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第1話 森での遭遇

 目を覚ますと、頭上には木々の枝が広がっていた。

 葉の隙間から差し込む光が揺れ、鳥のさえずりが遠くで響く。鼻をくすぐるのは、湿った土と草の匂い。


 ――ここは、どこだ?


 最後の記憶は、研究所の実験機器が暴走し、迫ってきた眩しい光。衝撃と共に意識は途切れ……そこで終わったはずだった。


「……生きてる?」


 かすれた声を漏らし、自分の身体を確かめる。

 手は小さく、指は細い。声も高く幼い。立ち上がると背は低く、足元がふらついた。


「なんだこれ……子供になってる?」


 心臓が早鐘を打つ。夢なのか、死後の世界なのか。考えても答えは出ない。確かなのは――俺の体が、以前とは違うということだけ。


 不安を振り払うように歩き出す。

 見慣れない森は、柔らかな光に包まれているのに心細い。木々は高くそびえ、足元には名も知らぬ花や茸が群生していた。小川のせせらぎ、見たことのない鳥の影。すべてが異質で、すべてが美しい。


 ――いや、待て。冷静に観察しろ。

 重力はある。地球と同じ9.8m/s²に近い感覚だ。空気は呼吸できる。酸素濃度もおそらく似ている。だが、頭上の太陽の光が……微妙に紫がかっている? スペクトル分布が地球と異なるのか。植物の葉の色も、わずかに青みが強い。


(ここは……異世界? 物理法則の基本は共通しているが、細部が違う。本当に、"転移"したのか……)


 混乱しながら森をさまよっていると、不意に草むらが揺れた。思わず身を固くする。


「ねえ、大丈夫?」


 少女の声が、森の静寂を割って響いた。

 それは初めて聞いた"時間の音"のように、止まっていた世界を再び動かす音だった。木漏れ日が彼女の栗色の髪を照らし、光の粒子がゆっくりと舞い降りる。


 現れたのは、その光の中に立つ少女だった。年の頃は十歳前後か。大きな瞳が好奇心に輝き、俺をじっと見つめる。


「森で一人なんて危ないよ。迷子?」


 答えられず立ち尽くす俺に、彼女はにこっと笑い、ためらいなく近づいてきた。


「怖くないから。ほら、手を出して」


 差し出された小さな手が、俺の手をぎゅっと握る。

 温かさが伝わり、胸の奥で何かが弾けた。


 理解より先に、涙が出そうになった。


 その瞬間――視界が一瞬白く染まり、断片的な映像が脳裏を駆け抜けた。


 固く結ばれた、二つの手。

 星空の下で笑い合う、自分とこの少女。

 ずっと、ずっと離れない。離れられない。

 でも――それは、決して不幸なことではない。


(……なんだ、今の?)


 一瞬の幻視。だが、それは未来なのか、過去なのか。

 わからない。ただ、心が震えた。


(……居場所を、探してみるか?)


 死の間際に聞こえた謎の声が、脳裏をかすめる。

 そして今見たビジョン。

 もしかしてこれが――俺がこの世界に来た理由なのか。


「私、リナ! あなたは?」

「……ユ、ユウ」

「ユウだね! よし、じゃあ一緒に行こう!」


 彼女は俺の手を握ったまま、森の出口へと歩き出した。


 その繋がれた手が、妙にしっくりくる。

 まるで、ずっと昔からこうしていたかのような。

 そして、これからもずっとこうしているような――。


 不思議な既視感に包まれながら、俺は彼女と一緒に歩き始めた。

 その笑顔は太陽のように眩しく、空っぽだった俺の世界を少しずつ満たしていくように思えた。


 俺はまだ知らない。

 この手を離せなくなる日が来ることを。

 そして、それが決して不幸ではないことを。


 闇の中でしか、光を見つけられないのなら――それでも進もう。

 この温かい手を、信じて。

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