第44話 麓での対峙
山を降りると、空気が変わった。
精霊王の気配は消え、代わりに現実の冷たさが肌を刺す。
濃密な魔力は薄れたが、張り詰めた緊張が辺りを覆っていた。
ロレンツォが、待っている。
視界はまだ完全ではない。世界は少し霞み、焦点がぶれる。
それでも――見える。戦える。
「よく生きて帰ってきたな」
ロレンツォの声が平野に響く。
木々の影から現れたその姿は、黒いローブに包まれている。
空気そのものが歪むほどの魔力。
俺は剣を構えた。
セリアから貰った短剣。軽く、馴染む。だが、この敵にはあまりに小さい。
「視力も、戻ったようだな」
ロレンツォが歩み出る。
足音は規則正しく、メトロノームのように刻まれていく。
「だが、お前の力は、もう限界だろう」
心臓が高鳴る。恐怖か、それとも――久々の“戦い”への渇きか。
その言葉が、胸を突いた。事実だから。
精霊王から聞いた、残り一度の限界。
「限界でも」
俺は答えた。
「お前を止めるには、十分だ」
ロレンツォが笑う。その笑みには、哀れみと、奇妙な親愛があった。
「勇敢だな。だが、愚かだ」
手が上がる。魔力が集まり、地面が震える。
理解より先に、恐怖が走る。逃げろ、と本能が叫ぶ。
地が裂け、赤い閃光が空を焦がす――その刹那。
「ユウッ!」
声が、闇を破った。
振り向くと、リナが走ってくる。
息を切らし、杖を握りしめ、涙を流しながらも、強い瞳で。
「リナ……!」
「決まってるでしょ! 二人で戦うんだから!」
その言葉が胸を撃つ。約束。そうだ、約束した。
リナが隣に立つ。
震える手が、俺の手を強く握る。温かい。確かに、生きている。
「感動的だな」
ロレンツォが冷笑する。
「だが、二人揃っても結果は変わらん」
魔力が最高潮に達する。空気が悲鳴を上げ、地面が割れる。
「森へ誘い込むぞ」
俺は低く囁く。
「平地じゃ、不利すぎる」
リナが頷く。手を離さないまま。
「いくぞ!」
俺たちは同時に駆け出した。
背後で、灼熱の波が爆ぜた。空気が焼け、地が溶ける。
だが、森へ飛び込む。木々が影を作り、光を裂く。ここなら、まだ戦える。
「追ってくる!」
リナの声。
その通りだ。ロレンツォの気配が迫る。
森の中で、最後の戦いが始まろうとしていた。
二人で、共に。約束を守るために、世界を守るために。
……それでも、前に出る。
それが、俺たちの答えだ。




