悲しみの彼シャツ
「彼シャツをしてみたい!」
「なんて?」
みーこが突拍子もないことを言い出すのは今に始まったことではないが、大樹はやはり毎回多少面食らう。
「だから、彼シャツ!彼氏のシャツ着たらブカブカ
〜何も履いてないみたい〜可愛い〜ってやつした
いの!大ちゃんも可愛い彼女の彼シャツ姿見たい
でしょ?」
「結構です。」
「なんでよ!」
付き合って1年ちょっと、家で一緒に過ごすことももちろんある。でも彼シャツとやらは別に見たいと思わない。
「いいじゃん〜。お願いだよぉぉ!」
「別にみーこが着る物なら他のがあるだろ。」
「大ちゃんのシャツが着たいんだよぉぉ!」
「却下。」
「意地悪〜!」
そんな会話をしてから1週間後。
すっかり忘れていた日の朝、俺はみーこの声で目が覚めた。
「えぇ!?なんか思ってたのと違う!」
彼女の方が早起きなのはいつも通りだか、いつもと様子が違う。なにやらクローゼットの前でベソをかいている。
「…何…どうしたの…。」
睡眠に戻りたがる頭をなんとか制御して聞くと、こんな答えが返ってきた。
「彼シャツしようと思ったら…ちょっと大きめのシ
ャツ着ただけになっちゃった…。」
「そうだろうよ…。」
彼女と自分では15センチほど身長差はあるが、自分は肉も筋肉もないから身長の割に服のサイズはさほど大きくない。加えて彼女はもともと水泳をやっていたこともあり、割としっかりした体型だ。
2つの条件が合わさった結果、彼女の予想に反してなんとも悲しい結果になってしまったようだ。
「体型のこと忘れてた…悲しい…。」
自分からしたらわかりきったことだが、彼女にとってはそうではなかったらしい。目に見えて落ち込んでいる。
「だから言ったじゃん。」
「大ちゃんは結構ですとか却下とかしか言ってな
い!どうなるか言ってくれたら素直に諦めたの
に!」
「いやそれはないだろ。」
理由を話したとて、彼女は諦めるどころか絶対に違うことを証明する!と言ってその場でやり始めるに違いない。なんとなく流して話題を変え、気を逸らして忘れさせた方がこうなる確率は低かったのだ。今回は忘れてくれなかったようだが。
「わかったら早く脱いでくれ。なんとかしようとし
てシャツが伸びてる。」
「大ちゃんの意地悪!彼女の果敢なチャレンジを少
しは讃えてくれても良くない!?」
「果敢だと分かってるならやらないでくれ。んで早
く脱げ。」
「せめて慰めてよ〜!」
「はいはい、よく頑張ったな。」
「雑!!」
どうでもいいから早く着替えて欲しい。丈が足りていないということは、下着が見えているのだ。でなければ、水族館に行きたい!と言うからわざわざ予約したチケットが無駄になってしまう。
「いいから着替えろ。みーこに似合う服、そこに出 してあるから。」
「え、ほんと!?わー可愛い!!」
よかった、これで着替えてくれそうだ。
上機嫌で支度をし始めた彼女を横目で見つつ、自分も着替えを始めた。
しばらくすると、支度が終わった彼女がこちらに来た。
「大ちゃん、可愛い?」
「はいはいそうだな。」
「雑!!」
可愛いに決まってるだろ、俺が着せたい服を着てるんだから。
とりあえず今日のところは彼女の機嫌は持ちそうだなと思いながら、予定より少し遅い時間に家を出たのだった。