表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/54

第15話 帰路、そして決意

 ロレンツォとの邂逅から一夜明けた朝。


 俺とリナは町を出て、村への帰路についていた。石畳の道から土の道へ。賑やかな人々の声は遠ざかり、代わりに鳥のさえずりと風の音だけが耳に届く。足元の土が柔らかく、踏みしめるたびに湿った匂いが立ち上る。


「ユウ、疲れてない?」


 リナが心配そうに振り返る。


「大丈夫。リナこそ、昨日はよく眠れたか?」


「うん! ぐっすり!」


 明るく答えるリナだが、その笑顔はどこかぎこちない。口角だけが上がり、瞳には不安の影が残る。昨夜の魔狼のこと、俺の不思議な力のこと。全てを理解しているわけではないが、何かが起きていることは感じているのだろう。


 それでも彼女は、無理に笑顔を作って俺を安心させようとしてくれている。


 その健気さが、胸を抉る。まるで心臓を直接握られているように。


 ◇


 道中、二人はほとんど無言で歩いた。


 いつもなら「あの花きれい!」「あの鳥の声、聞いて!」と騒がしいリナが、今日は静かだ。


 俺も、ロレンツォの言葉が頭から離れない。


『君が力を使うたび、世界の歪みは広がる。次に代償を払うのは、君だけとは限らない』


 リナを守るために使った力が、かえってリナを危険に晒す。


 この矛盾に、どう向き合えばいい?


 昼過ぎ、見覚えのある小川のほとりで休憩することにした。


 リナが持参した弁当を広げ、二人で並んで座る。川の流れる音が心地よい。草の上に座ると、ヒヤリとした湿気が服を通して肌に染み込む。サンドイッチを頬張りながら、リナがぽつりと呟いた。


「ねえ、ユウ……」


「ん?」


「私ね、ずっと考えてたの。昨日の魔狼のこと」


 心臓が跳ねる。やはり、気づいているのか。


「あの時、確かに何かが起きた。時間が……巻き戻ったみたいだった」


 リナは真剣な目で俺を見つめる。疑念ではなく、理解しようとする純粋な眼差し。まっすぐで、温かい。


「ユウの力……きっと、すごく大変なことなんだよね。だから言えないんだよね」


「リナ……」


「無理に話さなくていいよ。でもね、一つだけ約束して」


 彼女は俺の手を握った。小さく、温かい手。その温もりが、凍りついた心に染み込んでくる。


「無理だけはしないで。ユウが苦しむのは、私も嫌だから」


 その言葉に、喉が詰まる。胸の奥が熱くなる。


 リナは全てを知らない。俺の力が世界を歪め、封印を緩めていることも。力を使うたびに魂が削られていることも。


 だが、それでも俺を心配してくれている。


「……ありがとう、リナ」


 それだけしか言えなかった。言葉が喉の奥で固まり、それ以上何も出てこない。


 ◇


 夕暮れ時、村の門が見えてきた。


 懐かしい景色。温かい灯り。帰ってくる場所がある、という安心感。炊事の煙が立ち上り、夕餉の匂いが風に乗って漂ってくる。


「ただいまー!」


 リナが駆け出し、門の前で待っていたエルナさんに抱きつく。グランさんも無骨な笑顔で「おかえり」と言ってくれた。


「ユウ君も、お疲れさま。二人とも無事で何よりだわ」


 エルナさんの優しい声に、胸が温かくなる。


 村人たちも次々と駆け寄り、「薬草、届いたぞ!」「妹が元気になったって!」と感謝の言葉をかけてくれる。背中を叩く手。肩を握る手。温かい手。全てが俺を受け入れてくれている。


 俺は、この村に受け入れられている。


 ここが、俺の居場所だ。


 だが、その平穏が、俺の力によって脅かされるかもしれない。


 ◇


 その夜、屋根裏の自室で一人、窓の外を眺めていた。


 満月が村を照らしている。静かで、穏やかな夜。冷たい空気が窓の隙間から忍び込み、頬を撫でる。


 ロレンツォの言葉が、再び脳裏をよぎる。


『力を恐れてこのまま朽ち果てるか。あるいは、全てを破壊し、新たな世界の創造主となるか』


 違う。


 俺はそのどちらでもない。


 力を恐れて朽ち果てることはしない。だが、全てを破壊することも選ばない。


 俺が選ぶのは、第三の道。


 破壊でも、停滞でもない。閉ざされた運命の歯車を、ほんの少しだけ違う方向へ回すように。俺は自分の道を歩く。


 この力を、リナを守るためだけに使う。世界がどうなろうと、封印が緩もうと。俺はリナを守り抜く。


 それが、エゴだとしても。


 それが、世界を敵に回すことになっても。


 俺には、もう後戻りできない。リナの死を見た瞬間、俺は決めたんだ。


 この手で、リナを守り抜くと。


 窓辺から立ち上がり、ベッドに横たわる。古い木枠がきしむ音が、夜の静寂に響く。


 明日からまた、村での日常が始まる。穏やかで、温かい日々。


 その平和を守るために。俺は、この呪われた力と共に生きていく。


 遠くで梟が鳴いた。その声が、まるで警告のように、夜の静寂に溶けていった。


* * *


第三の道を選ぶ。

彼女を守るため、世界を敵に回しても。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ