理科室のスクナヒコナと秘密の特効薬1
「……ごめん、てるはちゃん。今日、学校休むね……」
朝、スマホに届いたウズメちゃんからの力ないメッセージに、私の心はズキンと痛んだ。いつも元気いっぱいの彼女が、とうとう流行の風邪に捕まってしまったのだ。
その日の学校は、ウズメちゃんがいないだけで、ひどく色褪せて見えた。
心配で、心配で、授業の内容なんてまったく頭に入ってこない。私に何かできることはないだろうか。あのトイレの時みたいに、私のこの力で、ウズメちゃんを元気にすることはできないのかな……。
放課後。私はいてもたってもいられなくなり、藁にもすがる思いで、ある場所へと向かっていた。科学準備室だ。思兼くんなら、何か知っているかもしれない。
「――つまり、理科室の人体模型が夜な夜な徘徊しているという噂と、この原因不明の風邪の流行は、無関係ではないというのが僕の仮説だ」
薄暗い薬品棚に囲まれた部屋で、思兼くんはメガネの奥の目をキラリと光らせた。
「高天原学園七不思議・その二、『夜中に動き出す人体模型』。だが、僕はその正体に目星をつけている。学園の古い記録によれば、あの人体模型には、かつて医薬と知識の神、スクナヒコナノミコトの御霊分けがなされたという記述があるんだ」
スクナヒコナ……。日本神話に登場する、小さな体の神様。オオクニヌシと一緒に国造りをして、人々に病気の治療法や魔除けの呪いを教えたとされている。
「もし、その噂が本当で、彼の御霊が今もあの模型に宿っているとしたら? 彼はこの風邪の流行を鎮めるため、特効薬の材料となる薬草を探して、夜な夜な学園を徘徊しているのかもしれない!」
思兼くんの言葉に、私はハッとした。
特効薬……。それがあれば、ウズメちゃんが元気になるかもしれない。
「思兼くん! 私、行ってみる!」
「だろうと思ったよ、陽菜森君。君の太陽のようなエネルギーは、あるいはスクナヒコナの神格と良好なシナジーを生み出す可能性がある」
ウズメちゃんを助けたい。その一心で、私の心は決まった。
話はすぐに、スサノオくんと月読会長の耳にも入った。
「はっ、面白え。夜の学校探検といくか」とスサノオくんは不敵に笑い、「人事を尽くさねば、神の助けも得られまい。合理的判断だ」と月読会長は静かに頷いた。
こうして、私たちは再び集結することになった。
目指すは、夜の理科室。
閉ざされた校門を乗り越え、月明かりだけが頼りの廊下を、息を殺して進む。ひんやりとした空気と、異様な静寂が肌を撫でた。
昼間とは全く違う顔を見せる、夜の学校。
その一番奥にある理科室の扉の前で、私たちはごくりと息を呑んだ。
この扉の向こうに、本当に「彼」はいるんだろうか。
そして私たちは、友達を救うための特効薬を、手に入れることができるんだろうか。
私の心臓は、恐怖と、そしてほんの少しの期待で、大きく、大きく脈打っていた。