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二.『影の子』(下)

 中食と夜食の二回、女中が扉を叩きましたが影依は開けませんでした。

 玻璃燈も灯さず、真っ暗闇のなか、膝をかかえて座って『旦那さま』が云ったことをあらためて考えていました。


 彼が影依を娶ったのは養子をとるためだった。


 なら──次の自分の生きる意味は、彼が養子をもらえるようにすること?


 それが終わったらきみは自由だ、とも彼は云いました。

 自由。その言葉の意味は影依にはよくわかりません。もう家に帰ってもよい、ということでしょうか。

 そうしたら影依はまたおねえさまたちの『影』にもどります。


 匣から取りだした人形を元通りしまうような、単純明快なお話。


 それなのに呑みこめないのは影依の頭が悪いからでしょうか。影依は『旦那さま』の微笑を思いだし、手当てしてくれた指先を思いだし、頬にあてられた手のひらのことを何度も思いだしていました。


 だれかにあんなふうにやさしく触れられることなんて生まれてきてから一度もなかった。そう思いながら。


 もうおさまったはずの涙がまたにじんできました。


 いけない。たとえ一時いっときでも、秋峯家の奥さまになるならしっかりしなくては。自分を叱るように襦袢の袖で目元をぬぐったとき、


 ──想日さまの声が、窓の外から聞こえてきました。


 きょう初めて会ったばかりのひとの声がなぜこんなにも懐かしいのでしょう。

 影依は立ちあがり、手探りで窓のところへいきます。そして鍵を開けようとしましたが、もうひとりだれかの声が聞こえてくることに気づいて手をとめました。


 ……お客さま?……


 若い男のひとの声のようでした。まだ少年のもの。影依は窓硝子越しに外を見下ろします。


 表門の辺りで想日さまと学生服を着た少年がなにか話していました。想日さまの手には角灯がありますが、それでも少年の顔はよく見えません。


 そのうちふたりの話は終わり、想日さまは少年をうながして洋館のほうへ歩きだしました。少年はうつむいてそのあとについていきます。


 ですがふたりは洋館には入らず、横を通るようにしてどこかへ歩いてゆきました。


 ──こんな夜中になにをしているんだろう?


 そのとき、影依の頭に《《深夜の客人》》という言葉がよぎりました。影依はすこしためらったあと、息を殺して窓から離れます。


(あの家の薔薇は)


 ほんとうに人間の血で育てられているのか。


 この目で、たしかめなくては。

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