表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/54

第46話 傷と決意

王都の門をくぐった時、民衆が俺たちを出迎えていた。


不安そうな顔、心配そうな瞳、緊張に満ちた空気。

そして、俺の左腕を見た瞬間、どよめきが走った。


誰もが息を呑む。

黒く焼けただれた腕。包帯の上からでも滲み出る黒い染み。

壊死の痕、死の痕跡。


「ユウ様が……」

震える声が響く。


「あんな傷を……」

恐怖と同情が混じった囁き。


「でも……生きて戻ってきた」

別の声が、希望を込めて言った。


「封印の欠片を、本当に破壊したんだ……」


人々の囁きが広がる。

恐怖と安堵、絶望と希望が交錯する。

そんな視線を背に感じながら、俺たちは王宮へと向かった。


医務室の白い壁、消毒薬の匂い、硬いベッド。


バーネット医師が俺の腕を診察していた。

包帯を解くと、黒く腐食した皮膚が露わになる。

深く膿んでいる。焦げた肉の臭いが漂う。


長い沈黙ののち、医師が低く告げた。

「瘴気による壊死が、深部まで進んでいる」


その声には、諦めが滲んでいた。

「このままでは腕を失うかもしれん」


切断――その言葉は出なかったが、意味は明白だった。


「……それでも構いません」

俺は静かに答えた。恐怖を押し殺して。


「ユウ!」

リナが悲鳴のように叫ぶ。

涙に濡れた声が、空気を震わせる。


「腕一本で済むなら、安いもんだ」

俺は力なく笑った。

本当は怖い。腕を失うなんて、恐ろしい。

でも――リナが、みんなが生きているなら、それでいい。


「それより、残り二つの欠片の場所を」

話題を変えた。これ以上、自分の傷を見たくなかった。


アリシア王女が地図を広げる。古びた羊皮紙に、二つの印。


「古文書によれば」

王女の指が、地図の東を指した。

「一つは東の砂漠地帯、『灼熱の試練場』に」


指が南へ移る。

「もう一つは南の海底神殿、『深淵の封印所』。海の底に眠る古代遺跡です」


「遠いな……」

セリア隊長が腕を組む。険しい表情、唇を噛む音。


「王都から東へ三日、さらに砂漠の中心まで二日」

「南の神殿は、船で一週間」


沈黙。


アリシア王女が静かに言った。

「ロレンツォは、必ず残りの欠片を狙ってきます。

 彼より先に破壊しなければ――世界が終わります」


その言葉が、冷たい刃のように空気を裂いた。


夜。


静かな足音。ドアがゆっくりと開く。

月明かりに照らされたリナの姿があった。


「……入ってもいい?」

小さな声。


「ああ」


リナはベッドの脇に座り、俺の左腕を両手で包んだ。

包帯の下から漏れる黒い痕。触れただけで痛い。


「ごめんね……」

声が震える。

「私が、もっと強ければ……」


涙が一筋、頬を伝う。月光が反射して、光った。


「ユウが、こんな傷を負わなくて済んだのに……」


「違う」

俺は即座に言った。


「リナの光があったから、欠片を砕けたんだ」


それは事実だ。

彼女がいなければ、俺は死んでいた。

ロレンツォは勝ち、全てが終わっていた。


リナは俯いたまま、静かに祈りを唱え始めた。

精霊の祈り。古い言葉。意味は分からない。

けれど、その響きは優しく、温かかった。


淡い光が腕を包み込む。

金色の輝き、ぬくもり。

痛みがわずかに和らぐ。完全ではないが、確かに楽になった。


「完全には治せないけど……」

リナが申し訳なさそうに言う。

「少しでも、楽になれば」


「ありがとう」

俺は心から感謝を込めて言った。


リナが顔を上げた。涙をこらえながら、強い目で俺を見る。


「次は……東の砂漠?」


「ああ」


「『灼熱の試練場』、二つ目の欠片がある」


「私も行く」

即答だった。迷いも、恐れもない。


「でも――」


「ユウの力は、もう残り一回なんでしょ?」


胸が締め付けられる。

「使ったら……完全に消えるんでしょ?」


彼女は、すべて分かっていた。

精霊王の警告、四度目の代償。

次で、終わり。


「だから、私が守る番」

リナの声が変わった。震えが消えた。

「ユウが力を使わなくて済むように、私が強くなる」


その瞳は、まっすぐだった。

緑の光が、夜の闇を切り裂くように輝く。


返す言葉を失った。

ただ、彼女の手を強く握り返すことしかできなかった。


二人の手が、月明かりの中で重なった。

静かな光が、世界のどこよりも温かかった。


翌朝。


王宮の中庭は、慌ただしい。

荷物を運ぶ兵士、武器を磨く騎士、食料を積む従者。


今度の遠征は、全員で。

セリア隊長率いる騎士団、アリシア王女、バーネット医師、リナ――そして俺。


誰も口には出さない。

だが全員が分かっていた。


これは時間との勝負。

ロレンツォとの競争。

そして、俺の命の残り火との戦いだ。


東から乾いた風が吹く。

砂の匂いが混じる風。


長く、険しい旅が始まる。


だが、闇の中でしか光を見つけられないのなら――それでも進む。


……本当に生きて帰れるのか? この腕で? この身で?


たぶん、怖いままだろう。


でも、それでもいい。


この腕でも、まだ戦える。

リナがいる限り、俺は折れない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ