第5話 リナの秘密の兆候
収穫祭は明日に迫り、村中が慌ただしく動いていた。広場には焚き火の準備が整い、軒先には色とりどりの飾りが揺れている。誰もが浮き立つように笑顔を交わし、村全体が祭りの熱気に包まれていた。
俺もその雰囲気に心が躍ったが、同時に胸の奥には「違和感」が渦巻いていた。未来が見えるようなあの力を、誰にも話せずにいる。せっかく得た居場所を、怪しい力のせいで失いたくはなかった。
そんな時、リナが手招きをした。
「ユウ、こっち!」
彼女の先には長老のおばあさんが座っていて、周囲の村人と祭りの準備について話していた。
「――豊穣の祈りは、今年もリナに頼もうと思っておる」
長老の言葉に、周りの大人たちが頷く。
リナは照れくさそうに微笑んでいた。
(豊穣の祈り……?)
どうやらリナは祭りで特別な役目を持っているらしい。
夕暮れ、準備を終えた俺とリナは丘に座り、沈む太陽を眺めていた。
「なあ、リナ。なんで森の奥には入っちゃダメなんだ?」
何気なく聞いた問いに、リナは少しだけ影のある表情を見せた。
「……お母さんが言うの。『あそこは精霊様たちの場所だから、近づいちゃいけない』って」
「精霊様……」
その言葉が出た瞬間、リナの周りを淡い光の粒がふわりと舞い、すぐに消えた。幻かと思ったが、彼女の髪が風もないのに、優しく揺れている。
「……今のは?」
俺が尋ねると、リナはハッとしたように自分の身体を見つめ、慌てて両腕で自分を抱きしめた。
「ううん、なんでもない! 気のせいだよ!」
明らかに何かを隠している。その瞳には、自分の力に対する戸惑いと、少しの怯えが見えた。
彼女もまた、俺と同じように、人には言えない何かを抱えている。
リナは無理に笑顔を作った。
「ううん、なんでもない! それより、見て、一番星!」
彼女は空を指差した。
「お母さんが言ってたんだ。昔、大怪我をした人を助けるために、精霊に愛された人が自分の命を星に祈って分け与えたんだって。だから星は、今も誰かの命の光なんだよ」
突拍子もないおとぎ話。だが、彼女の横顔は真剣だった。
「だから、ユウもいなくなっちゃ嫌だよ。……約束だからね」
胸の奥がじんと熱くなる。
俺の力が怖くてたまらないように、リナもまた自分の力を抱えて生きている。俺たちは、どこか似ているのかもしれない。
空には一番星が瞬き始めていた。リナは立ち上がり、いつもの笑顔を取り戻す。
「さあ! 明日はお祭り! 思いっきり楽しもうね!」
「ああ、頼むよ」
無邪気な笑顔に安堵しながらも、俺の胸の奥ではざわめきが消えなかった。
理解より先に、予感が走った。
この平穏を揺るがす運命が、すでに動き始めていることを、この時の俺たちはまだ知らなかった。
だが――二人で立ち向かえるなら、どんな運命も恐れない。




