めんどくさい。
それから私は、莉音の恋バナを聞いて、うんうんと相づちを打ちながら、相談に乗った。
「今日ね、慎二くんがこっちを見てくれたの! しかも笑ってくれたの!」
……うん、それは私が莉音と一緒にいたからだと思うんだけどな。
「それからね、『おはよう』って言ってくれたの!」
……うん、それも──
「おはよう」
「おはよ」
「あ、あと、久木元、おはよう」
「お、おはよ!」
……「あと」が付いてる時点で、順番のついで感はある。だけど、そんなこと言ったらきっと機嫌を損ねるから、私は黙っておいた。
「でも、私のこと、名字じゃなくて名前で呼んでくれたら……もっと嬉しいのに」
放課後、私は莉音と一緒に帰った。
すると、「結月! 一緒に帰ろう」と後ろから声がした。
それは、慎二くんの声だった。しかも、彼だけじゃなくて、あと五人もいた。
「あ、うん! 莉音ちゃん、また明日!」
「うん。じゃあね!」
莉音ちゃんと別れたあと、私は慎二くんたちと他愛もない話をしながら歩いた。ふと静かになった瞬間、私は彼にそっとお願いをした。
「慎二くん」
「ん?」
「莉音ちゃんがね、名字じゃなくて、名前で呼んでほしいって」
「え、でも──」
何か言いかけた彼に、私は遮るように言った。
「じゃないと、バレるじゃん」
「……確かに」
「莉音っていう人、もしかして……結月さんの噂を広めた人?」と光くん。
「そうだよ」
「そういえば、結月って、あの噂で怒らなかったな」
明くんが不思議そうに私を見つめる。
「だってさ、いちいちそんなことで怒ってたら、疲れちゃうよ」
……少しは腹が立った。だけど、莉音のために、無駄なエネルギーは使いたくなかった。
「そうだな」
「やっぱ結月ちゃんって、すごいなあ」「確かに」と遥ちゃんと由依ちゃんが言う。
「え、そう?」
何がすごいのか、私はちっとも分からなかった。
「だって私だったら、そんなこと黙ってられないもん」
確かに。そうだ。私は怒らなかった。
「まあね。少しだけ傷ついたけど。……慎二くんは私のどこが好きなの、とか、似合わないよね、って、小声で聞こえたの」
「最低すぎるだろ」
「……そういうふうに考える人もいるんだよ。その人は、思いやりがないだけ」
少しだけ怒りを込めた口調になってしまったけど、慎二くんは黙ってうなずいてくれた。
次の日の朝。
「結月、おはよ」
「おはよう」
私は彼に、目で合図を送った。
彼はそれに気づいて、少しだけ照れながら、「……あ、莉音も」と付け足した。
「おはよっ!」と莉音は嬉しそうに言った。
初めて名前で呼ばれた! と思ったのだろう。
休み時間、莉音ちゃんは目をキラキラさせて私に駆け寄ってきた。
「ねぇ、聞いた? 慎二くん、私のこと名前で呼んでくれたの!」
「よかったね」
──本当は、私が本人に頼んだんだけど。
「慎二くん、絶対私のこと好きだって!」
「……そうかもね」
ごめん。慎二くんはリア充だ。と、心の中で彼女に謝った。
そのとき、ふと思った。私、もしかしたら──莉音ちゃん、少し苦手かもしれない。
「最近、慎二くんとよく目が合うんだよね。これって脈アリかな?」
「……あるんじゃない?」
「なんか、興味なさそうな言い方。もしかして──慎二くんのこと、好きとか?」
「違うよ。ただの友達だって」
……はあ。だから、ちょっと苦手なんだよな、莉音。
「あ、もしかしたら……告れるかも!」
私は何も言えずに、ただ苦笑いを浮かべた。
「うーん……どうしよっかなー。……よし! 決めた! 告ってみる!」
*
「慎二くん……」
「ん?」
ドキドキしていた。まだ何も言っていないのに、胸が苦しい。
「……あの、放課後、屋上に来てほしい」
「え……わ、分かった」
*
「慎二くん……」
「ん?」
──まさか。まさか告白じゃないよな?
「あの……放課後、屋上に来てほしい」
……やっぱり。そういうことか。
「え……分かった」
*
放課後。屋上。
「で、どうした?」
「あ、あの──私と付き合ってください!」
私の声が、風にのって広がった。
だけど、慎二くんの返事は──思いがけないものだった。
「ごめん。無理」
──え?
視線を感じたのも、名前で呼ばれたのも……全部、勘違い?
「な、なんで……?」
震える声で訊いた私に、彼は静かに答えた。
「俺、付き合ってるんだ」
多分──結月ちゃんだろう。
「……まさか……結月ちゃん!?」
彼は、ゆっくりと頷いた。
「へー。あんな奴のどこがいいの? 私より運動できないし、静かだし、リアクションも薄いし。慎二くんは、あんな──」
その瞬間だった。
「やめろ。結月の悪口を言うな」
彼の声が、はっきりと怒りを含んでいた。
「俺は、人の悪口を言うやつが一番嫌いだ」
「……あ……」
彼はそれだけ言って、踵を返すと屋上階段の方へ歩いていった。
「待って! 慎二くん! 待って!」
私の声が響いたが、慎二くんは一度も振り返ることなく、無言で屋上階段のドアを閉めた。
──重たい音が、私の胸に突き刺さった。