曇り空の新学期
四月の空は、まるで私の心みたいに、薄い灰色に覆われていた。
新しいクラス、新しい教科書、新しい人間関係。そのどれもが、ずっしりと重たい塊となって私の肩にのしかかる。私こと陽菜森てるは、今日から私立高天原学園の二年生。けれど、胸の高鳴りなんてものは欠片もなくて、あるのは深いため息だけだ。
「はぁ……」
何度目かわからないため息をつきながら、私は重い革のスクールバッグを抱え直し、校門をくぐった。桜並木はすっかり葉桜に変わり、新緑が目に眩しい。けれど、その生命力に満ちた風景すら、今の私にはどこか遠い世界の出来事のように感じられた。
高天原学園。表向きは輝かしい進学実績を誇る名門校。でも、その裏にはちょっと……いや、かなり変わった秘密があることを、私は知っている。そして、その秘密こそが、私の憂鬱の大きな原因の一つだったりする。
教室の扉を開けると、すでに新しいクラスメイトたちの賑やかな声が渦巻いていた。春休み中の出来事を報告し合うグループ、新しい担任の先生の噂話で盛り上がる一団、窓際でスマホをいじっている人たち。誰もが新しい始まりに少なからず浮き足立っているように見える。
私だけが、その輪からぽつんと取り残されているみたいだった。
(……席、どこだっけ)
昇降口で確認したクラス名簿の記憶をたどり、窓際の後ろから二番目の席を見つける。そこが、これから一年間、私の定位置になる場所。荷物を置き、椅子を引いてそっと腰を下ろす。誰にも気づかれないように、息を潜めるように。これが私の得意技だ。
「ねえねえ、聞いた? 今年も出るんだって、『厄介神』」
「マジで!? また何か起こるのかなー?」
ふと、隣の席の女子たちがひそひそと交わす会話が耳に入ってきた。
『厄介神』。
高天原学園に古くから伝わる七不思議……いや、正確には「七柱の厄介神」。学園のどこかに潜んでいて、時々、ちょっとした騒動(時には大きな騒動)を引き起こすと言われている存在。もちろん、普通の生徒にとっては、ただの都市伝説みたいなものだけれど。
(……私にとっては、笑い事じゃないんだよなぁ)
だって私は、陽菜森てるは。太陽神アマテラスオオミカミの、はるか遠い末裔。
……なんて言うと、すごく強そうで、キラキラした存在みたいに聞こえるかもしれないけど、現実は真逆だ。先祖が偉大だからって、子孫まで偉大とは限らない。私には、太陽神の末裔らしい力なんて、ほとんどない。せいぜい、植物がちょっと元気になるくらい? 小学生の観察日記レベルだ。
それなのに、家では「アマテラス様の血を引く者として、いつか大きな使命を果たすのですよ」なんて、プレッシャーだけは一人前にかけられる。使命って何よ。こんな、人前に出るのも苦手で、すぐに顔が赤くなって、声も小さくて、体育の授業ではいつもビリッケツな私が、一体何を果たせるっていうんだろう。
天岩戸に隠れたご先祖様の気持ちが、今の私には痛いほどわかる。できることなら私も、心の奥の暗くて狭い場所に、ずっとずっと閉じこもっていたい。
「……はぁ」
本日何度目かのため息が、また一つ、灰色の空に吸い込まれていく。
そんな私の耳に、担任の先生が入ってきたことを告げるチャイムの音が、やけに大きく響いた。波乱万丈な一年が始まる予感なんて、これっぽっちも欲しくなかったのに。