世界征服?
お蕎麦屋のカツ丼が最高だと思うのは私だけでしょうか?
いままさに待ち望み続けたカツ丼が目の前にあった。
「よだれ!」
アキラに注意されるまで、テシオンは自分がよだれを垂らしているのにも気づかなかった。それくらいカツ丼に心を奪われていたのだ。
「ごめん、ごめん。あまりに美味そうだから。ついね……」
そういって照れながら笑うテシオンを見て、「この悪魔、本当に信じられないくらい美人なんだけど、もしかしたら残念な感じなのかな?」とアキラは考えていた。
「よし! いただきまーす」
元気にそう言うと、テシオンは力のかぎりカツ丼をかきこんだ。
「ヤバい! 超美味いんだけど。何これ。これまで食べてきたカツ丼も美味かったけど、ちょっとこれは次元が違うわ……」
あまりの美味さに感動して涙すら浮かべるテシオン。すごい勢いで食べ続ける。
「アキラちゃんが久しぶりに来てくれたと思ったら、ずいぶんなベッピンさんを連れてきてくれて。しかもこの食べっぷり、嬉しくなるねぇ」
蕎麦屋の大将・マサキが満面の笑みを浮かべている。
「いや、だって大将。このカツ丼はヤバいよ。卵とじとツユの絡み、味付け、カツの揚げ具合……。完璧すぎる。これ世界征服できる美味さだって!」
べた褒めしながら箸を止めないテシオンを見て、マサキはまた大きく笑った。
「別に世界征服したいとは思わないけど、こんだけ褒めてくれたら料理人冥利に尽きるよ」
そう照れたように言いながら、最初から疑問に思っていたことをマサキは尋ねた。
「で、アキラちゃん。この姉さんは誰なんだい? アキラちゃんのお友達?」
どう答えたものかアキラは戸惑った。まさか「道で倒れていた悪魔です」と答えるわけにもいかない。どうしたものかと思案していると、代わりにテシオンが答えた。
「あぁ、あたしはこの子の母親の遠い親戚なんだよ。久しぶりにこっちに来たから、可愛いアキラの顔を見に来たんだ」
「そうだったのか。アオイちゃんの親戚か。そりゃ美人なわけだわ」
「あら、大将。褒めても何も出ないわよ」
よくもまぁこれだけスラスラと嘘が出てくるものだと感心しながら、アキラは注文したタヌキ蕎麦をすすった。
「あ〜、美味しかった。ごちそうさまでした」
至福の表情を浮かべてテシオンが手を合わせながら言った。「悪魔もごちそうさまと言うんだな」とアキラは不思議に思いながら、蕎麦をすすり続ける。
マサキが奥に行ったタイミングを見計らって、テシオンが話し始めた。
「アキラの家ってここから近いんだっけ?」
「え! なんで家の場所を聞くの?」
「なんでって。そりゃしばらく厄介になろうかと思って」
思わぬ言葉に蕎麦を吐き出しそうになるアキラ。
「ダメダメダメ! 無理だよ。そもそも父さんにどう説明するの?」
「そこは心配しなくていいってば。あたしに魔力があるのを忘れたの?」
「じゃあ父さんのことはいいとして。なぜ家に来るのさ?」
「だってあたし泊まるところもないんだよ。こんな可憐な女の子に野宿しろって言うの? だったら最初から助けなければよかったんだ。中途半端な優しさは残酷なんだよ!」
「だったらご自慢の魔力でどうにかしたらいいのに。本当にああ言えば、こう言う」と呆れはしたが、多分どんなに断っても強引についてくることは目に見えている。それにテシオンが本気になった場合、高校生のアキラに止める術などない。
「わかったよ……。でも家では大人しくしててよね。あと、父さんのことは任せたからね」
「あいよ〜。そこはもう大船に乗った気で任せてくれて大丈夫だよ」
「泥舟じゃないよね?」
「豪華客船タイタニックに乗ったつもりでいてくれたまえ」
「どっちにしろ沈むじゃん……」
困ったことになったと思いながらも嬉しい気持ちが芽生えるアキラ。父の客ではなく、自分の客が自宅に来るのは小学生のときにヒデキが来て以来のことだから、少しワクワクしている自分がいることに気づいた。「とりあえず僕が家事をやっている間は、お茶とお菓子でも出して静かにしていてもらおう」。そう考えながら、どのようなお菓子を出すか。おもてなしを真剣に考えていた。
テシオンとアキラ。奇妙な共同生活が始まります。
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