なぜ?
昼食。
「慎二くん、一緒に食べよう」
私はそっと声をかけた。
慎二くんは、いつも通り穏やかにうなずいた。
「いいよ」
少しして、私は空を見上げながらぽつりとつぶやく。
「あの五人と食べたいなあ」
独り言のつもりだったけれど、慎二くんはちゃんと聞いていたらしい。
「確かに」
そして、昼食の輪に集まったのは、私たち七人。
「七人で食べるの、初めてだな」
「確かにな」
「大人数で食べるのって、意外と楽しいね」
「何か新鮮だよな」
そんな声が飛び交う中、淳司くんが思い出したように言った。
「二人で食べた時もあったな」
……見てたの? あの時のこと。
「……あの時か。二人で食べ物交換してたな」
今度は光くんまで。
本当に見てたんだ。
「み、見てたの!?」
思わず声が大きくなってしまった。
「余計なこと言うんじゃない!」と、淳司くんがあわてて突っ込む。
でも、私は苦笑いをして「いや、いいよ。広めなければ」と言った。
……そう思ってた。あの時は。
でも、その時──遠くから、私たちをじっと見つめる視線があった。
(え、何? “二人で食べ物交換”?)
その子の心に、ざわりと波が立った。
(いつの話? 慎二くんと結月ちゃんって……付き合ってるの?)
──その次の日、いつも通り教室のドアをガラガラガラと開けた。
空気がいつもと違う。ひそひそとした声があちこちから聞こえてきた。私は耳をすませる。
「結月ちゃんと慎二くんって付き合ってるらしいよ」
「マジで!? 意外ー」
「失礼だけど、ちょっと……ないよね」
「それな。結月ちゃんのどこが好きなのって感じ」
「似合わないよね、ほんと」
──一言一言が、心にトゲのように突き刺さる。
刺さったトゲは、もう二度と抜けない気がした。
誰が広めたの?
昨日のことを思い返す。
「二人で食べた時もあったな」
「あの時か。二人で食べ物交換してたな」
「み、見てたの!?」
「余計な事を言うんじゃない!」
「いや、良いよ。広めなければ」
あの会話の時──確かに、後ろに誰かの気配を感じた。
もしかして……この中に、広めた人がいる?
慎二くん、淳司くん、光くん、明くん、由依ちゃん、遥ちゃん、莉音ちゃん。
私は勇気を出して、一人ずつ聞いてみた。
「結月が嫌がることは、俺はしないよ」と慎二くん。
「え? ああ、昨日のことか。……忘れてた」と淳司くん。
忘れてるなら、きっと違う。
「広めた人いるの!?」と本気で驚く光くん。
「俺は違うよ」「私は違うよ」「もしかして盗み聞きされた?」
明くん、由依ちゃん、遥ちゃん──三人とも違かった。
残るは、莉音ちゃん。
「え、し、してないよ。誰がやったんだろ。最低だね……」
言葉が詰まる。視線が泳いでいる。
「ねえ、莉音ちゃん……広めたの、あなた?」
「え、ち、違うってば……」
「正直に言って」私は、まっすぐ莉音ちゃんを見つめた。
沈黙のあと、莉音ちゃんが口を開いた。
「……そうだよ。私が広めたの」
「どうして?」
「……私、慎二くんのことが、ずっと好きだったの」
莉音ちゃんの声が震える。
「でも……昨日、結月ちゃんと慎二くんの話を聞いて……“食べ物を交換した”って。なんか、それだけで……付き合ってるんじゃないかって、思えちゃって……。悔しかったの。すごく……悔しくて……。だから、つい……」
そうだったんだ。だから、広めたのか。
「そっか。でも、私たち……付き合ってないよ」
「えっ……本当に?」
「私たちは──あの六人は、小学生のころからの友達で。中学ではバラバラになったけど、高校でまた一緒になっただけ」
「……そっか。なら、よかった」
莉音ちゃんは、少しだけ安心したように笑った。
──ごめんね、莉音ちゃん。
実は、私と慎二くん……本当は、付き合ってるんだ。