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五人分の、曇りのち晴れ

あのトイレ大洪水事件から、数日が過ぎた。

私の学園生活は、相変わらず地味で、おとなしいものだったけれど、ほんの少しだけ、色合いが変わったような気がしていた。


まず、私にはお昼ご飯を一緒に食べる友達ができた。


「てるはちゃん、おっはよー! 今日のお弁当、すっごく自信作なんだからね!」


教室に入るなり、天野ウズメちゃんがキラキラの笑顔で駆け寄ってくる。彼女に手を引かれるまま屋上でお弁当を広げるのが、すっかり日課になっていた。太陽の光がさんさんと降り注ぐ屋上は、もともと私のお気に入りの場所だったけれど、一人でいるのと二人でいるのとでは、見える景色の明るさが全然違った。


「陽菜森。風邪、ひいてねえだろうな」


ぶっきらぼうな声に振り向くと、少し離れたフェンスのところで、嵐野スサノオくんが腕を組んでこっちを見ていた。あの日、一番びしょ濡れになった彼は、なんだかんだ言いながら、毎日こうして私たちの様子を見に来る。私が「だ、大丈夫です」と答えると、「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。……ツンデレって、こういうことを言うんだろうか。


生徒会長の月読尊くんとは、廊下ですれ違う時に、静かに会釈を交わすようになった。彼はいつも完璧な微笑みを浮かべているだけで、何も言わない。けれど、その涼やかな瞳が、私のことを見透かしているようで、少しだけ心臓がドキドキする。


そして、科学部部長の思兼周くんは、時々、私に「君の神話的エネルギーの観測データだ」と言って、よくわからないグラフがびっしり書かれた紙を渡してくるようになった。正直、内容はちんぷんかんぷんだけど、彼なりに私を気にかけてくれている……んだと思う。たぶん。


トイレに残されていた小さな白い花は、私がこっそり持ち帰り、小さな瓶に挿して机の上に飾ってある。それを見るたびに、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


自分の力が、誰かの役に立った。

その事実は、分厚い雲に覆われていた私の心に差し込んだ、確かな光だった。


でも、平穏な日々は、そう長くは続かないものらしい。

じわじわと、学園の中に新たな影が広がり始めていた。


「ゴホッ、ゴホッ……」


教室のあちこちで、咳の音が聞こえ始めたのだ。季節の変わり目の、ただの風邪。最初は誰もがそう思っていた。でも、その数は日を追うごとに増え、欠席者も出始める。それはまるで、目に見えない灰色の霧が、学園全体を覆っていくようだった。


そして、その霧は、ついに一番近くにいた太陽さえも曇らせてしまった。

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