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トイレの花子さんと嵐を呼ぶ風紀委員1

担任の戸塚先生は、良くも悪くも「普通」のおじさん先生だった。当たり障りのない挨拶と、一年間の抱負を手短に語った後、さっそく新学期最初の関門がやってきた。


「じゃあ、ありきたりだけど、まずは自己紹介からいこうか。前の席から順番に頼むな」


きた。やっぱりきた。これがあるから新学期は嫌なのだ。心臓がドクンと嫌な音を立てて跳ねる。私の席は後ろから二番目。つまり、処刑台への階段をゆっくりと、しかし確実に上っていくような時間をたっぷりと味わわなくてはならない。


一人、また一人とクラスメイトが立ち上がり、名前と部活、そして「よろしくお願いしまーす」という定型句を述べていく。私はその間、ずっと机の木目を数えるふりをしていた。


「はーい! 私、天野(あまの)鈿女(うずめ)です! 芸能科から普通科に移ってきました! 趣味は歌とダンスで、アイドル目指してます! みんな、推してねっ!」


ひときわ明るく、弾むような声が教室に響いた。顔を上げると、キラキラした笑顔の女の子が、ウインクまで飛ばしている。天野さん……去年の文化祭ステージで、とんでもないパフォーマンスを披露して、学校中の話題をさらった子だ。太陽みたいに明るくて、みんなを惹きつけるオーラがある。私とは正反対の存在。彼女は席に着くとき、私に向かって小さく手を振ってくれた。え? 私に? 戸惑っているうちに、次の人の番になってしまった。


何人かが終わった後、教室の後ろの扉がガラッと乱暴に開いた。


「ちっ、初日からかったりぃ……」


低い声と共に現れたのは、黒い髪をツンツンに立てた、鋭い目つきの男子生徒。制服を着崩し、肩で風を切るように歩く姿は、絵に描いたような不良……いや、風紀委員の腕章をつけている。なんで?


嵐野(あらしの)須佐(すさ)。部活は剣道部。……以上」


彼は自分の席にドカッと腰を下ろすと、それだけを吐き捨てるように言った。教室の空気が一瞬ピリッと緊張する。嵐野くん……彼も、有名な人だ。問題行動も多いけれど、ケンカは滅法強く、なぜか風紀委員として学園の秩序(?)を守っているらしい。まさに、神話に出てくる荒ぶる神様みたい。


その嵐野くんの斜め前の席で、すっと立ち上がった男子生徒に、今度は教室中の視線がうっとりと集まった。


月読(つくよみ)(みこと)です。今年一年、生徒会長を務めさせていただきます。趣味は天体観測と読書。皆さんと実りある一年を過ごせることを楽しみにしています。どうぞ、よしなに」


完璧な微笑みと、非の打ちどころのない挨拶。銀色の髪が窓からの光を反射して、まるで後光が差しているみたいだ。静かで、涼やかで、ミステリアス。嵐野くんが灼熱の太陽なら、月読会長は静寂の月。彼がいるだけで、教室の空気が澄んでいくような気さえする。


個性の博覧会はまだ続く。


「……えー、思兼(おもいかね)(あまね)です。科学部所属。現在の研究テーマは『神話的エネルギーと現代物理学における相関性についての考察』。非科学的なオカルトも、突き詰めれば科学で証明できるはずです。ご興味のある方はぜひ科学準備室へ。以上」


少し猫背気味の、白衣が似合いそうなメガネの男子生徒が、早口でそうまくし立てた。クラスのほとんどがポカンとしている。思兼くん……彼もまた、学園の有名人だ。天才的な頭脳を持つ、ちょっと(かなり)変わった発明家として。


すごいクラスに来てしまった。神様の名前みたいな人ばっかり。いや、彼らもまた、その血を引く者なのかもしれない。私と同じ、「ワケアリ」の。


そして、ついに。ついに私の番がやってきてしまった。


「え、えっと……次、陽菜森さん、かな?」


戸塚先生に促され、私はロボットみたいにぎこちなく立ち上がる。心臓は破裂しそうで、手足は震え、視線は床の一点に固定される。クラス中の視線が針のように突き刺さるのがわかる。


「あ、あの……ひ、陽菜森、てるは、です……」


声が、蚊の鳴くようだった。自分で言っておきながら、聞き取れた自信がない。


「えっと、趣味は、えーと……日向ぼっこ、とか……です。よ、よろしくお願いします……」


何を言っているんだろう、私は。趣味が日向ぼっこって。もっとマシなことは言えなかったのか。

顔から火が出そうだった。真っ赤になっているに違いない。私は逃げるように席に座り、そのまま机に突っ伏したかった。もう一年が終わった気分だ。


なんとか地獄の自己紹介タイムが終わり、休み時間になった。私は人々の賑わいから逃れるように、そっと席を立った。


(……トイレ、行こう)


教室の喧騒から少しでも離れたかった。私が向かったのは、新校舎から少し離れた、あまり使われていない旧校舎のトイレ。ここなら、きっと誰もいないはずだから。


ギィ、と古びた扉を開ける。中は思った通り、静まり返っていた。ほっと一息つき、個室に入ろうとして……私は足を止めた。


なにか、おかしい。


古い建物のはずなのに、床のタイルが鏡みたいにピカピカに磨き上げられている。隅の隅まで、チリ一つない。それだけじゃない。なんだか、すごくいい匂いがする。芳香剤を何十個も置いたみたいに、フローラルな香りがむせ返るほど立ち込めているのだ。


そして、極めつけは……。


「……え?」


目の前の便器が、後光でも差しているかのように、ほのかに白く輝いていた。


おかしい。絶対におかしい。こんな現象、ただの掃除で起こるはずがない。

私の血が、この異常事態の正体を囁いていた。これは、人間の仕業じゃない。


(もしかして……これって)


噂に聞く、「七柱の厄介神」の仕業……?


私の平穏な(引きこもりがちな)学園生活が、音を立てて崩れ始める予感が、むせ返るフローラルの香りとともに、私の胸をいっぱいにするのだった。

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