祭りの前の、小さな嵐
スクナヒコナの一件からしばらく、学園は嘘のような平穏を取り戻していた。
ウズメちゃんもすっかり元気になり、私と彼女、そしていつの間にか定位置になったスサノオくん、時々ふらりと現れる月読会長とオモイカネくんという、不思議な五人組で過ごす放課後にも、私はすっかり慣れてしまっていた。
「聞いて聞いて、てるはちゃん! 次の文化祭、『高天祭』の実行委員に立候補しちゃった!」
「ええっ!? ウズメちゃんが!?」
ある日の昼休み、ウズメちゃんが興奮気味に報告してきた。高天祭は、高天原学園で最も大きなイベントだ。毎年、その盛り上がりは近隣の学校からも注目されるほど。
「うん! だって、絶対楽しいじゃん! 私、ステージ企画担当になったから、最高のパフォーマンスで学園中を盛り上げてみせるんだから!」
目をキラキラさせながら言うウズメちゃんは、本当に太陽みたいだ。彼女の周りには、いつも明るくて楽しい空気が満ちている。
「それでね、てるはちゃんのクラス、演劇やるって聞いたよ! しかも演目は『天岩戸』だって? ぴったりじゃん!」
「ぴ、ぴったりって……」
そう。私のクラス、2年A組の出し物は、なぜか多数決で演劇『天岩戸』に決まってしまったのだ。もちろん、私は裏方の大道具係にそっと名前を書いておいた。人前に出るなんて、絶対に無理。
「そんなこと言ってー。アマテラス役、てるはちゃんがやればいいのに!」
「む、むむむ、無理だから!」
そんな他愛のないおしゃべりをしていると、ふと、教室の隅でクラスメイトたちが何やら深刻な顔で話し込んでいるのが目に入った。
「なあ、また出たらしいぜ、最近」
「マジかよ……。俺の友達、昨日やられたって言ってた」
「なんか、急に意識が遠くなって、気づいたら知らない場所にいたんだってさ。怖すぎ……」
知らない場所にいた?
その言葉に、私の胸がざわついた。月読会長の言っていた、「何者かが意図的に生命力を削ごうとしている」という言葉が、頭の中で警報のように鳴り響く。
「……陽菜森」
不意に、低い声が私を呼んだ。スサノオくんだ。彼はいつの間にか私の隣に立っていて、教室の隅のグループを鋭い目つきで睨んでいた。
「あいつらの話、気になるか」
「う、うん……。なんだか、ただの噂じゃなさそうだったから」
「ふん。くだらねえ。どうせまた、七不思議とかいう厄介神の仕業だろ。次はどこのどいつだ」
スサノオくんは興味なさそうに言うけれど、その横顔は、私が今まで見たことがないくらい、真剣な色を浮かべているように見えた。
文化祭の準備が本格的に始まると、学園は日に日に活気を増していった。クラスメイトたちが楽しそうに衣装を作ったり、大道具を組み立てたりしているのを見ると、私の心も自然と浮き立つ。裏方の仕事は、私に合っていた。目立たない場所で、こつこつと何かを作り上げていくのは、嫌いじゃなかった。
でも、そんな賑やかな雰囲気とは裏腹に、学園を覆う不穏な影は、確実にその色を濃くしていた。
「神隠し」の噂は、もはや噂ではなくなっていた。実際に、数人の生徒が一時的に行方不明になり、記憶が曖昧なまま発見されるという事件が、立て続けに発生したのだ。
そして、その魔の手は、ついに私のすぐそばまで迫っていた。