない。俺は燭台に、リナはブローチに手を伸ばした――。


「へっくしゅん!」


 洞窟に響いた、リナのくしゃみ。

 ゴブリンがギョッと顔を上げ、赤い目を剥いた。


「ギギッ!?」


 まずい。見つかった。

「逃げるぞ!」

 俺は燭台を掴み、リナの手を引いて走り出す。後ろから怒声と足音が迫ってくる。



 理解するよりも先に、身体が動く。

(ゴブリンの習性は光るもの……あの山を崩せば!)


「リナ、伏せろ!」

 叫びながら、俺は近くにあった燭台を掴む。冷たい金属が手のひらに食い込む。心臓が爆発しそうなほど鼓動し、息が荒い。

 ――迷っている暇はない。

 ゴブリン本人ではなく、その背後にある盗品の山に向かって、力任せに投げつけた。


 ガッシャーン!


 燭台は銀食器の山に命中し、けたたましい音を立てて崩れ落ちる。光るものが散らばる光景に、ゴブリンは本能的に気を取られ、一瞬だけ動きを止めた。


「今だ!」

 その隙を逃さず、俺はリナの手を掴み、洞窟の外へ飛び出した。


 太陽の光を浴びたゴブリンは目をくらませ、追ってはこなかった。

 俺たちは息を切らしながら村の方へ走り続ける。


 ようやく足を止めた時、リナが俺を見上げた。

「ユウ……すごかった。まるで動きを知ってたみたい」

 彼女の声は震えていた。恐怖と、安堵と、そして少しの――尊敬のようなものが混ざっている。

「……たまたまだよ」


 震える声で誤魔化す。

「でも、怖くなかった?」

「怖かったよ。だけど……ユウがいてくれたから」

 リナは小さく笑い、俺の手をぎゅっと握った。その温もりが、震えを鎮めてくれる。


(それより、さっきのリナの動き……。ただの転び方じゃなかった。まるで、訓練された兵士のような……。いや、今は考えるのはよそう)


 リナを守れた安堵と同時に、得体の知れない“時間を逆流させる力”への恐怖が心を支配していた。


 それでも、盗品は取り返した。

 ロレンツォの疑いを晴らし、この小さな事件に終止符を打つために。


 理解より先に、覚悟が固まっていた。


 握られた手の温もり。

 震えが止まり、呼吸が落ち着いていく。

 そして、ふと気づく。


 逃げ腰だったはずの俺の足取りは、いつの間にか確かなものに変わっていた。


 恐れるべきは力ではなく、それを使わないことだ――そう思えるようになっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ