表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/18

トイレの花子さんと嵐を呼ぶ風紀委員2

ごくり、と喉が鳴る。

後光の差す便器。異常なまでの清潔さと、むせ返る花の香り。この尋常ならざる空間を生み出している「何か」が、すぐ近くにいる。神の末裔としての勘が、警鐘を鳴らしていた。


その時だった。


「ふぅ……。ここも完璧ね!」


一番奥の個室から、満足げな声と共にひょこっと小さな姿が現れた。

腰まで届く長い黒髪を二つに結んだ、小学生くらいの小さな女の子。おかっぱ頭に、真っ赤な着物のような服を着ている。その小さな手には、なぜか真新しい雑巾が握られていた。


女の子は私の存在に気づくと、ぱあっと顔を輝かせた。


「あ! ねえ、見て見て! ピカピカでしょう? 私がぜーんぶお掃除したの! ここは私のテリトリーだから、いつでも清潔にしなくっちゃ!」


胸を張って、えっへんと得意げに言う姿は、年相応で可愛らしい。けれど、その瞳の奥には、どこか常軌を逸した情熱の炎が揺らめいているように見えた。

間違いない。この子が、今回の「厄介神」……。


「あ、あの……」


私は勇気を振り絞って口を開いた。心臓がバクバクとうるさい。


「すごく綺麗で、びっくりしました。でも、その……ちょっとだけ、お花の匂いが強すぎる、かなって……」


しまった。もっと言い方があったはずだ。でも、一度口から出てしまった言葉はもう戻せない。

私の言葉を聞いた瞬間、女の子の笑顔がぴしりと凍り付いた。


「え……?」


大きな瞳が、みるみるうちに涙で潤んでいく。


「ど、どうして……? キレイにして、いい匂いにしたのに……。不満、なの……?」


違う、そうじゃないの!

私が慌てて首を横に振るより早く、彼女の不安定な感情に呼応するように、トイレの中の空気が揺らいだ。

誰も触っていない水道の蛇口が、きゅるきゅると音を立てて勝手にひねられ、ちょろちょろと水を流し始める。壁に染みでも見つけたのか、女の子がじっと見つめると、その部分のタイルがキュキュッと音を立ててさらに白くなった。


(まずい、この子の力が暴走しかけてる……!)


どうしよう、どうすれば。私がパニックに陥っていると、背後でガラッと乱暴に扉が開いた。


「なんだぁ? さっきから騒がしいな。女子トイレで何やってやがる」


振り向くと、そこに立っていたのは、風紀委員の腕章をつけた嵐野須佐くんだった。彼は眉間に深いシワを寄せ、面倒くさそうに私と小さな女の子を交互に見やる。


「あ、嵐野くん……」

「あ?……ああ、自己紹介の時の地味なやつか。で、なんだこの状況は。こんなちっこいのが原因かよ」


スサノオくんはズカズカと中に入ってくると、涙目の女の子の前に仁王立ちした。


「おい、ちびすけ。悪ふざけが過ぎるぞ。さっさとその変な術を解きやがれ」


それは、最悪の一手だった。


スサノオくんの威圧的な態度と乱暴な言葉は、不安定だった女の子の心の最後の糸を、いとも簡単に断ち切ってしまった。


「……きたない」


女の子は、ぽつりと呟いた。


「え?」


「汚い言葉! 汚い態度! 汚い人!!」


次の瞬間、女の子はわっと泣き出した。

「せっかくキレイにしてあげてるのに、ひどいこと言う! 汚い人は、ここから出ていってぇぇぇぇっ!!」


彼女の絶叫が引き金だった。

ゴオオオッ!!

トイレ中の全ての蛇口から、まるで消防ホースのような勢いで水が噴き出した。天井のスプリンクラーまで作動し、滝のような水が私たちの頭上に降り注ぐ。床はあっという間に水浸しになり、清潔だった空間は一転、大洪水の様相を呈していた。


「ちっ、面倒なこった!」


スサノオくんは舌打ちし、びしょ濡れになった髪を乱暴にかき上げる。私も突然の豪雨に為すすべもなく、足元に広がる水の奔流を呆然と見つめることしかできなかった。


「うわあああああん! みんな汚い! 全部洗い流してやるんだからぁぁぁっ!」


女の子の泣き声はますます大きくなり、水の勢いも強くなるばかり。


どうしよう。どうすれば、この子の涙と、この洪水を止められるんだろう。

私の無力さをあざ笑うかのように、水の音はどんどん大きくなっていく。


まだ始まったばかりの学園生活が、早くも水浸しになろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ