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第6話 怪しい旅商人登場

 収穫祭の当日。村の広場は朝から賑わっていた。屋台には焼き立てのパンや肉の串焼きが並び、子供たちは綿飴のような甘いお菓子に目を輝かせている。歌と笛の音が響き、人々の笑い声が途切れることはなかった。

 俺もリナに手を引かれて、あちこちを回っていた。前世では人混みが苦手だったのに、今は不思議と心が浮き立っている。


「ユウ! あっちに面白い人が来てる!」


 リナが指さした先、広場の端に一人の男が立っていた。

 深い紫のマントを羽織り、背には荷物を積んだ大きな袋。年の頃は三十代半ばほどだろうか。口元には穏やかな笑みを浮かべているが、その瞳は底知れぬ光を宿しているように見えた。


「旅の商人、ロレンツォと申します。今日は祭りに華を添えたくて立ち寄らせてもらいました」


 流れるような口上と共に、彼は袋から様々な品を取り出した。見たこともない香辛料や色鮮やかな布切れ、磨かれた小瓶に入った不思議な液体。村人たちは珍しい品に目を輝かせ、次々と手に取っていく。


「ほらユウ、これ見て!」

 リナが差し出したのは、小さな木製の笛だった。吹くと鳥のさえずりのような音が響き、周囲の子供たちが歓声を上げる。


 その時、ロレンツォと目が合った。

 一瞬、彼の瞳が俺を値踏みするように細められた気がした。

 ――視線の動きが鋭い。俺の目だけでなく、手の動き、立ち方、呼吸の間まで観察している。まるで、見えない何かを測定するように。


「坊や、君は村の子じゃないだろう? その歳にしては、妙に落ち着いている」

 穏やかな声で、純粋な好奇心から尋ねているように聞こえた。だが言葉の"間"が計算されている。

「……まあ、そんなところです」

 曖昧に答えると、ロレンツォは「そうか」と楽しそうに頷いた。


「ふむ……。なら、君にこれをあげよう。サービスだ」

 彼が差し出したのは、真鍮でできた小さなコンパスだった。

 手に取った瞬間、わずかな重みと冷たさが伝わる。表面には見たことのない文字――ルーン文字のような幾何学的な刻印が、円周に沿って並んでいた。装飾というより、何かの"機能"を持っているように見える。

「どんな時でも北を指す、旅人のお守りさ。君が自分の道を見つける助けになるかもしれない」


 その言葉に、悪意は感じられない。

(自分の道を……)

 俺はコンパスを受け取り、小さく頭を下げた。


「わあ、すごい! ありがとう、おじさん!」

 リナが興味津々にコンパスを覗き込む。彼女は楽しそうに笑っていた。その無邪気さが、逆に俺の胸をざわつかせる。

 ロレンツォは「どういたしまして」と笑ったが、その目は俺たち二人を、何か大切なものを見るように細められていた。

 ロレンツォは肩をすくめ、「まあ無理にとは言わない」と笑った。だが、その瞳はまだ俺を射抜くように見つめていた。


 ――この男、ただの商人じゃない。


 理解より先に、警戒心が走った。


 そんな直感が胸に残り、祭りの喧騒の中でも消えなかった。


 だが、まだ俺は知らない。この出会いが、全ての始まりであることを。

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