第50話 新たな使命
海底神殿から帰還した俺たちを、王都は歓声で迎えた。
城門をくぐった瞬間、轟くような歓声が押し寄せた。
「三つの封印の欠片、すべて破壊!」
「英雄だ! 英雄が帰ってきた!」
「世界を救ったんだ!」
旗が舞い、花びらが散り、楽団の音が響く。
人々は涙を流し、互いに抱き合い、祝福の声を上げていた。
まるで世界が生まれ変わったかのような祭りの光景。
だが、胸の奥には複雑な感情があった。
喜びよりも——重さ。責任の重さ。
「破壊……したのか……?」
リナが小さく呟く。歓声に掻き消されるほどの声。
けれど、俺にははっきり聞こえた。
「いや」
俺は静かに答える。
リナの肩に手を置き、短く息を吐いた。
「俺たちは……封印を理解したんだ」
砂漠で学んだ知恵。
海底で受け取った想い。
そして、ゼノンが託した“次の時代”の使命。
「新しい封印の形を——作る」
拳を握る。
その言葉が、自分の中で決意に変わる。
「それが、俺たちの使命だ」
◇
王宮の廊下を歩く靴音が、静かに反響していた。
重厚な扉の前で立ち止まり、深呼吸。そして——入室。
玉座の間は張り詰めた空気に包まれていた。
国王、アリシア王女、バーネット医師、セリア隊長。
全員の視線が、まっすぐ俺たちに注がれる。
「三つの欠片を破壊した功績は、計り知れない」
国王の声が響く。
「よくぞ成し遂げた」
だが、その表情が曇る。
「……だが、問題がある」
バーネット医師が資料を広げた。
羊皮紙の束、波打つ魔力の数値、各地からの報告。
「封印全体が変化し始めています」
彼の指がグラフを示す。
急激な魔力上昇、不安定な波形。
「魔力の流れが活性化している。
それ自体は悪いことではない。医療、魔法、文明——すべてが進歩を見せている」
一拍の間。
「だが」
セリアの声が鋭く割り込んだ。
「魔物の活動も、活発化している」
拳がテーブルを叩いた。
「封印に抑えられていた瘴気が、各地で漏れ始めている」
沈黙。重い、現実の音。
「それは……」
アリシアが目を細める。
「ロレンツォの……狙いでもある」
その名が出た瞬間、空気が凍った。
「彼は封印の完全な破壊を目指している」
俺は言った。
「三つの欠片の消失で、封印はすでに不安定だ。あと一押しで……崩壊する」
国王が立ち上がった。
「それだけは阻止せねばならぬ」
「だが……どうやって?」
カイルの声が震える。
「欠片はもう、ないんだろ?」
「いや」
俺は立ち上がった。
「俺たちは——新しい封印を作る」
沈黙。全員が息を呑んだ。
「新しい……封印?」
国王の声に驚きと戸惑いが混じる。
リナが一歩前に出た。
「海底神殿で、第一代観測者ゼノンから託されました」
俺は語った。
千年前の惨劇。百人の犠牲。封印の誕生と代償。
「だが、今は違う時代です」
リナが言葉を重ねる。
「必要なのは、力を制限するだけの封印じゃない」
俺は頷く。
「正しく使うための封印だ」
「一人で抱え込むのではなく」
「絆で支え合う」
「力ではなく」
「知恵で導く」
俺とリナの声が重なる。
「——新しい封印を、創りたい」
沈黙。
その静寂が、全員の胸に響いていた。
やがて、バーネット医師が小さく息を吐く。
「……古代の記録に、似た記述がある」
羊皮紙を広げ、震える声で読む。
「『観測者の力は、精霊の加護と結びつくことで、時間の支配から時間の創造へと至る』」
「時間の……創造……」
俺は呟いた。
「過去を書き換えるのではなく——未来を作り出す力」
バーネット医師が頷く。
「ユウとリナ、二人の力なら……可能かもしれない」
だが。
「待て」
セリアが低く制した。
「そんな力を扱えば、身体も精神も持たないかもしれない。お前たちだけで、耐えられるのか?」
リナが静かに笑う。
「大丈夫。二人なら」
その笑みには迷いがなかった。
「砂漠では知恵で、海では対話で。どちらも、二人で乗り越えた」
俺は言う。
「なら、封印も二人で創る」
国王が立ち上がった。
「……分かった。王国は全力で支援する」
アリシア王女が頷く。
「ただし、ロレンツォが動く。封印が崩壊に向かう今——彼は必ず現れる」
俺は拳を握った。
「ロレンツォ……」
彼を憎む気持ちはない。
ただ、理解したいと思った。
「彼を、説得したい」
ざわめき。
セリアが驚いたように眉を上げる。
「説得……?」
「ああ」
俺は頷く。
「彼の苦しみも、願いも分かる。方法は違えど、目指す場所は同じなんだ」
「誰も愛する人を失わない世界」
リナの言葉が続く。
「だから、対話したい。海底でゼノンとそうしたように」
バーネット医師が微笑む。
「お前たちらしいな」
だが、その笑みはすぐに真剣さへ戻る。
「覚悟しておけ。ロレンツォは二十年の憎悪を背負っている」
「分かってます」
俺は即答した。
「でも、やるしかない」
◇
報告会のあと、俺とリナは王宮の屋上に立っていた。
夜風が頬を撫でる。星空が果てしなく広がっている。
「新しい封印か……」
リナが呟いた。
「本当に作れるのかな」
「作れるさ」
俺は即答した。
「お前と一緒なら」
リナが笑う。
「ユウは、いつも私を信じてくれるね」
「当たり前だ」
俺は彼女の手を握った。
「お前がいるから、俺は強くなれる」
風が吹く。やわらかく、温かく。
「ゼノンの言葉を思い出す」
「『お前たちなら、できる』」
リナが空を見上げる。
「うん。応えよう。彼の願いに」
無数の星々が瞬いていた。
千年前、ゼノンも見上げたであろう空。
「見ててくれ、ゼノン」
俺は呟いた。
「俺たちが……やってみせる」
風が答えるように吹いた。
——始まりは、ここからだ。




