プロローグ
俺は、前世で物理学者だった。
といっても、偉大な発見を成し遂げたわけでもなければ、名を馳せたわけでもない。まだ若く、研究室に籍を置く一人の研究者に過ぎなかった。
専門は「時間と因果の物理学」。
子どもの頃からずっと抱いていた問い――「時間とは何か」「未来と過去は本当に一方通行なのか」――その答えを求め、ひたすら机にかじりついていた。
だが現実は厳しかった。
論文はなかなか採択されず、同僚たちにも「夢想家」と笑われた。
学会では拍手もなく、ただ冷たい沈黙が返ってくる。
それでも俺は、諦めきれなかった。
なぜなら、俺にとって「時間の謎」を解き明かすことは、生きる意味そのものだったからだ。
けれど、そんな執念も報われることはなかった。
ある日、不意に訪れた事故――研究所で試作していた「因果反転結晶炉」の制御系が臨界を超え、時空構造そのものが崩壊した。
眩い紫の光。
時間が逆流し、因果が断ち切られ、世界の法則が砕け散る。
結晶が共鳴するような高音が響き渡り――意識が闇に沈む、その刹那。
『……居場所を、探してみるか?』
誰のものとも知れぬ声が、確かに耳に届いた。
声と同時に、断片的な映像が脳裏をよぎる。――光の中で固く結ばれた、自分のものではない、小さな二つの手。栗色の髪を揺らして笑う、見知らぬ少女の顔。そして、魂が焦がれるほどの、温かい感覚。
それが誰の声で、何を見せられたのかは分からない。
ただ、悠真は思わず頷いていた。
「……あるなら、見つけたい」
理解より先に、心が答えていた。
そう答えた瞬間、全てが光に飲み込まれ――。
闇の中でしか、光を見つけられないのなら――それでも進もう。




