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第一幕・一章「ベジタリアンケルピーと霊感男子」

イギリスはロンドン。

街の片隅で小さなお菓子屋さんを開いているウィリアム・カーターは、人間界で人間のフリをして生活する、妖精・ケルピー。

肉食妖精なのに、肉が食べられないベジタリアンケルピーなウィリアムの元には、妖精界で暮らす幼なじみのグレイが毎朝朝食を食べにやってくる。

そんな日常の一コマ。


配信アプリSPOONで書き下ろした声劇台本(SPOONネーム夕霧で書いたもの)・英国妖精譚(えいこくフェアリーテイル)を小説に書き直しました。

※作者は英国に行ったことがありません!

YouTubeや本で得た知識で書いているなんちゃって英国風物語です!

上記を承知の上でお楽しみください。

 妖精と聞いた時、どんなものを想像するだろうか?

 小人みたいに小さな生き物?羽が生えてて空を飛べる?

 妖精ってみんな可愛いばかりじゃない。

 中には人を襲うようなやつもいる。

 時代の移ろいとともに人喰いの妖精は人前に姿を現さなくなり、人の中に溶け込んで人のフリをして生活す る妖精が増えてきた。

 これは、人のフリをして暮らす妖精のお話。


 +++


「ウィリアム。そろそろ妖精界へ帰る気はないか?」


 ポタージュの鍋を見ていたウィリアムに、友人のグレイが問いかける。

 ウィリアムは年齢で言うと二十代の後半になる。柔らかい面差しに、優しげなオリーブグリーンの瞳。プラチナブロンドの肩にまでかかる髪を首の後ろで緩くヘアゴムで纏めている。白シャツにジーンズというラフな格好に紺のエプロンを身につけた彼は朝食の準備のためダイニングキッチンの中を忙しく動き回っていた。

 一方のグレイは榛色の切れ長の瞳。短い癖のある瞳と同じ色の髪を指先に絡めながらダイニングチェアに腰掛け、悠々とウィリアムの朝食の支度が整うのを待っている。こちらも白シャツにジーンズというラフな格好だ。長い足を持て余している彼は、何回か足を組み直していた。

 完全にお客様状態のグレイに文句を言うのは諦めているが、毎朝聞かされる質問には正直うんざりしている。なのでこちらも向こうがうんざりしているであろういつもの返事をした。


「さらさらないね。僕はあと五十年、ロンドンでこのお店をやっていくつもりだよ」


「五十年ねぇ…。お前、本当に肉は食っていないんだよな?」


「食べてない、じゃなくて食べられないんだよ。知ってるだろ?僕が肉アレルギー酷いの」


 ポタージュをお玉で少量掬い、小皿に盛る。息を吹きかけ冷まし、味見をすると程よい塩味とブロッコリーの仄かな甘さが舌の上に広がった。

 うん、我ながら上出来。と自画自賛してスープ皿にポタージュを盛り付けていく。


「アレ……なんだ?」


「アレルギー。ある物質を摂取すると色々な症状が出てくることだよ」


「人間の言葉か…。まぁ、確かに。肉を食べて毛が抜けたり、腹を下したりするお前の症状に似ているかもな。その……アレ…なんとか」


「アレルギーだってば。だから平気だよ、心配しなくたって」


「俺が心配しているのは、お前が人間じゃないって周りにバレやしないかってことだ」


 ため息と共に吐き出されたグレイの言葉。毎度おなじみのお節介である。

 さて、グレイの言葉で大体の人がお察しのことだろうが、ここで説明をいれたい。

 ウィリアムとグレイは人間ではない。

 彼らはケルピーと呼ばれる肉食の妖精で元々妖精界で生活していた。

 しかし、肉食の妖精であるはずのウィリアムは何故か幼い頃から肉を食べることが出来なかった。

 そのため、ケルピーの中でも一回りほど体が小さく、魔法もうまく使いこなせない。

 同じ種族の仲間たちからは嘲笑され、他の種族の妖精からも後ろ指をさされる日々…。

 そんな毎日を送っていれば、妖精界から抜け出したくなるのは当然のこと。

 ウィリアムは一人前の妖精として認められるようになってすぐ、周りの制止を振り切って人間界へ移住した。

 慣れない人間界で、妖精ではなく人間として生きてきた苦労は語り尽くせない。

 それでも、妖精界で生活していた頃より、人間界での生活は明るかった。

 人間界では無理をして肉を食べる必要も無いし、隠れて食べていた野菜も誰にも咎められることなく食事することが出来る。なにより、人間界では誰もウィリアムを敵視したり、蔑んだりする人はいない。

 ウィリアムは人間界で生活していく内に料理の楽しさに目覚め、思い切ってフランスの名のあるパティシエに弟子入りし、その経験を活かして人間界でパティスリーを開くことにした。

 店を開業して早10年。常連と呼べるお客も増え、今ではロンドンでも屈指の人気を誇る店、とテレビや雑誌で特集を組まれるまでになった。

 そんな行動力溢れるウィリアムを心配するのは幼なじみのグレイだ。

 グレイは肉が食べられないウィリアムを何かと心配し、草食妖精の畑から野菜を盗んでウィリアムに食べさせていたことがある。

 手段はどうあれ、親以上にウィリアムに親身になっていたのは間違いなくグレイだし、人間界に移住することを最後まで反対していたのもグレイだ。

 人間に妖精であることがバレ、傷つけられたらどうするのか。そんなリスクを背負ってまで人間界で生活する必要性があるのか?

 何度も何度も問いかけ、制止したがウィリアムは聞かず、人間界に移住することになった。

 だが、ウィリアムが人間界に移住したことでちょっとした恩恵を受けているのも事実。


 朝食の支度が徐々に整えられつつある食卓。新たにランチマットの上に追加されたポタージュを見て、グレイはゴクリ、と喉を鳴らしていた。

 本人は否定している様だが、彼は人間の…とりわけ、ウィリアムの作った食事が好きなのであった。


「心配ご無用。隣人やお客様との関係はすこぶる良好だし、妖精が見える人も周りにいないから大丈夫だよ」

 

  オーブントースターで表面をカリっと焼き上げたブレッドをそれぞれのお皿に数枚盛り付けて、ウィリアムは答える。


「全く…訪ねる度に人間臭くなりやがって…妖精としての矜持はどこにいった?」


  嫌味ったらしく言い放つグレイ。が、その視線は新たに置かれたブレッドに注がれている。誰がどう見ても、食べていいよと言われるのを待っている犬のようであった。

 

「説得にかこつけて朝食食べに来るやつに、あれこれ言われる筋合いはないよ」

 

 ウィリアムが食卓につき、待ちきれ無い様子でブレッドを見つめるグレイに食べていいよ、と合図を送る。合図を見て、静かにブレッドに齧り付くグレイ。心做しか目が優しくなっているのを確認して、ウィリアムも朝食を食べ始めた。


「お前の好む野菜は不味くて食えたもんじゃないが…このブレッドという穀物は美味い。この俺が食ってやってるんだから有難いと思え」


「なんでグレイが上から目線なんだよ…。まぁ、美味しいならいいんだけどね。なんてったって、自家製のパンだし?」


「…やけに自信満々なのが腹立つな」


 軽口を言い合い、二人だけの朝食は進む。ウィリアムとグレイの朝食のメニューは若干違う。

 ウィリアムは新鮮な野菜のサラダにオムレツ、ブロッコリーのポタージュにブレッド。グレイは分厚いベーコンや太いウィンナー、それからオムレツとポタージュとブレッド。

 基本野菜を毛嫌いするグレイだが、ポタージュは好きらしくこの日もブロッコリーのポタージュを完食していた。


「ウィリアム、このパン、いくつか持って帰るぞ。あと、このリンゴのジャムとやらも」


「あれ?珍しい。ジャムも気に入ったんだ」


「まぁな。ブレッドに乗せて食べると美味いのがわかった」


「毎度ありー。食べ終わったら領収書書くから、ちゃんと払ってね」


 笑顔で言うウィリアムに、グレイは目を点にさせる。


「……は?領収書?」


「当たり前でしょ。毎朝タダで朝食、その上お店で出す予定のパンを幾つか持っていくんだもの。…貰うもの貰わないとね?」


  親指と人差し指で丸を作るウィリアム。経営的にタダ飯は見逃せても、毎日焼きたてのパンを結構な数、しかもタダで持っていかれるのは痛い。こちらも商売だ。親しき仲にも礼儀ありというものよ。


「がめつい奴…そんな所まで人間臭くならなくていい」


「がめつくて結構。こっちは生活かかってるんだから。払って貰えないと、パンが焼けなくなるし、君の分の朝食も出せなくなるけど?」


 笑顔の圧をかける経営者と仏頂面のタダ飯食らい。しばしの沈黙を経て、先に折れたのは後者であった。


「……これで足りるか?」


 グレイはジーンズのポケットから何かを取り出し、机の上にゴロゴロと緑色に輝く石を置く。


「わっ!なにこれ!エメラルドの原石!?」


 形は歪だが、光沢や色からして確かにエメラルドだ。宝飾店に卸せばかなりの額になるだろう。

 正直いって朝食に出す金額の倍以上あるが、宝石などに興味のないグレイはなんてことないように入手した経緯を話す。


「昨日、コブラナイのヘンリーの手伝いをしたら、そのお礼と言われて貰ったんだ。宝石を貰っても食べられないし、お前にやる」


「へー。グレイってコブラナイと知り合いだったんだ。…まぁ、換金出来るしこれで支払ったことにしておくよ」


「あ、そうだ。忘れるとこだった。これやる」


 パチン、とグレイが指を鳴らすと、食事が終わった食卓に大きめの麻袋が出現した。瞬間移動の魔法だ。


「え?なにこれ…。野菜?」


 恐る恐る麻袋を受け取り、中身を確認するウィリアム。麻袋の中には茶褐色の細長いカブのような…よく分からない野菜のようなものが入っていた。シワが多く、なんだが人の顔に見える。じーっと見つめていると、カブと目があった…ような気がした。


「マンドラゴラだが」


 ぎいぃぃぃぃああああああああ!!!!!

  麻袋の中でマンドラゴラが形容のできない絶叫を上げる。

 即座に麻袋の口を縛ると絶叫は嘘のようにぴたりと止んだ。


「なんてもの持ってきてるの!?いらないよ!!」


「昔は喜んで食べてただろ。魔力供給必要かと思って持ってきてやったのに」


 妖精界に自生するマンドラゴラは地面から引き抜かれると絶叫しながら走り回る。その悲鳴を聞いたものは気絶するし、酷い場合死に至る。だが、魔力が豊富なことで知られていて、魔力不足になった妖精はマンドラゴラを捕まえて緊急時の非常食にすることもあるのだ。

 肉から栄養を取れなかったウィリアムが妖精界にいた頃一番お世話になっていた野菜?の一つでもある。


「食べてたけど、喜んでないし!食べるものがなくて仕方なく食べてただけだから!」


「…お得意のスイーツにでもすればいいだろ」


「絶対にやだね!毒入りスイーツなんて想像しただけで不味そうだよ!」

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